いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

DIATONE DS-A7 をメンテナンスする (前編)

ダイヤトーンのブックシェルフ型スピーカー「DS-A7」を入手した。その所感。

この記事は、前後編の前編にあたるものです。
 
 

素性

普段自分があまり扱わないクラスのスピーカーが舞いこんできた。
ダイヤトーン工房50周年記念」シリーズの第三弾として、1995年に登場したペアシステム、DS-A7である。

DIATONE DS-A7
以前整備した「DS-B1」のひとつ前のモデルにあたる。
比較的カジュアルに寄ったDS-B1と比べて、こちらはいかにもオーディオ然とした重厚な印象の外観。奥行きが突起部を含めて約300mm、重量も一本あたり10kg以上あり、"ブックシェルフ型"とするにはいささか厳つい風体をしている。

持ち運んでいると腰をやられそうだ
見たところ、これはシリーズ初代モデルである「DS-A3」を意識した意匠のようで、民生機としては高価な初代をスケールダウンして、手ごろな価格帯に落としこんだもの、ということのようだ。DS-A3は手にしたことがないので、想像でしかないのだけど。

前面ネットを付けた状態
ちなみに、前モデルである「DS-A5」は、DS-A3やこちらとはデザインも構造も異なるので、おそらくコンセプトが別物なのだろう。
 

外観

 

エンクロージャ

このクラスのスピーカーをあまり手に入れない最大の理由として、「デカすぎる」というのがある。自分の場合、床に立たせるような専用スタンドを用いない、いわゆるデスクトップオーディオを嗜む。机の上にパソコンモニターを挟むように置くには、この図体では大きすぎるのだ。

側面と背面
ニアフィールドで聴くものでもないだろうし、ポテンシャルを引き出せずに宝の持ち腐れとなりうる。それなのに手元にあるのは、やはりダイヤトーンというメーカーの音を聴くにあたって外すことはできないだろうと思ったからだ……というのは体の良い理由で、実際は先日手に入れた「DS-500」のついでに探していたら、たまたまオークションサイトで落札できたものだ。

横に寝かせてみる
背面を除き、程よく明るい木目調の化粧シートで覆われている。オークの柾目材のような柄で、木理が目立たず落ち着いた印象。

ツルツルしない程度のツヤがある
エンクロージャーの材質は、断面を見るにパーティクルボード。前面バッフルは両側面に向かってカーブするようになっており、おそらくMDFだろう。分解時に確認する。

天面
 

前面バッフル

その前面バッフルは、かなり分厚いことがわかる。外から図ってみると42mm近くある。

このクラスだと、このくらいあってもめずらしくないのか?
これだけの厚みがあるバッフルを持つのは、KENWOODの「LS-1001」で見かけて以来か。この仕様を知ると、これより小型かつ安価のLS-1001がかなり異質な存在であることがわかる。
 
バッフルは、ツイーター、ウーファー、バスレフポートが一列に並んだもの。
一番下にあるバスレフポートは四隅に大きくRがとられており、楕円が潰れたような長方形をしている。

バスレフポート
このスリット型とも円形とも言い難い不思議な形状は、同じ1990年代に登場した高級機「2S-3003」を範にしているようだけど、矩形の場合となにがどのように異なるのかはわからない。個人的にはポートそのものの形状よりも、開口部をしっかりラッパ状にトリミングして塗装してあることのほうが感心する。
ちなみに、この形状は開口部のみで、内部のダクトの断面は矩形のようである。

ダクト内部。底面にはフェルトが貼ってある
バッフルの中心にあるのはウーファー
のちに見るツイーターも同じだけど、あまり見かけない色味の繊維が編まれたものが振動板の材質となっている。そして、クロス製のエッジが固まっていて、振動板がほとんどストロークしない。

DS-500ほどではないけれど、カチカチだ
先日整備したDS-500も同じ症状だった。おそらくダンプ材に含まれる溶剤が揮発すると、そのまま薄いガラスの膜のようになるのだろう。これをなんとかしないことには、まともな音が出ないのは火を見るより明らかというもの。
 
