Technicsの小型3ウェイスピーカー「SB-F6」を入手した。気になった部分を調整して、軽くチューンしてみた。その所感。
オールレジン
なぜかわからないけど、1980年代のテクニクスの、樹脂製エンクロージャーのスピーカーシステムに惹かれてしまう。以前「SB-F071」などを手にしたように、このスピーカーも同じ系統の小型システムだ。しかし、今回は初の3ウェイである。
特に予備知識もないのでインターネットにお尋ねすると、1982年発売のシステムらしい。今回手元にあるのはシルバーカラー。ほかにはレッドとブラックがラインナップされていたようだ。
樹脂製エンクロージャーであることを加味しても、ほかの同じくらいの体積のスピーカーと比べても明らかに軽い。筐体もよくたわむし、叩けば「カーン」と響く。さすがにもう驚くことはないけど、やっぱりオモチャみたいなんだよな。
それにしても、40年前の製品とは思えないほど状態が良い。外観に目立つ傷は無く、表層にツヤもある。見たところコーンの退色も進んでいないようだ。この保存状態のものはなかなか出会えない。
外観
もう少し細かく見ていく。といっても似たような機種を以前眺めているので、今回は軽く流していく。
よく見ると、前面バッフルとそれ以外で質感が微妙に異なっている。同じシルバーカラーのレジンでも材質が異なるのだろうか。
底面にはフェルトのパッチが貼られた脚がある。
ロゴには「リニアフェーズスピーカーシステム」とある。各ドライバーの位置関係を調整して位相特性を整え、自然な聴感になるよう仕向けていると謳うものだ。
今まで見てきた2ウェイシステムでは、ツイーターが前面バッフル面から奥まった位置にあった。しかしこちらでは逆に、ミッドレンジとツイーターの振動板がウーファーのそれよりも手前に配置されている。
前面のバスレフポートにもグリルネットが設けられているのもシリーズの特徴だ。そして見たところ、内部にダクトらしきものが存在しない。
整備前の音
音を聞いてみる。アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。いつも使っているバナナプラグが付いた極太のケーブルはここでは使えないので、適当な裸のダブルコードで繋ぐ。
雰囲気としては、SB-F071などの傾向と変わらない。ただ、それらと比べるとこちらは整っているな、という印象だ。
おしなべて高めの中音から上にエネルギーが寄っていて、能率が高いのは一緒。元気だけどパース感に乏しく、音自体もザラザラした質感がある。低音は、見た目どおり出てこない。
しかし、それらの特徴が、以前より聞いてきたほかのスピーカーと比べて抑えられている気がする。古臭い感じもそれほど気にならない。端的に言えば、より"今風"の音。
低音も出ないといっても、シリーズのなかでは聞こえてくるほうだと思う。「密閉型でももう少し出るでしょ」から「密閉型スピーカーみたいな音だな」くらいに感じられる。
複雑なプログラムとかでなければ普通に聴けるぞ、といった感想。良し悪しの両面が平らになっているので、特徴が失われているとも言えるけど。
ザラついているのもコンデンサーの影響が大きそうだし、交換すれば多少改善するのかも。
ただ、片方のスピーカーは、低音を出した瞬間「パキ!」となにかが折れるようなけっこう大きな音が本体からしたのは、ちょっと不穏だ。
周波数特性を見てみる。
密閉型スピーカーのような低音域は、想像したとおり。それ以外の帯域も、聴感と一致する稜線となっている。一見してクロスオーバーがどこなのかわからないほどきれいな波形。
内部
筐体内部を見ていく。背面6か所にある長いネジを外すと、前面バッフルとキャビネット部が切り離される。
3ウェイだからそのぶんケーブルの本数が増えるのはわかるけど、その大半がなぜかウーファーに接続されている。
ディバイディングネットワーク
そして、3ウェイにしてはずいぶんと小ぢんまりとしたディバイディングネットワークが背面に見える。
これらをすべて取り外したあとではわけがわからなくなりそうなので、この段階で回路図を起こしておくことにする。
ネットワーク基板はスタッドのスリットに挟まれたうえに接着されている。そのため、スタッドの片方を少し破壊したのちに引っ張り出す。
ここでは便宜上、大きいほうのコーン型ツイーターもミッドレンジと呼ぶことにする。
なんでこんな冗長というか、まわりくどいことをしているのか、真意はわからない。想像するに、製造時における組み上げる手順の都合なのだろう。いくつかのケーブルは平型端子にはんだ付けで分岐されていたりして、なかなか無茶なことをしている。ていねいなのかそうでないのかよくわからない。
