デノンのちょっとだけめずらしい小型スピーカー「SC-M73」が手に入った。くたびれた部分を補修して、音を聞いてみた。その所感。
欧米向けスピーカー
前回に引き続き、フリマサイトを巡回していたところ、気になるスピーカーがあったので引き取った。デノンの「SC-M73」という型番の、これまた同じくブックシェルフ型スピーカーだ。
横幅が150mm強の、いかにもミニシステム向けの風貌をしたこのスピーカー。2005年ごろに発売された2ウェイシステムである。
ツイーターの上にウーファーが配置されたこのスピーカーは、インターネットで検索してみると、当時のラインナップにそれらしいものが存在しない。ただし、国外の通販サイトなどでは中古流通品がそれなりに見られる。
少し調べてみると、このシステムは欧米市場向けに製造されたものらしく、同時期に発売された「SC-M53」の大型バージョンの位置づけらしいことがわかる。当時の日本国内においては、SC-M53のほうは発売されていたものの、このSC-M73は入手するとなれば国外に買い付けるしかない。
ただし、ネット上には、一部の家電量販店で店舗オリジナルのミニコンポ用スピーカーとして、この製品が据えられていたとの情報がある。今回入手したものは背面のラベルの表記が日本語なので、おそらくそのコンポから切り離されて流通した、日本向けのものだろう。
SC-M53は今のところ入手したことがないので比較できない。
デノン製のスピーカーについては、過去に「SC-CX101」や「SC-F102SG」などの登場時期が近いものを取り扱ったことがある。現在はどちらも手元に無いけど、自分の過去のブログ記事などを参照して思い返しながら見比べていく。
外観
正面から見ると背が低く小型に見えるスピーカーでも、奥行きがそれなりにあり、設置面積の工面には多少の配慮が要る。
また、底面には標準でインシュレーターが付いていることから、デスクトップやスタンドの利用を想定しているのだろう。壁掛けや天吊はあまり考慮されていなさそう。
全身明るい木目調のシートで覆われ、天面と底面の奥行き方向の辺にはRが採られている。
前面バッフルは、キャビネット部から若干前方に迫り出すような形になっている。
外観はかなり薄そうに見えるけど、さすがに前面バッフルの厚みが10mm未満ということはないだろうから、あくまで意匠だろう。
そう思わせるのも理由があって、エンクロージャー自体、小型ながらけっこう重い。1本あたり4kg弱ある。形状や質感から察するに、筐体はおそらくMDFで組まれているだろう。
このあたりの雰囲気は、先日手に入れたポークオーディオの「ES10」に似ている。
色味こそ異なるものの、この形状はおそらくは同社が採用する二層式の振動板だろうと予想する。
記事冒頭で述べた「気になる」部分というのが、ここで上げた二点だったりする。
ツイーターはソフトドーム。化繊のようなドームの上になにかをコーティングしているけれど、コートは劣化して全体的にクラックと変色がある。
背面は、バスレフポートとコネクター部をまとめて成形した樹脂製のパネルがある。SC-F102SGでも採用されていた、メーカー独自のアッセンブリーだ。
ただ、三角柱のキャップのバインディングポストは、デザインが好みではなかったりする。
整備前の音
音を聞いてみる。アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。いつも使用している黒檀サイコロのインシュレーターは使用せず、花こう岩プレートの上に直置きとする。
音も、SC-CX101やSC-F102SGと似た質感だ。バランスはフラットで、華やぐような明るさと湿度、それと速度感がある。クセが小さくそつなく鳴らす印象。
低音が意外と出てくる。量感が適度にあり、かつけっこう下のほうまで聞こえてくるので安定感がある。音自体の質も良い。
中音は定位がしっかりしていて、自然な質感。ボーカルもちゃんと正面に立っていて、ほかの帯域に埋もれていることがほとんどない。
高音は若干わざとらしさというか"作られた感"があるものの、おおむね落ち着いており、ウーファーとの繋がりも自然。ただ、高めの中音がややザラザラしているのは、HPFに電解コンデンサーを使っているような質感だ。もう少していねいでいてほしい感じもする。
音場が広め。パースペクティブは標準的だけど、ヌケ感があり、聴いていて心地よい。音が混濁することがなく明瞭で、どのジャンルも淡々と鳴らす。
明け透けに言ってしまえば、ここまで上質だとは思っていなかったので驚いている。チープな見た目に騙されてはいけない。
周波数特性を見てみる。
今回は収音マイクをウーファーの軸上に置くほうが特性が綺麗なので、そちらのデータを見ていく。
聴感と一致する。低めの中音にやや特徴が見られるけど、それ以外はバランスよく再生するような稜線をしている印象だ。
