エラックのブックシェルフスピーカー「Debut B5」を入手し、内部を少しだけチューンしてみた。その所感。
素性
2015年末に登場した「Debut」シリーズのブックシェルフスピーカーである。
Debut(デビュー)と名が付くとおり、エントリークラスに位置付けられたスピーカーとなる。
Debut B5は135mmコーンウーファー搭載のバスレフ型で、ペア55,000円。
このシリーズが登場するまでのエラックは、「70 LINE」というシリーズが廉価グレードだった。同程度の仕様では、ブックシェルフスピーカー「BS72」がペア65,000円。Debut B5はそれよりも価格を抑えて登場していたことになる。
ちなみに、70 LINEの前代シリーズである「50 LINE」に「BS53.2」というモデルが存在していて、そちらがペア52,500円であり、同等である。
エラックと聴くと、個人的にはハイエンドスピーカーを世に送り出しているイメージがある。ブックシェルフスピーカーのような小型なものでも販売価格が10万20万は当たり前で、よほど音に拘りがあるかオーディオマニアでもないかぎり、購入に踏み切るにはなかなか勇気が要る。
ちょっと大きめの家電量販店のオーディオコーナーに置いてあったりすると、貧乏人の自分にはまさに高嶺の花といった感じで、遠くから眺めているしかなかったものだった。
そんなエラックから、ペア10万円未満の比較的手を出しやすい製品を発表していることを知ったのは、じつはけっこう最近だったりする。現在は改良が施された後継シリーズの「Debut 2.0」が登場していてそちらが好評らしく、ファーストモデルであるこちらは中古品が手ごろな価格で流通しているようだったので、入手してみた。
外観
ツイーター
エラックのスピーカーで象徴的なのが、「JETツイーター」と呼ばれる広面積のリボン型ツイーターである。外観のデザインが独特なので、一度見たら忘れられない。
ただ、本機ではさすがにそれは搭載されておらず、樹脂製のソフトドーム型ツイーターユニットとなっている。
ツイーターの外面にあるパンチングメタルのようなパネルの形状がユニークで、整列している小さな孔の形状が楕円形をしている。中心部には球形に近い起伏があり、その周囲がお堀のように窪んでいる。
メーカーはこれを「ディープスフェロイドカスタムウェーブガイド」と呼んでいる。このガイドで出音をイコライジングしているのかと思ったら、どちらかというとツイーター以外からの余計な音をシャットアウトするためのものらしい。
また、このガイドのおかげでわかりにくいけど、ドームがけっこう後退した位置にある。ウーファーと合わせているのだろう。
ウーファー
以前ソニーのスピーカーで見かけたようなスケスケ感は無し。
筐体仕上げ
エンクロージャーの仕上げも、スピーカーではあまり見かけないものとなっている。いわゆる「ブラッシュド加工」が施された黒色のビニールシートで、表面にヘアライン加工をさらに粗く仕上げたような細かな凹凸がある。これが背面を含め筐体全面を覆っている。
光の反射が特徴的。弱い光は散漫になるためかあまり反射せず、シックな印象。しかし、上の写真のように光源が近いような状態だと金属的な光りかたをする。
なにぶんビニールなので、よく見れば如何せん安っぽくはあるけれど、異端感があってこれはこれで良いと思う。
前面には、各ドライバーユニットを固定しているネジを隠すように化粧パネルがある。
こちらもヘアライン加工が施されたメタリックな見た目だけど、樹脂製である。これも、先とは別のソニーのスピーカーで見たことがあるな。
コネクター
背面のコネクターユニットは、埋込型ユニットのシングルワイヤータイプで、汎用的なもの。
ただし、バナナプラグ対応のバインディングポストは、金属製の三角ナット型キャップのものが採用されている。このポストが既製品に積まれているのは初めて見たかも。
改修前の音
出音を聴いてみる。
アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。いつものヤツ。
一聴して、「ああ、現代機だな」という音。それは、自分が普段1990年代前半以前の古めのスピーカーを置くことが多いから出てくる感想なのだけど、やっぱり近代のスピーカーは、突出した音域が不在で、音場的にも音域的にもワイドなんだなと再認識する。
低音域が充実している。けっこう下のほうまで出てくるし、量感も十分である。バネのようなしなやかさがあり、弾むような低音を繰り出してくる。
反面、中高音はやや引っ込み気味。
ボーカルは中心に居るけれど奥のほうに立っている印象で、もう一歩前に来てほしい。特に女声では顕著だ。
楽器でいえば、ブラス系はそれなりに張りがあって良い。太鼓類も迫力があっていいのだけど、エレキギターを聴くとやはり奥まっていて、華がないような感じがしていま一つ。
高音は、音自体はクリアで聴きやすい。ツイーターからの出音が控えめで、丸く収められている。ひずみ感が小さい点以外で、特筆すべきことが無い。
横方向、縦方向ともによく広がり、立体感がある。再生周波数帯域相応の能力を持っているといえる。別の言いかたをすれば、音に飽和感がある。そういう点で現代的だ。
全体の雰囲気としては、分解力よりもエネルギーを押し出すことに重きを置いているように感じる。大音量で鳴らしたくなってくるバランスだ。デスクトップかつニアフィールドでは、役不足となってしまうのかもしれない。
周波数特性を見てみる。
全体から比較して、1kHzから2kHzくらいまでがやや落ちている気がしなくもない。ここが中音域を引っこみ思案にさせているのか。ただ、あからさまに低いわけではないし、そうとも限らないか。
1.7kHz付近にある局所的なディップは、数回収音しても毎度大なり小なり発生する。素人の収音なので断定はできないけど、やはりこのあたりになにかあるのか?