ツイーター並列のコイルはフェライトによる有芯コイルで、0.39mHなのだけど、基板への固定にネジとナットが使われていて、それがコアの一部となっているためにインダクタンスが少し上がっている。手元の計器では、0.43mHとなった。
このあたりも、それを見越して設計しているのかそうでないのか、よくわからない。誤差の範ちゅうでしょ、ということか。安価なコンポ向けスピーカーだと、細かいことよりコストに重きを置いているのかもしれない。
とはいえ、アッテネーターも無しにたったこれだけのパーツで3スピーカーの能率を合わせようとしているのだから、そこはさすがとしか言いようがない。
ドライバー
そのまま各ドライバーユニット類を見ていく。
ユニットはすべて前面バッフルにバインド頭のネジで固定されている。ミッドレンジのみ、なぜか長さが極端に短い。
ウーファー
ウーファーは紙製のコーンにクロス製のエッジ。エッジは逆ロール。
エッジの一部に接着剤のようなものが付着している。
なんらかの制動をかける仕様とも思えないし、たまたま製造時に付着したのか? と思っていたら、もうひとつのユニットもまったく同じようになっている。うーん……。
ミッドレンジ
ミッドレンジとツイーター。
ツイーターとともに、マグネット側に開口部はいっさい無い。
ツイーター
そのツイーターはかなり薄型軽量。最高音域でかすかに鳴る、オマケ程度のものなのだろう。
樹脂モールドされたようなユニットは、振動板の大半すら透明のイコライザーのようなパーツで覆われた構造となっている。
この透明のパーツは前面から嵌められている構造のようだけど、接着されているので無理に剥がさないでおく。
エンクロージャー
エンクロージャーを見ていく。
キャビネット側には、天面側と腰高のあたりにそれぞれ繊維板が両サイドに渡っている。
この措置をあとからするくらいなら初めからパーティクルボードで筐体を組んだほうが手間がかからないし音質面でも有利なのでは? と、この仕様を見るにつけ思うのだけど、メーカー側の事情や真意を知る由もない。
その板は、側面の一か所が離れていて用を成していなかったりする。
試聴時に聞いた「パキ!」という音は、おそらくここの接着が切れたものだろう。
また、グリルネットはなぜかミッドレンジのものだけ接着されておらず、ユニットのフランジ部とバッフルのあいだに挟まった状態である。
整備
今回は現状見ていてちょっと落ち着かない配線の経路の変更と、以前は行わなかったエンクロージャーの補強の増強を中心に組み直すことにする。
バッフルの隙間埋め
このスピーカーは気密性についてほとんど気を配られていない。気が付いた隙間を埋めていくところから始める。
前面バッフルと各ドライバーユニットは、接合した状態でも作業できるため、先行して組み上げてしまう。
ミッドレンジ前面のグリルネットは、バッフルに接着する。既存の朽ちたウレタンエッジをこそぎ落とす。
接着剤は、G17。表側から見えない位置のため、多少汚らしくなっても問題ないのと、単純にほかの接着剤をケチりたいためだ。
ミッドレンジのフランジ部との接触面は、液体ゴムを塗っておく。
ツイーターも同様に接着してもいいのだけど、隙間がそこそこ大きいのと振動板がかなり近い位置にあるため、液状のものを垂らすのは控えたい。そこでここは、ゴムシートをドーナツ状に切り出したものをガスケットとする。
1mmのシートでは若干厚みが足りず、隙間を塞ぎきれない。追加で0.5mmのシートで同じものを作って重ねることとする。
ウーファーについては、エッジの外周に適当な接着剤を流すだけ。フランジ部にはバッフルが押し当てられている部分が溝のように跡になっているため、そこをめがけて塗る。
バインディングポストの換装
この樹脂製のスピーカーにおいて、バインディングポストの交換のさい、これまでは既存のユニットごと撤去したあと大径のワッシャーを別途用意してあてがうことで対処していた。それと同じでもいいけど、今回は既存のブッシングを再利用する方法を採ってみる。
既存のコネクターユニットから、ポストとブッシングを分離する。ポストの受けの金属製のパーツは、内側で固定されている爪を曲げてやれば引き抜くことができる。
受けのパーツを取り外したあとのブッシングの孔は、4mm径のポストのシャフトがちょうど収まる。そのままポストを挿し入れて、ナットで固定する。
あとはそれをエンクロージャーの元の位置にパチンと嵌めこむだけ。
