※ この記事は、前後編の前編にあたるものです。
ヴィンテージキットシステム
自作品……?
某オークションサイトを巡回していたところ、あまり見かけないスピーカーを見つけたので札を入れてみたら、落札できた。
片方の前面のグリルネットに「FOSTEX」のロゴのあるシールが、かろうじて張りついている。
また、ドライバーユニットも見た目はなんとなく「FEシリーズ」ぽい。
これらから、フォステクスの古いスピーカーっぽいことは予想がつくのだけど、ラベルシールの類がいっさい無く、正体が判らない。サラウンド用途向けか、車載用か、いずれにしても年代物にしてはサイズ感が不思議。
1ウェイ2スピーカー……?
なにも下調べせずに入手したこのスピーカー。もしかしてエンクロージャーは自作品かな、それにしてはグリルネットがしっかり作られているな、と思いながらインターネットにお伺いを立ててみると、どうやら1980年代にフォステクスから発売されたキットスピーカーであることを教示される。
先輩方が大事にされているのを、ブログの記事で拝見できる。
こんな小さなエンクロージャーになんでわざわざ2基ドライバーを積んでいるんだろう、と思っていたのだけど、ひとつは「ドロンコーン」と呼ばれるものであることがわかる。
ドロンコーンってなんだ? となるわけだけど、これは「パッシブラジエーター」のことらしい。振動板はあるけど磁気回路を持たず、自ら鳴動しないユニットのこと。
スピーカーのドライバーが動作すると筐体内の空気圧がバネのように上下するのを利用して、ただの"膜"の状態にある振動板を動かして音を出してしまおうとする代物だ。
また、既製品においても、最近のカジュアルなアクティブスピーカーにはだいたい採用されている印象だ。これは、屋外での利用を想定して防滴ないし防塵仕様とするためには、筐体に孔を開ける必要のあるバスレフダクトが採用できない事情もあるだろう。
外観
なんにしても、パッシブラジエーター式のスピーカーを扱うのは、今回が初めてだ。どんな音なのかもちゃんと聴いたことがない。しかし、今手元にあるのはおよそ40年前の製品。まともに音が出るのかわからない。
エンクロージャー
音を出す前に、まずは外観を眺めていく。
小型なのは、自作を手軽に楽しむものというコンセプトによるもののようで、そのエンクロージャーもある程度組まれた状態であったらしい。それ以外の必要なパーツがすべてキットに付属していて、それをユーザーの手で取り付けていき完成、となるもの。
この製品がドロンコーン式なのは、組み立ての工程の都合もあるのかな、という気もする。今はネジで取り付けられる樹脂製のバスレフダクトもあるけど、当時ダクトを用意するとなると紙製だろうし、そうなると接着が必要になる。手軽さをウリにするにはやや手間だし、接着剤の硬化にも時間がかかる。その点、既製のユニットならネジで取り付けるのみで完結する。
あるいは、外観的にJBLの「L75 "MINUET"(メヌエット)」を意識しているのかな、とも思う。サイズは異なれど、フルレンジ1基+ドロンコーンのシステムはメヌエットと同じだ。見た目も角張った直方体で、仕上げは木目調。コーンも白っぽい……。
グリルネット
前面のグリルネットはどうやって固定しているのかなと思ったら、四隅に黒くて粘着性のあるなにかを付けて抑えているようだ。
これ、硬化した接着剤ではなく軟度を保っており、溶けたブチルゴムのような状態になっている。ある程度力をいれてグリルネットを持ち上げるだけで引き剥がせる。
前面にグリルネットを用意したい。だけど、フィックスしてしまうと自作キットの意義が薄れる。ネジ留めできるようにするには、最低でもグリルネット側に相応のギミックが必要となりコストがかさむ。着脱が可能で、かつ固定も容易な方法とするにはどうしたらいいのか。その答えがコレだろう。
だけど、このタールみたいなものは、ひとたび付着するとなかなか落とせない。布類に着いたら一発アウト。いくら汚しても問題ない環境でもない限り、取り扱いたくないものだ。
ドライバー
前面バッフルは、やや後方にオフセットされていることもあり、面積の大半をふたつのユニットの振動板が覆っている。
そのドライバーのエッジはカラカラに干上がったように固まっており、一部はコーンから剥がれている。以前整備した「G103」もこんな感じだったし、予想どおり。
改修前の音
それでも一応音を聞いてみる。アンプはTEACの「A-H01」。
未整備状態の音
低音が聞こえてこない。というか、鳴っていない。ドロンコーンもわずかに振動してはいるものの、おそらく音はほぼ出ていない。
全体的にレンジが狭く、ミッドレンジドライバーを単体で鳴らしているような音。高めの中音は意外と綺麗だけど、それ以外はちょっと聴けたものではないな、という印象。
まあ、こんなもんだよな。
マイクで収音する。フルレンジドライバーの軸上40cm。
周波数特性も、聴感からするとさもありなんといったところ。逆にそういった特性のドライバーなんじゃないかと思うほど、低音があまりにも見事にバッサリ削ぎ落とされている。いわんやドロンコーンとはいったいなんだったのか……。さすがに本意ではないと信じたい。
ドライバー類の観察
なんとかユニットを復旧できないものか。いったんエンクロージャーから取り外して、弄ってみる。
フルレンジドライバーは、予想のとおり「FE103」である。
FEシリーズは息が長く、この初代103は幾度かマイナーチェンジをしているのはなんとなく知っている。ここにあるのは何世代目のものなのだろうか。
ドロンコーンのほうは、ほぼFE103のパーツで組まれており、まさにフェライトマグネットだけ撤去したようなかっこうをしている。
通常は隠れていて見られないボイスコイル周辺の様子も明け透けとなっている。
それにしても、どうしてこんな仕組みであれほど複雑な音色を奏でることができるのか、スピーカーの構造は未だに不思議でならない。
エッジの補修
さて、エッジはクロス製で、素の状態では目が粗く、空気が漏れ出てしまう。本来であれば、ここはダンプ材により層が形成されているのだろうけど、現在は干からびてその役目を果たすどころか振動板の振幅の邪魔をしてしまっている。
これをなんとかできれば、ある程度は音が原来のものに近づくのではないか。
というわけで、このエッジをダメもとで軟化とコートを施してみる。
コーンごと塗料用シンナーでビショビショにしてから、残っているダンプ材を取り除く。そのあと、コーンとの再接着を施し、エッジ表面にアクリルエマルジョンを塗りたくりコーティング。
この作業をフルレンジとドロンコーンの両方に実施。
コーンのストロークは、そこそこまで回復。この状態で筐体に戻し、音を出してみる。
エッジ補修後の音
一瞬「おおっ」となったものの、やっぱり低音は聞こえてこない。
あとはいったいなにが問題なんだろう。コーン紙自体がヘタっているのだろうか。
しかし、中高音は非常に綺麗。現行のFEシリーズも高めの中音に特徴がある鳴りかたをするけど、それと近しいものだ。伸びやかで張りがある。
周波数特性上も、多少改善されてはいるものの、依然として低域不足が否めない。代わりに、中音はほぼ復旧したとみていいのではないだろうか。
あとは、ラバー製のエッジを用意して張り替えてみるかだけど、そこまでの気力がなくなってしまった。その手間と資金を考えたら、ユニットごと新しくしてしまうほうが確実だし、満足度も高そうだ。
分解
エンクロージャーは全面厚さ9mmのパーティクルボードで組まれている。
最近、「DS-A7」を整備したことで、"分厚いバッフルのブックシェルフ型"というものに意識が向いているので、このスピーカーもそれにあやかって改装してみることにする。