内部
筐体内部を見ていく。
バックパネル
前面にネジ頭が見えないときは、とりあえず背面のコネクターユニットを取り外すことから始めることが多い。
パネルを外すと、予想のとおりネットワーク基板が固定されている。ぱっと見でパーツ点数が多く、なにやらいろいろやっていそうなことがわかる。
基板側に平形端子用のタブがはんだ付けされており、各ドライバーまでの配線はそこを引き抜けばエンクロージャーからパネルを分離できる構造になっている。
ただ、そこに固定されている205型と思しき端子は、撚ってあるケーブルの張力に耐えられなかったのか破損しており、今にも外れそうな状況だ。
前面化粧カバー
背面から内部を覗き、ドライバーユニットはタッピングネジで固定されていることを確認すると、前面に戻り、覚悟を決めて銀色の樹脂製の化粧カバーを取り外せるか試みる。しかし、接着されているのか、いくら持ち上げても外れる気配がない。
これはキレイに外すのはムリか? と諦めかけたところ、化粧カバーを動かすとなぜかツイーターのドームも一緒になって動くことに気がつく。もしやと思い再度筐体を覗くと、ツイーターユニットはバッフルではなく、ユニット背後に設けられた金具にボルトとナットで固定されているのを確認。
これを取り除くと、前面の化粧カバーはツイーター側から、ツイーターごと浮かせることが可能となるのだった。
接着剤は使われていなかったけれど、ウーファー側にはダボがあり、外せないこともないけど外しにくい構造になっている。細いスクレーパーを挿し入れて、てこの原理でカバーをゆっくり持ち上げる。
ツイーター
ツイーターユニットは、化粧カバーに接着剤でガチガチに固定されている。
タイ製。写真は接着剤に隠れて見えないけど、「4Ω」の印字がある。磁石はネオジウムマグネットだろうか。確認できないけど、これを分離する気は起きない。
ウーファー
そしてウーファー。フランジが六角形なのが目を引く。
取り外してみると、マグネット側がズッシリと重たいことに気づく。
プレス製のフレーム。やや厚みのある金属板が採用されており、剛性は汎用的なものよりは高そうな印象。
振動板の裏面では、コーンの一層目と二層目の形状の違いを確認できる。質感はどちらも同一で、ファブリックのような触覚だ。
吸音材
このウールの配置の仕方がユニークで、マグネットカバーの周囲の空間を塞ぐように張られているのだけど、カバーに向かって左上、ちょうどバスレフダクトが近づく部分となる4分の1くらいの面積のみ開けておくかたちになっている。
エンクロージャー
エンクロージャーも予想どおりMDFで構成されている。密度が高く、繊維質がほとんど見えない硬質なものがすべての面で使われており、それなりに質量がある。
前面バッフルは21mm厚。背面は15mm。そのほかの面は確認できないけど、背面と同じくらいの厚みがある雰囲気だ。このくらいの厚みのあるものをこの体積のスピーカーで使っているのは、じつはあまり見かけない。
ただ、ツイーターユニットの固定方法は、もう少しなんとかなったんじゃないかとは思う。単に設計が甘いのか、それともコスト面であえてこうしているのか。
ひとつ意図がわからないのが、底面のMDFだ。前面から後方の末端にかけて、中心部に割りこむようにして別の部材が当てられ、固定されている。補強でないとすると、音質のチューンだろうか。
ディバイディングネットワーク
ディバイディングネットワークを見る。
回路は、SC-CX101やSC-F102SGと同じような構成となっている。LF側はやや変則的なディッピングフィルターを備え、7.5kHz付近をめがけて抑制しているようだ。ウーファー並列のLCR共振回路は、中音域を少しだけ抑える。
定数が異なるだけで、やっていることは共通だ。このころのデノンの2ウェイスピーカーは、椀型のコーンを備えた場合にはこういったインピーダンスの調整を基本として「ヨーロピアンサウンド」を構築しようとしていたのかもしれない。
また、電解コンデンサーには「±5%」とあり、許容誤差はプラスマイナス5%なのだろうけど、LCR共振回路を構成する15μFのひとつだけは「±10%」となっている。
素人考えでは、共振回路こそ誤差の範囲はなるべく小さいほうがいいと思うのだけど、そういうものでもないのかな。
整備
ケーブルの平型端子が軒並みダメージを負っていてそのまま放置するわけにもいかないため、ケーブルごと刷新する。
また、高音域の音質はもう少し改善できそうな気がするので、それにまつわる部分の調整を行うこととする。
いろいろ清掃
それらに手をつける前に、綺麗にできるものを綺麗にする。
ウレタンフォーム
このフォーム材は、カバーの共振を抑える効果があるのかもしれないけれど、現状意味を成していないし、組み上げるさいにカバー自体を接着するつもりなので、現状指先や机を汚す以外の役目は無い。完全に撤去してしまうことにする。
