デノンのブックシェルフ型スピーカー「SC-E252」を入手した。ちょっと手直しして、音の変化を確かめてみた。その所感。
日本製Eシリーズ
前回に引き続き、デノン製のスピーカーが続く。型番に"E"の字が入る、欧州製スピーカーを範としたシリーズより「SC-E252」が手元に届く。
1995年末ごろに登場したスピーカーらしく、ラベルを見ると「MADE IN JAPAN」とある。知る限り、デノンにおいてメイドインジャパンを謳うスピーカーはこの世代あたりまでで、翌年以降のモデルから台湾製や中国製に切り替わっていくイメージがある。今となっては貴重な、国内メーカーによる日本製ブックシェルフ型スピーカーである。
まあ、そんなスピーカーがヨーロッパを意識しているというのもちょっと複雑というか、「日本製とは」みたいなところが無くもない。
95年や96年というと、他社ではすでに中国製やマレーシア製などのスピーカーが世に出ている。そんななかでデノンが国内生産を続けていたのは、拘りなのか、それとも外国での製造の体制を整えるのが余所より遅れていたのか、事情は分からない。ぜひ前者であってほしいものだ。
外観
デザインで特徴的なのは、前面バッフルだ。黒のメラミン化粧合板だろうか、光を反射するツヤツヤしたシートの仕上げである。
単体で見るとそれほど高級感は無いのだけど、木目調の仕上げとのツートンになっていることで締まって見える。控えめなロゴのほか、ネットを固定するダボもゴールドカラーなのもブラックに映えてよい。
キャビネット部は、前面側と背面側が若干窄められた形状。
背面側は、Rが前面よりも小さい。おそらく音質面よりも意匠面で採られた措置なのだろう。
ウーファーもバッフルと統一され黒一色。最外周のフランジ部は金属製のようだ。
樹脂製のコーンに皿型のセンターキャップ。柔らかめのラバー製エッジ。振動板の振幅はしなやかで、低音がしっかり出そうな感じ。
ツイーターは、樹脂製のバッフルプレートに金属製の目の細かいドームが見える。
背面には、大きく口を開いたバスレフポートがある。ダクトは紙製。
その下には、埋込ボックス型のコネクターユニット。ポストは金属製で、現在では見慣れたかたちのものだ。
整備前の音
外観から予想していたとおり、低音方向に余裕がある。
サイズ感が近く同じデノン製Eシリーズの「SC-E727R」も深い低音だったけれど、あちらよりは弾力がある感じ。といっても、あちらは同じ2ウェイでも3ドライバーのちょっと特殊な構成なので比較がしにくい。質感としてはケンウッドの「LS-1001(LS-300G)」のほうが、ほかの帯域も含めて似ている。
周波数帯域としてのレンジ感は広めだけど、音場感はやや狭い。奥行き方向はそこそこ。
バランスとしては若干ドンシャリ気味のフラット。音を分解する鳴らしかたとは真逆で、雰囲気や空気感に重きを置き伝えようとする。良く言えば大らか、悪く言えば大味。
中音がやや遠くで展開するため、音数が増えてくるとあいまいになる傾向がある。よって、リバーブが多めの楽曲だとモヤモヤすることがあるし、2管編成のオーケストラ程度でも眠くなってくる。
とはいえ、なにかを捨てている感じは無く、終始安定感があり、音楽をゆったりと聴き入ることができる。こういう音があってもいいよな。
ちなみに、中高音は両サイドから後ろに回りこんでいる音がけっこうあるみたいだけど、そこまで気にはならない。
周波数特性を見ておく。
聴感のとおりであって特筆することもない。
内部
音を聞くかぎり問題なし。しかし、特性を見ると左右で中高音の波形が若干異なる。コンデンサーの交換くらいはしておこうかということで、中身を見ていく。
ドライバーへの配線状況メモ
前面に見えている六角穴のキャップは、対辺が4mmのタイプ。
吸音材
エンクロージャー内部の吸音材は、フワフワした柔らかいフェルトが使われている。
実質、筐体の下半分が吸音材で埋められているような施工は、国産のスピーカーではめずらしい気がする。
各ドライバーのラベル
と思っていたら、取り外したふたつのドライバーはPeerless製であることに気づく。デンマーク製。
ブチルテープ
吸音材でガッツリ抑えなければならないなにかがあるのか、と考えながら引き続き筐体内を覗く。
吸音材を取り除いた面には、両側面のほぼ中心の位置と背面のコネクターユニットにそれぞれゴムシートが貼られている。
片面に紙が貼られているコレ、たまに見かけるのだけどなにが使われているのだろうと思っていた。それが、先日ホームセンターに訪れたときにそれっぽいモノを見つけた。全天テープである。
