テクニクスの古いパッシブスピーカー「SB-F071」という製品を入手したので、整備をしてみた。その所感。
素性
これは某オークションサイトで競り落としたものだけど、入手からけっこう時間が経っていて、当時どういった理由で入手しようと思ったのか動機を忘れてしまった。たぶん、けっこう前にテクニクスの似たようなスピーカー「SB-F08」を整備したことがあって、懐かしさから興味をひかれたのかもしれない。
このスピーカーも、それと同時期に発売された製品のようだ。
ただし、SB-F08にあったツイーター出力調整用のアッテネーターと過入力保護のサーマルリレーは省略されている。プレーンな2ウェイシステムである。
1980年代のスピーカーながら、現代製品としても通用しそうなモダンな外観をしている。
全身シルバーの外装ではあるものの、エンクロージャーは薄い樹脂製の射出成形品で、体積に対して本体重量が非常に軽い。
外観
マルチウェイシステムにおける各ドライバーの振動板の前後関係を適切な位置に揃えることで聴感上の違和感を無くす「リニアフェイズ設計」搭載のスピーカーということで、ツイーターのユニットがかなり奥まった位置にあるのが特徴。
「ホーン型ツイーター」とのことだけど、ユニット的にはドーム型ツイーターであり、バッフル面から振動板までの沈んだ空間をエンクロージャー側でホーン型に成形しているものとなる。
ウーファーは18cmコーン型。
コーンが紙製なのか、経年で退色しているように見える。本来のカラーは、もっと暗色であるはずだ。
バスレフポートを含め、バッフルの開口部にはパンチングメタルのネットが張られており、サランネットなどの保護具は付属しない。
背面には、時代を感じさせるネジ式のバインディングポストがある。
筐体底部には、4つの脚が生えている。
脚の先端にある黒いものはゴムシートのように見えるけれど、グリップ力はほぼ無い。フェルトが擦り切れたものだろうか。
改修前の音
音を出してみる。
アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
中高音重視のバランスで、低音はあまり出てこない。
ドライブすると、エンクロージャーの特に側面がビリビリ震えるのも、予想の範ちゅう。
能率が高く、小音量でも元気に鳴ってくれるのは、聴いていて心地よい。SB-F08のイメージがあるので、うるさいくらいに高音がガンガン鳴り響くのかと思っていたけどそんなことはなく、素のままでちゃんと聴けるものだ。どこかが突出した感じもしない。
そのほかの特徴としては、基本的にSB-F08と同じ。解析力はそれほどでもなく、パース感にも乏しいけれど、中音をエネルギッシュに、嫌味なくストレートに伝える。低音は出てこないわけではないものの、このウーファー径にしては量感に乏しく物足りない。
周波数特性を見てみる。
およそ聴感と一致する。
低音域は、フロントバスレフははたして機能しているのかと思わせる波形だけど、これはむしろ、もともと低音の再生をあまり重視していないような印象である。バスレフポートは低音の増補というよりも、ウーファーのドライブを空気が阻害しないための通気口として設けられているのかもしれない。
また、聴感上はほとんど違和感が無いものの、片方のツイーターは若干ヘタリがあるように見える。
分解
中身を見ていく。
SB-F08ではフロントバッフル側が外れる仕組みだったけれど、こちらは背面がパネルとなっており、ネジ6点で留まっている。ネジはすべて内部まで錆びている。
この木ネジは、筐体背面側の両側面に流されている棒状の木材に捻じこまれる仕組み。
筐体内部は、容積重視なのか空間が広い。
吸音材は、ウーファーのマグネットの下に挟まるようにして畳まれているニードルフェルトのみ。
木材が無い天面側と底面側には、バックパネルとの隙間を隠すようにウレタンフォームが貼られている。それ以外にパッキンらしきものはいっさい使われていない。
空気漏れ対策は施されていないと同義。このことからも、低音に重きは置かれていないことが窺える。
ウーファーユニットも、4つのタッピングネジを外すだけで分離できる。接着剤は使われていない。
SB-F08では、両側面に木材を梁のように渡らせていたけれど、こちらにはそういったギミックはない。
よって、筐体自体に手で軽く力を加えてやると、簡単にゆがむ。この灰色の素材は正体不明だけど、内壁に結晶のようなものが浮いているので、ポリプロピレンだろうか。
剛性を犠牲にしてまで樹脂製エンクロージャーを採用したのは、なにか意図があるのだろうけど、製造コストや運搬時の積載量削減以外に思いつかない。
