いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

SANSUI J11 をメンテナンスする

サンスイの変わり種ブックシェルフ型スピーカー「J11」が手に入った。補修をして、音を聴いてみた所感。

 

サンスイのスピーカー

フリマサイトを巡回していたら、あまり見かけない古いスピーカーが手頃な価格で出品されていたので、譲ってもらうことにした。サンスイのJ11というスピーカーだ。

SANSUI J11
サンスイの製品を手にするのは、自分の人生でこれが初めてだ。それまでは名前だけ知っている程度。山水電気株式会社の破産は、いつだったかけっこう大きなニュースになっていたのは覚えている。
インターネットによると、それももう10年前の話らしい。

旧ロゴ
サンスイといえば、アンプのイメージがある。オーディオファンの羨望の的、"ブラックフェイス"なんて呼ばれる、真っ黒い化粧の無骨なプリメインアンプを備えることがひとつのステータスだったのだとか聞いたことがある。日本では「オーディオ御三家」の一角として、昭和のオーディオブームのさいには非常に人気だったらしいけど、自分はその世代ではなく、そのあたりの威光はよくわからない。
むしろ最近、会社は無いはずなのに安価な製品にブランドライセンスでサンスイの名が冠されていたりして、なんとなく胡散臭い印象さえある。
 
個人的にはあまり良いイメージがないメーカーだけど、当時JBLの代理店であったことは知っているし、自社製のスピーカーに関しては、1970年代の木製グリルを備えたクラシカルなデザインのものは洒落ていて、筐体だけ欲しいなと思ったりもする。
 
ただ、今回手にしたものは、ずいぶんと現代的な外観で、様子が異なる。
横幅12cm強で、全身金属製。小型で縦長。

側面と背面

天面
1980年前後のオーディオ雑誌をいくつかめくってみても、このスピーカーに関する情報はほとんど見当たらない。1978年の秋ごろに「J33」というスピーカーとともに登場したことくらいしかわからなかった。

ラベルシール。すべてアルファベット表記なのは、国外展開を想定しているからか
当時のカタログやフライヤーによると、都会的でスマートなイメージで展開しようとしていることが感じ取れる。後年登場する「Formation」シリーズというコンポーネントのスピーカー部にも据えられていたようだ。
 

外観

 

エンクロージャ

エンクロージャーを構成しているシルバーの金属は、アルマイト処理されたアルミらしい。

ヘアライン仕上げが美しい
押出成形で筒状になったものに、前面と背面にパネルを嵌めこんだ構造となっている。よって、それなりの重さがある。

状態は良好。大切に扱われていたのが見て取れる
背面のバインディングポストはネジ式。よく見かける長方形のベースの周囲には、なにやらフォームシートのようなものが貼られている。

ネクターユニット
 

グリルネット

前面のグリルネットは、固定に接着剤は使われておらず、嵌っているだけのようなので、慎重に外してみる。千枚通しの先でグリルを少しずつ持ち上げていく。

不要な傷をつけないよう、ゴムシートを併用
どうやらバッフルプレートに爪のような部分があり、そこに引っかかるようにして固定されるようだ。

この爪は樹脂製。破損が少々怖い

外れたグリルネット
 

前面バッフル

ドライバーは、先に見たラベルシールにあるとおり、ウーファーとツイーター、それにパッシブラジエーターそれぞれ一基ずつの組み合わせ。

バッフル正面
つい先日、フォステクスの「YK10W」という古いスピーカーキットを改装したばかりだけど、あちらにもアクティブドライバーと同径のパッシブラジエーターが付いていた。小型のスピーカーにパッシブラジエーターを載せるのは、当時の流行りなのかな。それとも単なる偶然?
 
ウーファーは、紙製のコーン。
見てのとおり、エッジが朽ちていてまともに動かせない。ゴムっぽい質感なので、材質はエラストマーだろうか。

触れると粉状になる
ツイーターは、合成繊維製のソフトドーム。フライヤーによると、これはポリエステル製らしい。

ツイーター正面
ドームにはなにかが塗られており、ややベタつく。リードが剥き出しだけど、そこにも上からコートされており、腐食はしづらそう。

埃だらけだ……
パッシブラジエーターは、ウーファーと同じような質感の紙製振動板。ただし、こちらはお椀のような形状をしている。

パッシブラジエーター正面
さらに、逆ロールのエッジは朽ちずにそのまま残っている。ウーファーのものとは材質が異なるようだ。こちらは合成ゴム製だろうか。

動きもしなやか
ツイーターの状態が心配だったけれど、とりあえず生きているようで胸をなで下ろす。
といっても、このままではウーファーがまともに機能しないので、試聴はせず、さっさと分解の作業に取りかかる。