いわゆるブチルテープ。建材に使うのが本来の用途みたいだけど、そのまま接着できるゴムシートという特徴がスピーカーの制振材として扱いやすかったのかもしれない。
ディバイディングネットワーク
底面に固定されているディバイディングネットワークを見る。
前面バッフルの板材に貫通孔を開けたときの端材と思しき、円形のMDFの上に組まれている。3つのタッピングネジを外すと分離できる。
ここにもブチルテープで巻かれた有芯のコイルのほか、なんといっても巨大な電解コンデンサー4つが寝そべっているのが目を引く。
有極性のアルミ電解コンデンサーをふたつ直列に繋げて両極性にする方法は、最近だとビクターの「SX-300」で見かけた。あちらもエルナーの「SILMIC」だった。
現在とは異なり、このスピーカーが発売されていた時代は、まだ両極性の電解コンデンサーがそれなりに製造されていたはずだ。そちらを使わないのは、コストをかけてでもあえてこのコンデンサーを使いたかったということだろうか。
こういった施工から開発陣営の思惑を妄想するのは、なかなかに面白い。現行のスピーカーではまず見られない措置だし。
ネットワーク回路自体はシンプルだ。後輩のスピーカーに見られる共振回路を組むようなことはされていない。
ツイーターはもっと下の帯域までカバーしているものと思っていたけど、わりと高い位置で収まっている。ウーファーでそこそこ上のほうまで鳴らすようだ。
ウーファー
最後にドライバー類。先に見たとおり、PEERLESS製。
振動板は、同心円状に細く溝が彫られた樹脂製のもので、デノンのスピーカーでは後継のSC-E727Rでも採用されている。
……というか、この記事を作っていて気づいたけど、あちらもPEERLESS製か。ブチルテープで隠れてほとんど見えないけど、ラベルがそれっぽい。
ツイーター
ツイーターもダブルマグネット。こちらもPEERLESS製。
バッフルプレートは樹脂製で、内部の四つの爪でマグネット部にしがみついている。
JBLのエントリークラスのスピーカーなどにも見られる、いかにも外国製といった合理的な構造をしているのだけど、耐久の面ではやはり不安になる点である。一応、接着剤も併用されているような雰囲気はあるけれど。
目の細かいドームはそれ自体が振動板だと思っていたけど、よく見るとその内側にシルバーカラーのドームがあることが判る。
今回はこれ以上分解しないので、磁気回路の内部はどうなっているかわからない。開封は機会があれば。
整備
音の調整で試してみたいことがあるので、それを実装していく。
バスレフダクトの交換
現代のスピーカーでもたまに見かける、背面の板材に紙製のチューブを直差しする方法で構築するバスレフダクトを、樹脂製のものに交換してみる。同じ形状でも材質の違いによって音がどの程度異なるのか確認しておきたい。
用意したのは、フォステクスの「P49P」という既製品。
オーディオ向けのダクトチューブは意外と値が張るので、欲しいとなったらたいていはAliExpressで無名の安いものを取り寄せているのだけど、今回は既存の径と同じものがこれくらいしか見あたらず、くまなく探すのが面倒くさくなってアマゾンで購入。
材質はABSかなと思っていたけど、実物はけっこう柔い。テフロンみたいなヌルっとした質感がある。個人的には硬めの材質のほうが好みなのだけど、刃物を雑に入れても割れにくそうなのは加工時の失敗が少なくなって良い。
既存のダクトを取り外す。アセトンを浸みこませて、接着剤が柔らかくなるのを待つ。ダクトをユラユラ揺さぶっていると、あるときズルリと外れる。
既存のダクトはポート部も含めて全長70mm。今回の整備では新しいダクトも切断して同等になるよう調節する。
既存の開口部を少し拡張する。オリジナルの紙のダクトの開口部が付き合わさっていた厚み5mm弱のファイバーボードを数ミリ削り落とすだけなので、やや粗めのやすりを使って少し擦ってやれば簡単に広げられる。
ダクトの固定は、説明書には「肉厚の両面テープ等で接着して」とあるけど、具体的にどうすればいいのかよくわからない。そこで代わりに、接着剤のB7000を塗り広げて背面と貼り合わせることにする。
最後に、エンクロージャー内側から2液性エポキシ系接着剤で固める。
作業しやすくするため、エンクロージャーはポートが下になるように倒している。仮の接着剤があるとはいえ、あまり寝かせたままの状態でいると、硬化の遅い化学反応型の接着剤だと固まる前に背面側に垂れてくることがあるため、ある程度の時間が経過したら筐体を起こしておき、そのまま所定の硬化時間放置する。