そのほかは、概ね聴感と一致する。
今回は実験的に、スピーカーの真正面(0度)のほかに、30度と60度の位置でも収音してみる。実際に試聴するさい、リスニングポイントでは左右のスピーカーの正面から30度くらいずれた位置に両耳が来るため、より聴感に近い特性となることを狙ってみたもの。
とはいっても、マイクの位置はスペースの都合でスピーカー前面から60cm程度しか離せないし、無響室ではないただの木造屋根裏部屋でそこまで収音することにどの程度意味があるのかはわからない。
分解
中身を見てみる。
今回はメンテナンスするような部分は見あたらないので、内部がどうなっているのか確認してみるだけのつもりで始める。
前面化粧プレート
本機ではなんといっても、各ドライバーユニットを固定しているネジをさらけ出すために、だるま型の化粧プレートをいかに綺麗に外すかが最大の課題となる。
簡単に外れそうもなさそうなら諦めようと思っていたけど、ウーファー側は指先だけでもなんとか持ち上がることがわかった。見ると、筐体側にダボ穴があり、そこに化粧プレート側にあるスタッドが刺さっているだけで、接着剤の類は使われていない。
ツイーター側は、やや固めに嵌っている。薄いスクレーパーを差し込んで、内側からてこの原理でゆっくりと浮き上がらせる。材質は薄いプラスチックなので、とにかく焦らず無理せず、慎重に作業する。
こんな部分の開封なんて考慮されていないだろうからガチガチに固定してあるだろうと思っていたので、意外だ。単に省力化の一環なのかもしれないけれど。
ウェーブガイド
ちなみに、ツイーター前面にある円形のパンチングメタルっぽいガイドも、じつはユニットに摩擦で嵌っているだけ。これにも驚いたけど、ここについてはどうやらガイドを90度回転させて楕円の孔の向きを変えることで、音質を調整できるような設計になっている可能性がある。これは、ガイド側にある切り欠きにユニット側の溝にある突起を合わせる仕組みであり、その切り欠きが二か所設けられているためだ。
ここでようやくドーム型振動板の姿を拝むことができる。
先述のとおり、ドームはやや奥まった位置にある。
こういった所作は、テクニクスの「リニアフェーズスピーカー」を彷彿させる。
平型端子
あとは、見えているネジを外していくだけ。
各ドライバーに繋がれているケーブルは、手動リリース可能なタイプの抜け止め付きの平型端子が使われていて、着脱がラク。
ドライバー
ドライバーは、背負っているフェライトマグネットが大型なのが印象的。
ウーファーは直径10cm、厚みが2cmある。2.5cmドームのツイーターは直径7cm、厚みが1.5cm。
特にウーファーは、硬めな素材のダンパーやエッジを採用する代わりに、強力な磁気回路でコーンを振幅させる設計なのだろう。余裕のある音はこの設計から生まれているのだろう。
エントリーモデルでも、ここにコストをかけているのには感服する。さすが高級志向のエラックといったところか。
デバイディングネットワーク
基板外観
背面のコネクターユニットを外すと、内側にデバイディングネットワーク基板が付いてくる。
ここはほかのスピーカーでも見られる標準的な仕様ではあるものの、小型の基板は両面実装されており、その空間を確保するためにコネクター側の四つのスタッドが長めになっている。
ポストのケーブルバインドとの接続も抜け止め付きの平型端子だけど、その上でさらにはんだ付けまでされている。理由は不明。
回路
ネットワーク回路は、そこまで複雑ではないものの、ドライバーの性格に適合させるような組みかたをしている印象。
まずはツイーター回路から。
12dB/octを基本とする構成だけど、各パーツの定数が独特だ。一段目にある1.1μFという容量のフィルムコンデンサーもめずらしいし、そのあとに来る並列の空芯コイルが1mHと、かなり大きいものを採用しているのも面白い。0.1mHではなく、1mHである。
そのあと、27Ωという抵抗器が直列に挟まってくる。ここまで大きな抵抗はツイーターと並列にあてがわれるのは割と見かけるけど、直列で刺さっているのは初めて見る。
ウーファー側と能率にだいぶ差があるのか、それともホーンのような形状のユニットに合わせているのか。なにかしら意図があってのことだろうけど、よくわからない。
ウーファー側は、有芯コイルで緩やかに高域を下げたあと、共振回路を組んで特定の周波数を削ぐ形にしている。
この回路は計算上は5kHzを狙っているようだけど、抵抗器を繋いでいるあたり、ガッツリフィルタリングするのではなく、局所的なピークを抑える目的のように窺える。あくまでウーファー主体で聴かせたいところ、ツイーターの出力も被ってくる周波数帯なので、ここを低下させておかないと音がキンキンして不快になるのかもしれない。