バインディングポスト
バインディングポストは、洗剤を使って磨く。
今回のものは金属部分の劣化があまり進んでいないので、薄めた酸性洗剤に軽くさらすだけでだいぶ綺麗になる。
ネジ
それに対して、腐食が進んでいるのが背面のパネルを固定するネジだ。こちらは錆落としの専用の薬剤にしばらく浸けこむ。
磨いたのちに防錆剤を含むつや消しの黒の塗料を塗っておく。
ネジ山の部分にはラストガードを塗して防錆処置とし、一晩放置する。
ドームのコーティング
ツイーターのソフトドームのコーティングが剥がれているので、再コートを試みる。
まずは既存のコーティングをすべて剥がす必要がある。アルコールとアセトンを試すもほぼ効果がないので、シンナーを使用する。古い歯ブラシの先を当ててこそぎ落としていく。
新しいコート剤はなにが良いのか。結局のところ、ウレタンニスを塗っておけば万事OKなのではないかという気もしないでもないのだけど、今は手元に無い。
とりあえず今回は、ボンドの木工用多用途と水性の液体ゴムを使ってみることにする。そこに黒の水性塗料を混ぜるかたちだ。
木工用多用途と塗料だけのほうが塗膜の質感は好みなんだけど、粘度が高いのと乾燥中にダマになりやすく扱いにくい。また、湿度にどの程度耐えるのかもわからない。
そこに液体ゴムを加えると柔らかくなる反面、膜を張れるくらいの厚塗りがしにくくなる感じ。
結局今回は、木工用多用途2、液体ゴム1、黒のサーフェイサー1の割合で混ぜ合わせて塗ってみることにする。
乾燥後、もういちど同じものを作り、そこに水を数滴加えて薄めたものを上から塗る。再度換装後、さらに同じものを塗っておく。
結果、少し刷毛目が残ったものの、それっぽい感じに仕上がった。
より滑らかに仕上げるには、木工用多用途の割合を減らすか、水で若干薄めるなどすればいいだろう。
コンデンサーの換装
再コートによりツイーターの性能がある程度復旧することを見越して、信号経路のほうも少し調整する。
後段の電解コンデンサーはそのまま残すので、ここの電解コンデンサーを取っ払っても質感がオリジナルから大きく離れることはないだろうという予想と、個人的に、この青いコンデンサーのとおる高音域は好みではないことが多いことから、ここだけを弄る。
このスピーカーの場合は背面側の空間に余裕があるため、基板からケースが大きくはみ出ていても、筐体に収めるさいに物理的にどこかと干渉するような問題が起きにくい。とはいえ、ここに高価なオーディオ向けコンデンサーを、劣化の進んでいないオリジナルのコンデンサーから乗せ替える気にもなれない。今回はここまでとする。
ケーブルの新調
内部配線は、すべて手持ちのOFCスピーカーケーブルとする。
ただし、今回はネットワーク基板側で着脱できる仕様なので、各ドライバー側の接続ははんだ付けとし、平型端子を減らす。
整備後の音
中高音の変化
ここまで整備したら、音を聞いてみる。
なんかもう、これでいいんじゃないか? という音がする。
高音の質感は、ある程度改善されている。ドラムのシンバル系などの金属音は、よりリアリティを持ち、弦を弾くような倍音の複雑な楽器は、より明瞭になっている。
ありていに言うところの、幕が取り払われた感覚である。また、ややエネルギーが高音に寄った感じもするけど、これは気のせいかもしれない。
特性としては、中高音に変化が見られる。とりわけクロスオーバー周波数付近と思しき3kHz前後は、谷が小さくなっている。
フィルター回路の数値上の変更はほぼないことから、これらの変化はツイーターのドームに施したコーティングによる特性が占めているのだろう。そこまで変化は無いだろうと思っていたけど、意外と変わるもんだなというのが感想。このあたり、整備の経験が少なく特性の変化を読みきれないところだ。
フィルターの調整
ここまで整備したスピーカーを翌日も引き続き聴いてみると、自分の体調が変わったのか、高音がくどく感じるようになった。そこで、ネットワーク回路を少し改修しておく。
ツイーター並列の抵抗器は基板に付けにくいため、ケーブル側で暫定的に処置。
こうすることで波形として目に見えてわかるのは、8kHz付近が少し落ちていること。それ以外は、前日の状態とほとんど変わりがないように見える。
これでひとまず、あまり気にならなくなった。
まとめ
正直、ここまで"聴ける"スピーカーだとは思っていなかった。別のスピーカーの整備の合間にちょこっと手を出すだけのつもりだったのに、すっかり気に入ってしまった。
入手性の低さと耐久性の懸念は振り払えないものの、音は同クラスではおそらくワンランク上。まさに上級機顔負けといっていいように思う。状態の良いものが手に入るのなら、コストパフォーマンスは上々といえる。
ポテンシャルも高そうだ。こうなるとSC-M53も入手してみたくなる。
終。