この磁石に対して振動板の材質が特別軽量というわけでもなさそうだし、クロス製のエッジやダンパーが柔らかいわけでもない。
パンチングメタルと紙製ガスケットがフランジ部に接着されている。
これらを剥がす気力が湧かないので、今回はそのまま。
ツイーターのほうは、標準的な仕様。樹脂製のユニットではあるものの、筐体のものとは別素材のようで、ある程度しっかりしている。マグネットもいたって普通。
なんというか、このドライバーユニットだけ明確に質感が異なるので、浮いている存在だ。
ユニットホーン部とドームの見える開口部は接合しているはずなのだけど、ここにもパッキン的なものは無い。
そして、バックパネル。
この背面部のパネルも樹脂製ではあるのだけど、ほかの面とは材質が異なる。比重が大きく、けっこう重たい。厚みも確保されている。
「SKFS 2」とあるけれど、なにを指す用語なのだろうか。
前面バッフルにドライバーユニットが付いていると、エンクロージャー自体が軽量ゆえに、重心が前に寄りすぎて前のめりに倒れそうになる。そうならないよう背面だけ重くしてバランスを取っているようにも見える。
というか、どうせなら筐体すべてこの素材で作ってくれよ、とは思う。
整備
SB-F08では行わなかった改修を施していきたい。だけど、安価なスピーカーなのであまり大掛かりなことはしたくない。
エンクロージャー
古いウレタンフォームは削り落として除去する。
ホームセンターで、MDFと桧工作材を必要な分購入する。
当初、背面に設ける新しいバインディングポストもMDFのベースを張った上に固定するつもりでいたので、その分も用意している。しかし、MDF固定用のネジ孔を開けようにもバックパネルが想像以上に難く、手持ちのドリル刃では歯が立たない。
よって、SB-F08でそうしたように、既存のポストの貫通孔を利用する方法に変更する。
バックパネルのネジの受けである既存の木材は、本来弄る必要はない。ただ、ネジの赤錆だらけのネジ穴に新しいネジをそのまま突っこむのは気が引けるので、張り替えることにする。
棒状の木材は接着剤でくっついている。シンナーをたっぷり浸みこませてしばらく放置しておくと、簡単に剥がれる。
ゆがみを軽減するため、断面が直角二等辺三角形の桧工作材を筐体の隅に接着する。等しい2辺が15mmのものが売っていたので、それを適当な長さに切り、くっつける。
接着は、2液性エポキシ系接着剤を使用。
続いて内壁の内張りになるけど、内側に出っ張ることになるので、ウーファーの物理的な着脱を考慮して張りかたを工夫する必要がある。
ウーファーの固定面には、コーキング材を流しておく。シリコンシーラントを切らしていたので、水性エマルジョンタイプのシーリング材で代用する。
ウーファーを固定したら、両側面と天面、底面の計4面にMDFを貼りつけていく。
今回用意したMDFは5.5mm厚のもの。9mm厚のほうがしっかりするけど、素地自体がペラペラなのに補強材がやたら分厚いのもな、というのと、今回は容積重視にしたいので、やや薄いものにする。
切り出したMDFのサイズは、側面用は長辺258mm、短辺130mm。天面および底面用は長辺150mm、短辺135mm。
筐体やMDFはそれぞれ若干反っているので、張り合わせる面どうしが反りに合うよう気を配る必要がある。
接着はここでも2液性エポキシ系接着剤。ただ、たわむ板材にガチガチに固着させると衝撃で剥がれてしまいそうな気がするので、やや弾性のある接着剤を併用してみる。
用意したのはポリプロピレンにもくっつくというGPクリヤー。
板の外周部には2液性エポキシ系、それ以外にはGPクリヤーを塗ってみる。
ただ、貼ってから気づいたけど、外周部に弾性のあるものを使用したほうが剥がれにくいような気がする。このあたりはなにが正解なのかよくわからない。
貼りつけたら、実用強度到達に24時間必要なので放置。
ここは大量のクランプを使って板材を固定すると「工作している感」が出て様になるんだろうけど、そんなものは持っていないので大きめの洗濯ばさみで代用する。
翌日、MDFが固定されているのを確認したら、バックパネル固定用の木材を接着する。
ここもMDFと一緒に接着できると時間短縮になっていいのだけど、MDFの状況を確認したかったのと、洗濯ばさみが足りないので、別日の作業となっている。
使用するのは、15mm角の棒状の桧工作材。長さ391mmで二本切り出す。
これを、オリジナルと同じように両側面に接着する。
そして、また一日放置となる。
配線
接着剤の硬化を待つあいだ、内部配線のケーブルを制作しておく。
吸音材
エンクロージャーのほうに戻る。内張りを終えたら、吸音材を貼りつけていく。
