ダイヤトーンの壁面特化型スピーカー「DS-22S」を入手した。音を出したり軽く整備してみた。その所感。
"平面"スピーカー
以前より気になっていたスピーカーが手に入った。
1980年代前半に発売された、不思議な形状のパッシブスピーカーシステム。「DS-22S」という。
シックな木目調の外装と一本約5kgの重量をほこりながら、異様に短い奥行きのエンクロージャー。そして円形の平面型振動板の2ウェイドライバー。
こんな趣深いスピーカーが国内の一流メーカーから80年代に登場したのも、どんな背景があったのか想像が尽きないし、この挑戦的な仕様のスピーカーを当時平面振動板を推していたソニーあたりではなくダイヤトーンが世に打ち出したことがなにより面白い。
音質云々よりも、製品としての所有欲をそそられて興味を抱いたのだった。
外観
おそらく壁掛けを意識しているであろうこの平たいスピーカーは、じつのところ奥行きが短いだけで、横幅と高さ、つまり前面バッフルの面積は広かったりする。
奥行きが11cmに対して、横幅は30cmある。
一般的なブックシェルフ型スピーカーと比べても、存在感はひとしお。側面の板材は大きく弧を描いており、それが横幅を押し広げている。容積を稼ぐ手段として両側面を膨らませているイメージだろうか。
背面にある壁掛用の穴は2か所設けられている。2つの穴は向きが90度異なっており、各々に対応する向きで配置できる想定のようだ。
前面にあるエンブレムも回転できる仕様で、指先だけで簡単に向きを変更できる。
エンクロージャーは密閉型。手で叩いてみると、けっこう反響音がある。
ただ、「カーン」という金属っぽい甲高い音がするのが気になる。筐体はおそらく木製だろうし、どうして? と思って探っていたら、ウーファーの正面にある金属製のグリルネットが共鳴していると判明。
このグリルネットがかなりチープで、平面を意識しているためかドーム状になっておらず、剛性を得にくい構造にもかかわらず線自体が細く、容易に変形するくらいに脆弱。パンチングメタルのほうがよかったのでは、と思ってしまう。
改修前の音
ともかく、出音を聴いてみる。
アンプはTEACの「A-H01」。最近出番が増えているプリメインアンプ。
音に関してはあまり期待していなかったのだけど、いざ聴いてみると意外とアコースティックな響きを醸していることがわかる。
リスニングポイントから頭をある程度振っても、聴こえかたがあまり大きく変動しないのも特徴。
メリハリのある煌びやかな音。パリッとしていて現代的。見通しと分離感が良い。これは以前、ソニー製の平面型振動板搭載スピーカーでも似たような印象を受けたのだけど、もしかすると平面型特有のニュアンスなのかもしれない。
とはいえ、あちらほど高音が喧しいわけではない。その意味でこちらのほうが自然であり、安心して聴ける。
低音域は、密閉型の筐体ということもあり、最低音は高めとなっている。タイトだけど速度はほどほどで、代わりに鳴らせる範囲における量感がある程度確保されている印象。
こちらも、音全体のバランスを鑑みれば無難で、安定感がある。しかし、どうしても深さが足りず、バッフルの大きさにしては物足りなさを感じてしまうところはある。
見た目がアタッシュケースみたいに薄っぺらくても、音はかならずしもそれに追随しない。ややあっさりしているけど、ちゃんと「オーディオしている」。
ただ、中音が若干煩雑に聴こえてくるときがある。もう少し整理されているといいかもな。
ツイーターの出音を若干落としてみてもいいかもしれない。
周波数特性を見てみる。
クロスオーバー周波数は2kHzから3kHzのあたりだろうか。ツイーターはそれなりに下のほうまで鳴らすようだ。
高音域は聴感上はもっと出ているような印象だけど、こうしてみると特性的にはそれほどでもないようだ。
分解
外見も出音も異常は無いように感じるけど、片方のウーファーは低音域をサイン波で出すとなにやらチリチリと音がする。その原因探究も兼ねて分解していく。
ネジ類
内部へのアクセスはカンタン。見えているネジを外していくだけ。
ウーファーのグリルネットを固定しているフランジ部のネジは、六角穴のタッピングネジ。対辺5mmとやや大きめな点に注意。
ウーファーユニットの固定用ネジを取り外す。こちらはPH2のミリネジだ。
すべてタッピングネジだろうと思っていたので、しっかりインサートナットなのはちょっと意外。ちなみに、ツイーター固定も同じくミリネジだ。