どんな音がするんだろう
 

分解

 

ネジ

金属の筐体であれば、ネジはミリネジだろうと思っていた。その予想どおり、見えているネジはすべてM4のミリネジとなっている。

前面のネジ12本は、すべて同じもの
 

バッフルプレート

正方形のバッフルプレート2つは、4つのネジを外すと分離する構造になっている。表面にシボ加工が施されており、樹脂なれどそこそこ高級感がある。

これは裏面
 

バッフル面のフォームシート

背面のコネクター付近に見えていたフォームシートが、前面にも設けられている。しかも、バッフル面を覆うように隅々まで貼られている。

前面バッフルのフォームシート
この特徴的なフォームシートの貼りかたについて、理由はいくつか考えられる。ドライバーユニットのパッキンや、バッフル面の音の反射抑制、意匠としてブラックカラーとしたかった、など。ただ、各ドライバーのパッキンとしてシートを一枚ずつ用意するよりもまとめて一面覆ってしまうほうが合理的だろう、という設計上の判断もありそうな気もする。
 

吸音

ツイーターが表からはなかなか外せないので、先に吸音材を見る。エステルウールのシートが詰まっている。

ウーファー

パッシブラジエーター側
パッシブラジエーター式のエンクロージャーの場合、吸音材は控えめにするイメージがあるのだけど、このスピーカーは意外にもミッチリ詰めている。特に、ツイーターの裏に位置する部分には、シートを折り畳むようにして厚みを増しているように見える。

こんなに詰めてもいいものなのか
金属板かつ細長い形状の筐体ゆえ、とにかく内部の中高音の反射を抑えつけておかないことには喧しくてかなわない、ということだろうか。
ウール自体は劣化してボロボロになるため、なにか別のものに交換する予定。
 

ツイーターバッフルの取外し

ツイーターは、四隅の4つのネジを外してもビクともしない。

ネジを外した図
ドーム周辺のネジが固定に使われているのかと思い外してみるも、背負っているフェライトマグネットが外れるだけ。

まあ、そうだよな
どうやら圧縮されたフォームシートが接着剤代わりになっているだけのようだ。筐体内部から押し出すようにして、ペリペリと剥がすように外す。

ツイーター部の裏面

俯瞰
 

制振シート

エンクロージャーの内部の、前面と背面以外の面には、黒いシートが貼りつけられている。

なんだろうこれ

なぜか背面には無い
この海苔みたいな見た目のものはゴムシートかと思ったけれど、厚紙に樹脂を含侵させて固めたような硬質な物体である。筐体の共振を抑えるものらしい。
 

ツイーター

先んじて分解してしまったツイーターユニットを見ていく。

ツイーター。T-162
一見では、いたって普通のソフトドームツイーター。ただし、マグネット部はけっこう重たい。フェライトマグネット自体やヨークがやや厚め。
ユニークなのが、ドームの内側の機構だ。中心部に樹脂をドーム状に削り出したようなものが置いてある。

樹脂塊
ここにはフェルトやグラスウールなどを配するのが定石だけど、この素材は初めて見る。音が拡散するのだろうか。
さらに、ドーム側には、ドームの外周部に沿うようにグラスウールがくっついている。

樹脂塊と振動板で挟む感じか
ここまで見てきて、中高音の操作にだいぶ苦労しているんだな、という印象を受ける。
 

ウーファー

続いてウーファー

ウーファー。W-189
ウーファーもツイーターと同じく、ありふれた仕様に見える。ただしやはりこちらもマグネットが分厚い。

厚みは1.5cmある
 

パッシブラジエータ

パッシブラジエーターは、ウーファーとは振動板の形状が異なるけれど、ウーファーと同じフレームで組まれているようだ。

パッシブラジエーター。P-106
中心のボイスコイルにあたる部分は樹脂製。ダンパーを含め、かなり軽量に仕上げているように見える。

YK10Wは、ここが金属製だった

どうしてコニカル型コーンじゃないんだろう
 

ディバイディングネットワーク

背面にある4つの皿ネジを取り除くと、ディバイディングネットワークとコネクターユニットを載せた繊維板が外れる。

ディバイディングネットワーク
ネットワークはパーツの形状に年代を感じさせるものだけど、ツイーター直列のコンデンサーにフィルムコンデンサーを併用しているのは現代的。