オリジナルのパーツを流用しているぶん、ワッシャーで代用するよりも自然な仕上がりになるけど、ブッシングがわりと柔らかい素材のため、堅牢とは言い難い。接着するなどの補助が必要だろう。
コンデンサーとケーブルの交換
ディバイディングネットワークの電解コンデンサーは、3.3μFであるところ実測は6.0μF前後となっているため、交換する。
コンデンサーとコイルがひとつずつなので基板は取り払ってもいいけど、今回はあまりフィルター回路を弄るつもりはないので、そのまま利用する。ただし、信号経路はオリジナルから変更し、大回りしている部分を無くして一般的な接続方法にするとともに、銅箔をなるべく経由しないものとする。
基板に固定するものを除き、すべて圧着による結線とする。
エンクロージャーの制振
筐体側の補強が中途半端な気がするので、もう少しだけ増やしておく。
ホームセンターで適当な木材とボルトを確保。
なぜか底面部には敷かれていない繊維板の代用として、天面のものと同サイズのMDFを用意して貼りつけることにする。
棒状の木片と140mmのボルトの二本で、真ん中に流れている繊維板を挟みこむようにして、天面と底面を突っ張らせる。テンションの調整は、ボルトにあるナットで行う。
あまり力を入れ過ぎるとエンクロージャー自体がたわんでしまうため、前面バッフルを収めたときに天面と底面が面一になっている程度に留めておく。
これに加えて、背面と前面の保持もすると良いのだけど、そこまでする気力が湧かなかった。
MDFの接着が済んだらボルトをいったん取り外して、ネットワーク基板を元の位置に戻し、バインディングポストにケーブルを固定する。今回は一部のケーブルは基板と背面の開いている空間をとおすほうが良さそうなので、通過する部分に発泡ゴムシートを貼っておく。
バインディングポストへの接続は、すべて丸型端子とする。
タブを設けて平型端子でもいいけど、今回は特にマイナス側のケーブルの本数が多いので、なにも考えずにナットでそのままシャフトに固定できる丸型端子を圧着している。
続いて、両側面の下半分の部分に、切り出した2mm厚のニトリルゴムシートを貼る。
ここは、このスピーカーのエンクロージャーでいちばんたわむ部分である。どうせたわむなら質量を増やしてみて共振音がどのように変わるか確認するか、といったところなのだけど、本来であればたわまないことがいちばんなので、ここも木板でも流しておきたいところ。
あとは、吸音材の調整だ。チップフォームと発泡ゴムシートを少量ずつ様子を見ながら貼っていく。
既存のニードルフェルトは流用する。ただし、ウーファーの真後ろではなくツイーター側に配備させる。
そのほか、ケーブルのタッチノイズを軽減するため、基板とボルトのあいだや桟などにクッションとなるものを用意して、ようやく完成となる。
ここの対処は気になり始めるとキリがないので、程々のところで完成としなければならない。
整備後の音
音を出してみると、思いのほか改善していることが感じ取れる。
低音は、明らかに存在感が上がっている。量感はそれほど変化が無いけど、質感は少しだけ重くなった印象を受ける。これはおそらく、筐体の気密性を上げたことでバスレフが若干ながら機能するようになったのだろう。
バスレフダクトを新たにくっつけてみようかとも考えていたけど、これはこれで良いな。
また、ザラザラした感じもだいぶ薄れたようだ。曲調によってはまだチャキチャキしたり乱暴な部分が残っているものの、整備前を比べればおおむね落ち着いて滑らかになっている。これは意図したとおりの結果だ。
音が整理されたからか、女性ボーカルが一歩前に出てくれている。コンデンサーを吟味すればさらに良くなるだろう。
反面、独特のエネルギッシュな雰囲気は少し減退している。箱鳴りが抑えられたことが影響したようだ。キレイ目に寄ったイメージだ。
周波数特性を見ても、わずかながら変化が出ていることが判る。
150Hz付近から下がゆったりと持ち上がっている。グラフ上は誤差の範ちゅうのようにも見える差でも、筐体のちょっとした整備のみで、聴感だけでなく目に見える変化もあるのならば上々というものだ。
まとめ
しっかりしたエンクロージャーに乗せ換えてやりたい。それに尽きる。
リニアフェーズ設計もいいけど、基本に忠実にというか、構造上の詰めの甘さを改善するほうが先だろうとは思う。いにしえの、しかも安価な製品にぶー垂れたところで仕方がないけれど。
こうした迂遠な設計であるからこそ、現代までの合理性に繋がっているのかもしれない。
とはいえ、音に関してはだいぶ質感の良いものになったので、しばらくはメインに据えて、いろいろ流して聴いてみたい。
終。