ユニットは特に固着もなく、難無く取り外せる。
エンクロージャー
エンクロージャーは、両側面をMDF、それ以外をパーティクルボードで組まれている。
前面バッフルは薄いところで10mm以上厚みを確保。それ以外の面も同じくらい。まあ、妥当かなといったところ。ウーファーとツイーターのあいだの部分に、補強用の桟を渡らせてある。
外観では前面から背面まで180度の大きな弧を描いている特徴的な側面部だけど、内部はいたって普通の平面の板があてがわれているのみ。
ディバイディングネットワーク
その片方には、ディバイディングネットワーク一式がネジ留めされている。
ネジは2点。ウーファー孔からドライバーを突っこんで回す。
パーツ類は細長く切り出された繊維板の上に並べられている。
もっとギチギチに詰められているのかと思っていたけど、パーツ点数が少ないこともあって、意外と物理的に余裕がある。
シンプルな-12dB/octのフィルター。アッテネーターも無しの潔い構成。
予想していたとおり、ツイーターはそこそこ下の周波数帯まで鳴らせるようになっている。ただ、そのわりにはウーファー直列のコイルが1.0mHと、やや小さめに見える。中音域は両ドライバーで再生して音に厚みを出す算段だろうか。
配線
そして、結線は例によって圧着端子を用いたソルダーレスとなっている。
このはんだを用いず各素子を直に接していく方法は、時代が進んで1990年代に入っても変わらず続けているのはわかっている。所有した機種が少ないので断定できないけれど、おそらくこれはダイヤトーンの拘りなんだろうなと思っている。音声信号の経路上にはなるべく余計なものを排除しておきたい、ということだろう。
……だけど、背面のコネクターユニット部は、はんだ付けされていたりする。
吸音材
筐体に戻って、吸音材。ウーファーの真後ろに厚さ1cm程度の硬めのニードルフェルトを貼っている。
また、天面のツイータの真上の位置にのみ、薄いフェルトを設けている。
密閉型のエンクロージャーにしては、吸音は少なめ。筐体の響きかたを生かす設計だろうか。
ウーファー
各ドライバーを見ていく。まずはウーファー。
このクロス製のエッジ、グリルネットを取り外すまで気づかなかったのだけど、オリジナルではなさそう。前オーナーが張り替えたようだ。振動板の表面に接着をした形跡が見受けられる。
フェライトマグネットは径は標準的だけど、厚みがそれなりにある。質は良さそう。
振動板の表層はアルミのようだけど、コアはソニー製のハニカム構造とは微妙に異なる。ひとつひとつのセルの形が正六角形ではなく、パンタグラフのようなひし形に近い形状が並んでいる芯材だ。音質面で違いはあるのだろうか。
磁気回路のボイスコイル部との接続は、一般的なコーン型の支持材となっている。
ツイーター
続いてツイーター。ツイーターも同じような円形の平面型振動板を搭載。
エッジには二連のプリーツのようなロールがある。クロス製だけど、こちらはオリジナルっぽい。
接着されているグリルネットを外さないとバッフルプレートを固定しているネジにアクセスできない仕様となっている。今回は用事がないので外さない。
振動板は直径が5cm近くあり、なるほどそれなりに低い音も出せそうだ思う反面、あまり面積が広いとツイーターの本領である高音域の再生には逆に不利なんじゃないかとも感じる。
マグネットもそれに見合う径のものを背負われている。
整備
音に関しては気になる点がいくつかあるものの、どのようなアプローチにするべきか決めかねている。
ここはとりあえず原音の復旧を試みるのが先だな、となり、フィルターの調整は見送ることとする。
ちなみに、ツイーター直列のエルナー製のほうは許容範囲内に収まっていた。コイルのインダクタンスも問題なし。
コンデンサーの交換
結線はオリジナルに倣い、圧着で行うこととする。そのためには、既存の圧着部の結線を慎重に分解して、圧着端子を設けられるリード長を確保する必要がある。
ふたつのコアコイルは、インシュレーションボードと思しき繊維板に接着材で固定されている状態。それをそのまま上手く再利用できるとよいのだけど、新たに設けるコンデンサーとケーブルを設けると、圧着部が高域と低域でショートしそうなほど近接するため、いったん剥がして移設することで物理的な余裕を確保し、事故を予防する。
裸圧着スリーブでの圧着を基本とする。
ケーブルは、手持ちの適当なスピーカーケーブルを使用。ここは特に拘りは無いけれど、せっかくの国産スピーカーなのですべて日本製にしておく。