ネットワークの再構築
せっかく搭載されているSILMICを取っ払うのはもったいない気もするけど、製造からそろそろ30年が経とうとするスピーカーなので、コンデンサーは替えておくこととする。
既存のMDFの上にそのまま乗せられないこともないけど、ケーブルも引き換えるならいっそすべて乗せ換えてしまうか、ということで新たにMDFを用意して、その上に組み直すことにする。
HPF一段目はメタライズドポリエステルフィルムコンデンサーに。容量をちょっと増やし、2.2μFから2.7μFに変更。これに併せて、後段にあるセメント抵抗は1.5Ωから2.0Ωに。抵抗器はたまたま手元に無誘導性のものがあったので、うってつけということで採用。
コイルは剥がしたものをそのまま再利用。
新しいネットワークは背面に固定するつもり。取り付けるスペースに余裕があるので、オリジナルよりも面積を確保できてゆったりと作業できる。
固定はタッピングネジ。MDFと板材のあいだにスペーサーを噛まして、若干浮かせて括りつける。
吸音材の変更
吸音材については、とりあえずウーファーを覆うのはやめて、板材に貼りつける方法にしてみる。
新たに「固綿シート」を用意。15cm角に切り出して、両サイドに貼る。
横幅が200mmくらいあるスピーカーにおいて新たに吸音材を追加したいとなったとき、この手法をよく採用している。経験上、低音の質を落としにくい気がしているからだ。
ただ、このスピーカーは大量のフェルトを投入することであえて中高音を抑えているような印象もあるので、既存のフェルトもある程度戻しておく。
底面にフェルトを敷き詰める。両サイドと底面でコの字型の配置となる。
ウーファー並列のコンデンサー
中音域の改善策として真っ先に思い立ったのが、LF回路の12dB/oct化。これもたまたま、ウーファーのユニットのタブにケーブルを延伸できるような余剰があるので、それを利用してコンデンサーを追加してみる。
特性を見ながら、4.7μFと3.3Ωの抵抗を直列にしたものが良さそうだと判断。
整備後の音
組み上げて音を聞いてみる。
高音はクリアになっている。自分の感覚ではもう少しだけ絞ってもいいような気もするけど、このスピーカーの元のバランスを踏まえると、これはこれでいいとも思う。
低音についてもクリアになり、ブーミーな感じが減って締まっている。その影響か、若干量感が下がって落ち着いた印象もある。とはいえ依然良く伸びており、全体を下支えする感じは保たれている。
バスレフダクトを紙製から樹脂製に換えると、温度が下がるのかもしれない。
しかし、しばらくリスニングを続けると、聴き疲れしてくる。一聴ではなんともないのだけど、どうも高い帯域の特定の音がギラギラしていて、それが耳につくようだ。
とはいえ、特性としてはそれほどおかしいものでもないように見える。オリジナルと比べると、1kHz後半から9kHzくらいまでが少し持ち上がっているのみで、意図したとおりとなっている。しかしながら、たったこれだけの変化であっても、聴感ではひずみとして多分に感じ取ってしまうようだ。
コンデンサーを取り外して元の特性に戻すと、3時間近いライブ映像をなんらストレス無く観終えてしまえるのだった。
もしかすると、もともとウーファーのマグネット周りにあった大量のフェルトは、この中高音のセンシティブな特性を抑えるために設けられたものだったのかもしれない。時代が少し進むと、共振回路を組んで特定の周波数のみを削ぐギミックとなるのだけど、当時は電気信号ではなく筐体内の調整でなんとかしようとしていたのかもしれない。
言うまでもなく、まったくの妄想なのだけど。
まとめ
現地のドライバーユニットを搭載することで、欧州「風」ではなく、本場のヨーロッパの音色を実際に奏でてしまおうとしたスピーカーであった。振り切っていて面白いと思う反面、じゃあ欧州メーカー製のスピーカーを求めればいいのでは? という身も蓋もない感想も、どうしても抱かずにはいられない。
それだけ、日本では殊更にヨーロピアンサウンドなるものが尊ばれていたのだろうか。日本のオーディオメーカーが欧州メーカーのパーツを取り寄せて日本製のスピーカーとして組み上げることに、どんな意味があるのだろうか。
まあ、とにもかくにも音が気に入ればいいだけのことだ。いちユーザーとして、そんな取るに足らない疑問など捨て去り、この整備したてのスピーカーで好きな音楽を好きなだけ聴こう。そうしているほうがよっぽど有意義だ。
終。