既存の畳まれたニードルフェルトは、広げて底面と側面に流用。そのほか、20mm厚のウレタンフォームを張り巡らせる。
貼りかたには拘りがなく、とにかく吸音しておこうという感じ。基本的にウーファーユニット周辺以外に敷き詰めている。
バックパネルにもウレタンフォームを接着していく。
このとき、もともとウレタンフォームがあった位置の処理を行っていないことに気づく。
ここにも桧工作材を設けておくのがマストだろうけど、面倒になったのでオリジナルと同じようにウレタンフォームを貼っておくことにする。
バックパネルを固定するさい、パネルの接合面にはシーリング材を流しておく。木ネジは新しいものを用意する。
バインディングポスト
バックパネルに新しいポストを設置する。
既存のポストが固定されていた貫通孔に、表裏から一枚ずつワッシャーを設けて、バインディングポストを固定できるようにする。
ワッシャーは孔の大きさに合わせ、M8用の外径が16mmのものを用意する。
また、バインディングポストは、樹脂製キャップの大型品を新たに購入。
ちなみにこのポスト、キャップ側とベース側の接合面はちゃんと金属パーツが先行して触れる。
安いものだとこうならず、加工が必要になったりするのだけど、これは大丈夫。しかし、バナナジャックの穴径は4mmのはずが、若干広いのかプラグの着脱が緩めであるのが残念。
本当ならM4ネジの小型のポストにするつもりだったのだけど、適合するワッシャーの入手に時間がかかるため、すぐに入手できるこちらの大型のポストを採用している。
平型端子のメスが刺さる大型のタブも、厚みがあってしっかりしていてよい。
改修後の音
やたら時間がかかったけどようやく完成したので、音を出してみる。
とりあえず、筐体側面のビビりはだいぶ軽減されている。ただ、完全ではなく、低音の特定の周波数によっては多少振動が確認できる。
でもまあ、このくらいが妥当だろう。さらに補強すれば解消するだろうけど、その意義を見出せない。
音の傾向は変わっていないけど、中低音は明らかに大人しくなっているというか、静粛性が上がっている。そのため、全体の雰囲気も締まって聴こえる。電気的な設計は弄っていないため、明らかにエンクロージャーの改修による影響なのだけど、言い換えればそれだけ整備前の状態が酷すぎたということになるだろう。
周波数特性を見ると、整備前からけっこう変わっているところがある。
まず低音。これは、吸音材追加や容積の縮小により、整備後のほうが出力が下がると予想していたのだけど、むしろ若干上がっているように見える。エンクロージャーの剛性が上がっていることによる改善といえるのかもしれない。エンクロージャーにおいては、容積よりも堅牢性の確保を優先するほうがいいのかもしれない。
中音域は、共振する周波数がずれたのか、稜線の形状が変わっている。特に2kHz周辺はその変化が大きい。
高音は、クロスオーバー周波数である6kHz付近はより自然になった反面、ツイーターがやや劣化していると思われるほうの特性では8kHzのディップは変わらずあるし、新たに14kHzにもディップが現れている。コンデンサーとの相性というにはあからさますぎるので、おそらくこれもエンクロージャーの仕様変更によるものと推測。ただ、それだけではない気もする。
気になる点はあるけど、このスピーカーをこれ以上弄る気が起きないので、このままとする。
まとめ
型番から察するに、SB-F071よりSB-F08のほうが後発の製品だと思う。
SB-F08が筐体内部に梁を渡らせていた理由が、このスピーカーを整備することでよく理解できた。補強を施すにあたり一番手っ取り早く、コスト的にも最小限で済む方法なのだ。
ただ、当時のメーカーのエスプリがどうであれ、やはり思うのは、
「そこまでするなら初めからMDFやパーティクルボードでしっかりした筐体を組んでくれ」
これに尽きる。今回大掛かりな補強に乗り気になれなかったのも、この思いが強いからだ。しっかりしたMDFを補強材として用意するくらいなら、それを使って新しくエンクロージャーを作ってしまったほうがいいのでは? となる。それは自分が意図するところとは異なるし、あまりしたいとも思わない。あくまで整備であるゆえ、そこは硬骨でいたかった。
それはさておき、現代においてわざわざこのスピーカーを選ぶ意義はどこにあるのかというと、回答が難しい。これと同等の体積のスピーカーを現行機で探せば、これより高性能な製品はいくらでも見つかる。
1980年ごろの音を聞いてみたい、とか、デザインが気に入った、とかだろうか。
趣味として手元に置くにもニッチな部類だろうと思う。
終。