そしてツイーター。中央に大きなドームがあるコーン型振動板という、一見ドームなのかコーンなのかどっちつかずの形状のツイーターは、メーカーとしてはコーン型ツイーターに分類しているらしい。

ツイーター正面
振動板の外周にはフェルトのリングが貼られ、ゴールドの金属製のリングに縁取られたさらにその周りには、スエードのような極短い起毛のある生地が貼られている。
これはもちろんバッフル面の反射を考慮して設けられているものだろうけど、ライトブラウンとえんじに近い暗いレッドのツートンがあまり見ない色味で、意匠的にも特徴づけている。
 

背面

背面には、コネクター部とラベルがあるのみ。
ネクターユニットは露出型で、ダイヤトーン独自のもの。

ポストがややくすんでいるので、あとで磨いておこう
この中央にセパレーターがあるコネクターベースは、ぜひほかのメーカーも取り入れてほしい仕様だ。おそらくポリプロピレン製で、耐久性も良さそう。
 

改修前の音

先述のとおりウーファーがカチコチなので、長時間鳴らすことはせず、サッと出音を確認して整備に入ることにする。
一聴すると、能率はそれほど高くはなさそうな印象を受ける。ウーファーが本来の音圧で鳴っていないのは当然として、ツイーターのほうも割と抑えられているような感じの音だ。
 
周波数特性を見ておく。

周波数特性(整備前
低音は、80mmのフルレンジドライバーだってもう少し出るぞ、というような断崖絶壁となっている。しかしその状態であっても、バスレフの共振音であろう45Hz付近の凸はけっこうしっかり噴出しているのが面白い。
 
高音域も、今のところ聴感と同じ印象だ。10kHz手前から少し下がっているのは、煌びやかさや耳に残るような輪郭の浮き出た高音、というわけではないことを匂わせているように見える。
中音は、あまりパッとしないという感想以外にない。ダイヤトーンは割と中音が目立つようなイメージがあるけど、これは例外かな、くらいの感じ。あまり細かく聴きこんで印象付けてもしょうがないので、このへんにしておく。
 

分解

今回もDS-500と同じく、ウーファーのエッジの裏側にアクセスする必要があるので、最低でもユニットをエンクロージャーから取り外すところまでは行わなければならない。ただ、状態の良い中古品を手に入れたので、それ以外で取り立てて修繕しなければならないところもなさそう。
筐体内を覗いてみて問題無さそうならそのまま元通りに組み直してもいい、くらいの気持ちで作業を始める。
 

バックパネル

一応、背面のパネルはネジ留めされており、開閉することができる。一見してなんとなく、各ドライバーユニットは前面側から固定されているような気がするけど、背面が開くのであれば、もしかしたら筐体内部でネジ留めしているかもしれない、と期待しながら10本のネジを緩めていく。

バインド頭のタッピングネジ。ちゃんとザグリもある
ネジをすべて取り払っても、コネクターユニットから伸びるケーブル長にあまり余裕が無いため、そのままではほとんど開かない。

この程度が限界
 

ネクターユニット

まずはコネクターユニットを背面パネルから取り外し、その状態でバインディングポストのシャフトからケーブルを取り外したのち、背面パネルを外す。
ケーブルはそれぞれ末端に丸形端子が圧着されていて、それにシャフトをくぐらせてナットで固定しているかたち。

この方法は、最近自分の整備でも真似している

ケーブルを外した状態
さっそく中を覗いてみると、案の定ドライバーユニットは前面側からネジで固定されていることが判明。観念して前面側の作業に移る。
 

ウーファーユニット

ウーファーのネジは、エッジの周りにあるラバー製のリングを取り外し、その下に隠れているユニットのフランジ部にアクセスできるようにする。

リングはある程度厚みがある
ここは、過去に整備したパイオニアの「S-UK3」と同じ作法であり、じつのところそれほど難しいものではない。マイナスドライバーやスクレーパーなどを挿し入れて、ゆっくり持ち上げていくだけでいい。