40年モノ。メーカーはどこだろう
回路としては、アッテネーターの無いシンプルな-12dB/octのフィルター。

ネットワーク回路
ツイーターがけっこう下の帯域まで担うわりには、抵抗器がいっさい無いあたり、電気的にではなくツイーターの振動板本体のほうを、先に見たギミックを駆使することで駆動を物理的に抑制して整えているのかもしれない。まったくの妄想だけど。
 
いっぽう、電解コンデンサーのいくつかは繊維板に接着されておらず、ケースが宙に浮いている状態だ。ヘンなところで雑である。
 

整備

 

ウーファーエッジの張替え

ウーファー用の新しいエッジを発注する。同じ4インチでも、このウーファーは寸法がやや特殊らしく、合致しそうな既製のエッジはかなり限られる。
AliExpressでどうにか探し当てて輸入することになった。約3週間ほどで納入。ラバー製。

特殊ゆえ、高かった……
3週間も放置していると、それまでの進捗を忘れているし、気持ちも離れてしまう。これからなにをしようとしていたのかを思い出しながら作業を進める。
 
今回はフランジに塗料が使われていないので、既存の紙製ガスケットや古いエッジはシンナーでひたひたにしてしまうことができる。

粉状になるエッジ
とりあえずオリジナルと同じように配置しようとするも、新しいエッジは内円部の"ツバ"がやや上向きに反っていて、コーンの傾斜と上手く貼り合わせることが難しそうな印象だ。

コーンの外周が持ち上がって浮いてしまう
よって、裏返して、パッシブラジエーターと同じように逆ロールにする。反っている形状を逆に利用するかたちだ。これであれば、振動板やダンパーに余計な負荷をかけずに接着できる。

ガスケットは再利用
ストロークがけっこう重め。今回は選択肢がなくてラバー製のエッジになったけど、手に入るのならば軽量なウレタン製のほうがいいかも、という印象だ。
 

パッシブラジエーターのエッジの保護

パッシブラジエーターのほうは、とりあえず異常は見当たらない。ラバープロテクタントを塗っておく。
適当な容器に出して、綿棒に浸みこませてサラサラと塗っていくだけ。

コーンに染みないよう注意
 

ツイータードームの清掃

埃だらけのツイーターは、中性洗剤でドームの表面を綺麗にする。
こちらも同じように適当な容器に洗剤を移し、ブラシを使って表面を撫でるように擦る。

とりあえず綺麗になった
表面のコーティングは多少落ちてしまうだろうけど、気にしない。
乾燥させるため、一晩寝かせる。

マグネットを元に戻した図
 

ディバイディングネットワークの更新

今回、ネットワークの定数の変更は考えていない。一応、コンデンサー類の交換だけはしておく。
新しいコンデンサーもオリジナルと同じ種類のものを揃えようかと思っていたけれど、ラバー製エッジに予算を思いのほか奪われてしまったので、手持ちのものでなんとかする。

用意したコンデンサーたち
ツイーターのHPF用は、Suntanと東信工業のメタライズドポリエステルフィルムコンデンサーにしてしまう。3.3μFをふたつと1μFひとつを合成させる。ウーファー並列には、ニチコンの「MUSE・ES」の10μFをふたつ渡すことにする。
既存のコイルはすべて再利用するけど、新たに設けるコンデンサーの配置の都合で、0.5mHのほうを少しだけ移設する。

ここまでするなら、ベースの板を新たに切り出してもよかったな
コンデンサー類の再接着は、2液性エポキシ系接着剤でガッチリ固定する。
 

ネクターベースの化粧

また、バインディングポストもバナナプラグ対応のものにアップグレードする。ただ、ベースの繊維板はペラペラで、そこにポストを直付けするのはしのびない。そこで、4mm厚のMDFを貼り合わせて補強する。
MDFは塗装してもいいけど、今回はカッティングシートを使用して、エンクロージャーの仕上げと同じような金属板っぽい見た目にしてみる。100均ショップでステンレス調の壁紙用のリメイクシートを入手。