エンクロージャー
エンクロージャーは、すべてMDFで組まれている。
MDFの厚みは前面が18mm、そのほかの面が12mmである。
意外と薄いんだな、という印象。容積重視ともとれるけど、コスト面だろう。内張りや桟のような補強の類も無い。
各ドライバーユニットを固定する部分のザグリも深めで、ネジが通る部分の厚みはツイーターが約10mm、ウーファーは約9mmほどしかない。
このスピーカーはウーファーとツイーターの配置をなるべく近づけるような設計であり、両者が接近する部分のMDFは必然的に細くなりやや頼りない。やはりここは内側から補強が欲しくなってくる。
吸音材はエステルウールで、前面とバスレフポート周辺を除いて張り巡らされている。
整備
音に不満があれば、まず調整をかけるのはデバイディングネットワークとなるのだけど、先にあるとおり本機用にいろいろと調整されたであろう不思議な回路を見てしまうと、手をつけるのも忍びない。
それを整える手間が発生するなら、回路構成はそのままで少しだけ改修してみようか、という気になった。
コンデンサー
用意するのは、JantzenAudio社製の両極性アルミ電解コンデンサー「EleCap」1μF。そこへ同社のメタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサー「CrossCap」0.1μFを並列合成させて、1.1μFを作る算段である。
ツイーターのHPF用フィルムコンデンサーを電解コンデンサーにするという改修自体は、いくつかのスピーカーで経験がある。ただそれらは、静電容量が4.7μF以上の比較的大きめのものばかりで、1μFを交換するのは今回が初めての試みとなる。それは、静電容量が小さい場合、繋がれるツイーターは高音域特化となり、電解コンデンサーの特性がよく判る中域の音はほとんど出力されないという考えに基づく。
しかるに本機のケースでは、並列するコイルのインダクタンスが大きく、クロスオーバーがそこそこ低めに設定されている。これならば多少なりとも換装による変化を聴感できるはず、と踏んだのだ。
ケーブル
ついでに、ツイーターへ渡る配線も引き換えておく。最近よく使用するJVCKENWOOD製のOFCスピーカーケーブル。
ドライバーに接続する端子は、抜け止め機構が付いたものを新規で用意できなかったので、一般的なヤツを使用。
ちなみに、ツイーターのプラス側は187型でウーファーのプラスは205型と、サイズが異なっている点に注意。
なお、今回はウーファー側はいっさい手を入れない。
バインディングポスト
バインディングポストは、分解して酸性洗剤で洗浄する。
これはいつもの所作だ。特筆すべきことはない。
あとは、組み直して作業完了だ。
前面の化粧プレートは、さすがにそのまま嵌めこむだけなのもどうかと思うので、真ん中のダボ穴だけ接着剤を流しておく。
改修後の音
おまじない程度のつもりで換装したコンデンサーだったけど、思いのほか音に変化があった。
整備前と比べると、中音域がしっかり前に出ている。
といっても、飛び出してくるかのうような大げさなものではない。自然に主張してくるようになった、という具合だ。最近よく聴くようになった大貫妙子の柔らかな歌声は、演奏にかき消されることがなくなっているし、スピッツの「悪役」のひずんだギターも、汚らしさがちゃんとわかる。
バランスとして違和感が無い。
周波数特性のほうは、傾向は整備前とまったく同じだけど、整備後は大きなディップが無くなっている。
今回の整備ではウーファー側を弄っていないので、この微小な変化はツイーター由来となる。この結果から見るに、整備前の状態はやはりなんらかの理由でドライバーどうしの繋がりがうまくいっていなかったのかもしれない。
まとめ
エンクロージャーが貧弱であるのがもったいないと感じるものの、肝心要のドライバーユニットが高品質なのは好印象だ。廉価グレードとはいえ決して安くはない価格で、どこにコストを注げばいいのか理解している造りだなと思う。
音の造りからして、おそらく本格的なリスニング環境に置いてそれなりの音量で鳴動させることを想定しているスピーカーなのではないかと思う。自分は基本的にデスクトップオーディオとして利用するので、小音量でも聴きやすいチューンにしてちょうどよい感じだけど、本来であればオリジナルのまま駆動しても良い結果になるのかもしれない。
整備後の本機は、現代機のハイファイなサウンドに耳を慣らす意味も兼ねて、いろんなプログラムを引っ張ってきて鳴らしてみている。
こうなってくると、後継機も手に入れたくなってくるな。
終。