意外とあっさり外れる
バッフルに両面テープでくっついていたS-UK3と異なり、こちらは金属製のフランジに接着剤で固定しているので、化粧シートの剥がれを気にする必要がない。リング自体の変形と、エッジの損傷に注意を払えば特に問題なく外れる。

バーリングを外した図
 

ツイーターユニット

対してツイーターのほうは、ネジが隠れているであろうスエード生地のバッフルプレートを剥がさなくてはならない。下部にあるなにか意味ありげな"欠け"の部分には、じつは下になにも無かったりする。

ツイーターの向きの目印なのかな?
スエード生地自体はかなり薄いもので、同形で1mm厚程度の紙製の台紙の上に貼りつけてある格好。その台紙とツイーターユニットが両面テープでくっついている。
当然これも綺麗に再利用したいのでなんとか綺麗なまま剥がしたいのだけど、無理そうだと判断し、スエード生地だけ傷つけないよう気を配りながら紙製の台紙は破損前提で剥がす。

温めるのも怖くてできなかった
ユニットに残った紙は、溶剤を浸み込ませながら削ぎ落しておく。こうなるとスエード生地は再度同じように張ることはできないので、なにか対策を講じなければならない。
 
ネジ頭が見えるようになったけれど、振動板の周りにあるフェルト製のリングは比較的簡単に剥がせそうなので、エッジ部を拝んでみる。
こちらも固定が両面テープだけど、エッジのロールを避けるようにリングの最外周にのみ貼られているため、貼付の面積としてはかなり小さい。ゆっくり切りこむようにして持ち上げると綺麗に剥がれてくれる。

千枚通し一本で剥がせた
といっても、エッジの上に両面テープを乗せているので、あまり適当にやるとエッジごと剥がれてしまう。両面テープからフェルトを引き離すようにして、エッジ上に残った両面テープをチマチマ剥がすようにする。

ここは溶剤は使えない
 

エンクロージャー内部

俯瞰
晴れてドライバーユニットを取り外すことができた。

俯瞰
前面バッフルは予想していたとおりMDF製で、2枚を貼り合わせて厚みを出している。

バッフル断面
バスレフダクト
内部では、パーティクルボードで組まれた大きなバスレフダクトが、ウーファーのマグネットを覆うように折れ曲がって、開口がやや上方を向いている。

バスレフダクト。まさに"ダクト"である
このダクト、9mm厚のパーティクルボード製で、矩形の開口は長辺93mm、短辺40mmと、かなり大きくゴツい。ダクトは内部は末端まですべて、さらに筐体内の断面部まで黒色で塗装されている。
また、たいていは板材に接着剤で固定するところ、このスピーカーは前面バッフルにダクトを支持する木材をネジで固定して補強してある。初めて見る施工だ。
これらは当然人の手で組み立てているのだろうし、ただただ感服するばかりだ。
吸音
吸音材も豊富に充てがわれている。
両側面と底面にニードルフェルトを、ダクト上部とバックパネルにはウールを、天面にはグラスウールを、それぞれタッカーで固定している。

バックパネル裏のウール
なお、グラスウールは飛散を抑制するためと思しき不織布に包まれている。

天面のグラスウール
計3種類の素材を採用し、前面側以外のいたるところに配置しているかたち。国産スピーカーにしては、かなり吸音を意識している仕様に見える。
また、前面から向かって左側の側面と天面に、棒状に切り出したパーティクルボードをネジ留めしている。

側面。フェルトに隠れているけど、しっかり凸を形成している
これはDS-500でも同じような施工が見られた。板材の補強というよりも、エンクロージャー内の定在波を効果的に抑止のためにあえて凸部を生成しているものと思われる。
 