シールになっている
これを適当な大きさに切り出し、MDFに貼る。

なかなか良いのでは?
下準備は貼り合わせる面のMDFを軽くサンディングするだけなので、塗料の準備の手間がないぶん手っ取り早く済ませられる。ただし、基材に凹凸があるままだと仕上がりがみっともなくなるので、サンディング自体は割と入念にしておく。

ホンモノの金属板だとショートしてしまう、驚愕の施工
ネットワークが載った繊維板と接着して、パーツを配線。あとはこれをエンクロージャーのもとの位置に戻すだけだ。

既存のラグ端子は撤去し、直結とする

それっぽい見た目になって満足
 

吸音材の変更

劣化したエステルウールの代用となるものを準備しなければならない。
1cm厚のウレタンフォームのほか、最近吸音材として試用を始めているチップフォームと、余っていたポリエステル繊維製の「固綿シート」の切れ端を使用する。

チップフォームは、耐久性にやや難があるか
オリジナルに倣って、多めに詰めてみる。

俯瞰。筐体内部では金属面がまったく見えない
チップフォームを敷き、さらにツイーターの裏の位置には固綿シートを置いてかさ増しする。これもオリジナルの真似だ。

詰めこみ過ぎでは? と思うほど入れてみた
 

組み上げて音を聴いてみる。
アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。

整備後の姿
予想はしていたけれど、高域方向に寄ったバランスだ。若干カサついているものの、特定の音が強調されていたりひずんだ不快な感じはしないので、長時間聴いていられる。
 
低音は、量感やスケール感は体積なりだけど、音自体はけっこう低いほうまで伸びている印象。高音とは異なり、このパッシブラジエーターは特定の音域を持ち上げているようで、言ってしまえばバスレフっぽい質感の低音となっている。
 
音場、定位感は標準的。パース感が控えめで、やや表面的に聞こえることもある。その意味で年代相応の質感。このあたりは、大量の吸音材がドライブのリアリティを殺しているところもあるだろう。
反面、音域としてのレンジ感が広いことや、高めの中音の分解力の高さ、整理された中音など、秀でた点も挙げられる。先のとおり意外と低い音が出てくるので、安定感もそこそこある。
 
周波数特性を見てみる。

周波数特性
低音は聴感のとおりで、パッシブラジエーターながらバスレフ型の特性みたいな稜線をしている。
吸音材の詰め過ぎでエンクロージャーの容積が極端に減っていることが気がかりで、試しにパッシブラジエーター側の吸音材を減らしてみる。

チップフォームを撤去した図
しかし、高音が喧しくなるだけで、低音にはほとんど変化がないようだ。現状、これはこういうものらしい。聴感ではグラフほど低音が落ちこんでいるわけでもないので、とりあえず良しとする。
 
グラフの55Hz付近が持ち上がっているのは、パッシブラジエーターの影響である。サイン波単音では、この周波数付近でパッシブラジエーターの振幅が最大になる。そこから上の方向に周波数を上げていくと、パッシブラジエーターは徐々に大人しくなり、代わりにウーファーからの音が出てくるようになる。バスレフっぽい聴こえかたなのは、この特性が影響しているようだ。ただ、これがメーカーが意図した動作なのかは判断できない。

パッシブラジエーター、特性が読みきれないな
ちなみに、70から80Hzにある谷は、スピーカーと収音マイクの距離で谷底の位置が前後することがわかった。位相の影響も少なからずあるのかもしれない。
 
とはいえ、低音域はウーファーがもう少しストロークしやすくなっているとさらに改善されそうだ。ラバーエッジが必要以上に制動している気がするのだ。やはりここは、さらに柔らかい素材のエッジであるほうが適しているように思う。
まあ、これからさらにエッジを張り替える気は起きないので、そのままにする。
 

まとめ

音はさておき、細かなギミックが搭載されたユニークなスピーカーだということがわかった。これがメーカーの特色なのかは定かではないけど。

こういうスピーカーも作っていたのか
それとは別に、パッシブラジエーター搭載のスピーカーは、試聴の件数が少ないのもあって、搭載の意図や特性がイマイチ読み取れないところがある。ひょっとすると、まじめに鳴らそうとしたらバスレフ式よりも設計が難しいのではないか。そんな印象すら受ける。

しばらくメインスピーカーに据えてみよう
もう少し整備を詰めていけば、化けそうなスピーカーだ。
 
終。