いったん剥がした紙製のベースは、両面テープで再度貼りつけておく。
あとはそのまま、エンクロージャー内に戻してやるだけ。
背面のコネクターユニットとの接続も最後まで圧着に変更するか迷ったけど、面倒になって結局はんだ付けで妥協。
吸音材の追加
分解前に聴いた出音は、ウーファー側のコンデンサーの容量が大幅に狂っている状態のものであったことが判明してから、それを基準にして音質を調整したい気持ちは失せている。しかし、中高音の煩雑さを抑えたいとなると、やっぱりツイーター側の調整が必要である気もする。
ここはツイーターユニット周辺に吸音材を追加して様子を見ることとする。
先日手芸用品店で発見した、ポリエステルの繊維を密集させたようなクッションの芯材を吸音材として設けてみる。
これ、吸音材として有名な東京防音の「ホワイトキューオン」と非常に似ているけれど、こちらはやや硬めで型崩れしにくい。しかもウレタンフォームなどの発泡系のものよりもしっかり吸音してくれるようで、なかなか重宝している。
今回は、これを適当な大きさに切り出し、ツイーター周辺の内壁に貼りつける。接着はボンドの「GPクリヤー」。
エッジの補修
片方のスピーカーは、低音域を再生時にウーファーから「チリチリ」とノイズが出ていた。これは新しいエッジの接着不良が原因だろうと踏んで、補修してみる。
ニードル型ノズルの接着剤「E6000」を使って、エッジの"耳"の部分で接着されていない箇所を見つけてくっつけていく。
エッジがしっかり接着されていないと、その部分が特定の周波数において振動板をペシペシ叩いてノイズになることを経験で知っていた。現に綺麗に接着されていないので今回も原因はそれだろうと思い補修してみた。しかし、改善されなかった。
なんだろうと訝しんでいると、どうやら古い接着剤の破片かなにかが、平面型振動板と接着されたコーンの内部に入りこんでいて、それが振動板とぶつかったりぶつからなかったりしていることがわかった。コーンにいくつか通気口が開いているので、おそらく前オーナーがエッジを張り替えている作業の最中に、なにかのはずみでそこから入りこんだのだろう。
ウーファーユニット自体を手に持ち、縦横無尽にブンブン振り回していたら自然と抜け落ちて、事なきを得た。
改修後の音
ひと通り作業を終えたので、音を出してみる。
気になっていた中音域の煩雑さは、多少軽減されたようだ。ボーカル周りがスッキリしている。
ただ、それでもまだ中高音にエネルギーが寄っているように聴こえる。ここは当初感じたとおり、高域回路にアッテネーターを挟んでみるのがいいのかもしれない。
それ以外に関しては、整備前と印象が変わらない。
一応周波数特性も見る。
この波形を見てみると、先とはまた違う感想を持つ。
特に1.5kHzから3kHzくらいまでが如実に異なる。そのほか、高めの中音に関しても出力が若干上がっているように見える。整備前はウーファー並列のコンデンサーの静電容量が規定の倍以上あり、中音以上をかなり削いでいたはずなので、それが復旧した形といえるだろう。
聴こえてほしい音が聴こえるようになり、その結果として能率調整の余地が生まれた、ということだろうか。ただそうなると、この波形を見る限り、ツイーターの出力調整よりも、ウーファー直列のコイルのインダクタンスを大きくするほうがバランスを取りやすい気がする。でも聴感では、ツイーター側を抑えたい印象なんだよな……。
まとめ
電気的な細かい調整をどうするのかはひとまず置いておいて、まずはわりとしっかりとした音を出すスピーカーであることを知れてよかった。正直、薄型ありきで音には期待していなかったので、意表を突かれた。
ただ、そうなると今度は身も蓋もない話となるのだけど、筐体を薄型にする意義はあまりないよな、とも思うのだった。横幅が30cmあるので、たとえ薄型といえど自立させれば結局それなりの床面積が必要になるし、その懸念をしないで済むように壁掛けにして宙に浮かせることができるならば、奥行きが短いことの必要性が薄れる。"薄い"ことのメリットはどこに? となってしまう。
ドライバーの物量や容積の確保などでオーディオ的な音質を担保しようとすると、たとえ薄型にしても大型化はまぬがれず、その結果薄いことのメリットも消滅してしまう。そんなジレンマを体現した製品といえる。
まあ、手にする前からなんとなくわかっていたことではあるのだけど。
終。