ディバイディングネットワーク

両側面のやや上方に、各ドライバー専用のディバイディングネットワークがフェルトの上から括りつけられている。

これは高域側のネットワーク
各々の干渉を減らそうとするいわゆる"分散ネットワーク"である。
固定はいずれもタッピングネジ2本。尺の短いPH2ドライバーで外す。

ディバイディングネットワーク
繊維板の上に並べられたパーツは、すべてスリーブを使って圧着で接続されている。コイルの端末処理部以外はおそらくソルダーレスだろう。

PCBなんぞ論外! ということか
これまでいくつかダイヤトーン製のスピーカーを見てきたけど、こちらと同じようにソルダーレスで配線されている製品が多い。メーカーははんだをなるべく使用しない施工に拘りがあるようだ。
コイルはすべて有芯。コンデンサーはルビコン製の両極性アルミ電解コンデンサー。

ケースがデッカイな……
回路は、HPFの直列のコンデンサーがマイナス側に付されている点以外は、-12dB/octの一般的な構成となっている。

ネットワーク回路図
聴感での印象のとおり、高音はアッテネーターである程度落としている。
また、ウーファーには直列で2.0mHのやや大きめのコイルがかまされており、中音域もそこそこ削いでいるようだ。ツイーター側がある程度低い音をカバーするような定数になっているとはいえ、回路だけ見ると中音がだいぶ抑えられているような印象を受ける。
分解前の出音の確認で「あまりパッとしない」と感じた要因は、このあたりなのかもしれない。とはいえ、ウーファーがちゃんと動いていないので、歯がゆさを感じるにはまだ早い。
 

ウーファー

各ドライバーを見ていく。まずはウーファー
金属プレスのフレームに、防磁カバー。カバーには黄色いビニールテープが巻かれている。

ウーファー。PW-1664BM
位置的にはカバーの接着部だから、磁気の漏洩の低減を狙っているのだろうか。
コーン型の振動板は、アラミド繊維が編まれたもの。ギラギラした光沢がある。

振動板拡大
繊維は割と粗めに編まれているようだけど、よく見ると透明の樹脂のようなものでコーティング、というより、薄い透明の膜のなかにクロスシートが埋めこまれたような構造になっている。そのため表面は平滑であり、手触りも見た目に反してツルツルしている。
ちなみに、センターキャップも同じように平織りされた繊維だけど、樹脂のコートは無い。
この裏側は、繊維とはまた別の黒い素材となっており、貼り合わされているらしい。

紙? それとも樹脂の一種?
もしかしたら、見た目より重量のある振動板なのかもしれない。
まだコーンは動かないけれど、ダンパーは柔らかそう。

ダンパー
エッジの裏側にあるダンプ材は、例によってガラス状に固まっている。

これ、新品当時はどうやって定着していたんだろう
 

ツイーター

最後にツイーター。こちらには防磁カバーは無い。

ツイーター。TW-4040BM
バッフルプレートはアルミダイキャスト製。ネジが見えるけれど、固定に接着剤が併用されているらしく、すべて外しても分離できない。あまり弄る必要もないしヘタに動かして壊したくもないので、分解はここまで。
なにやら見慣れない白いプレートが挟まっている。

けっこう厚みがある
ポリスチレンか、ポリプロピレンか、正体はわからないけど樹脂っぽいなにかである。マグネット部もバッフルプレートも、これにガッチリ接着されている。
 
振動板は、ウーファーと同じくコーティングされたアラミド繊維らしい。

振動板拡大
こうしてみると、ドーム部は中央部のキャップのように見えるので、メーカーが公称しているとおりこの振動板は"コーン型"なのかもしれない。
ただし、ウーファーには無かった透明のコートは、こちらにはセンターのドーム部にも施されている。
エッジはクロス製で、少しくぼんだ溝のような部分には、ウーファーと同じような質感の硬いなにかがある。同じダンプ材で、同じように硬化しているのであれば、ここも軟化させることで出音が変わるかもしれない。
 

後編へ続く