オーディオテクニカの古いフルレンジスピーカー「AT-SP80」というものが手に入った。気になるところに手を入れて、音をチューンしてみた。その所感。
オーテクのパッシブスピーカー
なかなかめずらしいスピーカーが手に入った。オーディオテクニカの「AT-SP80」という、無骨なデザインのパッシブスピーカー。
まったく面識がないので、発売当時のカタログを取り寄せてみる。それによると、1986年に「COMPO LIVE HOUSE」という独自のジャンルで、小型のミキサー付きアンプと並べて使うものとして登場したらしい。
外形寸法を規格化し、アンプを含めスタッキングが容易にできるようにしてあったりする。室内に据え置くミニコンポというよりは、ステージやスタジオへ気軽に持ち運んでプレイアブルな用途に対応できるようにした、ちょっとした業務用機材のようなスタンスを印象として受ける。
気軽に持ち運べる大きさなのか、というのは置いておいて。ユニークだけど、インテリアとしてのオーディオに寄せなかったのは他社と差別化を図りたかったのかな、とも思う。
外観
エンクロージャーの外装は、角部に樹脂製のプロテクターを装備しており、スタッキングを容易にしている。
これがあるおかげで、床置きしたときに板材はもちろん、グリルネットやコネクター部まで床に触れることが無いようになっている。
前面の目の粗いグリルネットはビス固定されており、工具がなければ取り外せない。
整備前の音
音を聞いてみる。
能率が高い。音をストレートに前に押し出す感じで、楽しく聴かせる気持ちの良い音だ。
体積のわりには低音があまり聞こえてこない。一応スリット型のバスレフポートが前面にあるのだけど、空気だけが出てくるような感じで、音は伴っていない。
低音域のサイン波を流すと、ポートノイズが盛大に出てくるばかりで、やはり音の増幅はそれほど成されていないようだ。低音の増補はあまり考えられていないのかもしれない。
中音域は、メリハリがあって元気。定位や音場感が素直で、やや雑になるところはあるものの細かいニュアンスも拾ってくれる。モニター寄りというよりは、音をそのまま繰り出す感じ。
高音は、あまり高い音域は出ていないようで、それがマルチウェイと比べると高域方向の伸びかたで劣るけど、逆に言うと明確な欠点はそのくらいで、プレゼンス帯のクセも小さく、耳をつんざくこともない程度の明瞭度。空気感の再現もそこそこ自然。
おお、フツーに良いぞコレ、という感想だ。決してリッチな鳴りかたではなく、若干のチープさは否めないものの、"旨味"をちゃんと引き出している。
周波数特性を見てみる。軸上50cm。
綺麗なカマボコだ。だけど、聴感ではこの特性よりもやや広く感じる。
低域方向は、こうしてみるとやはり必要以上に持ち上げない調整に見えなくもない。PAの用途として使う場合は低音を引き出しても邪魔になったりするから、それを見越しているチューンかもしれない。とはいえ、バスレフポートのバサバサ音はなんとかしたいところ。
内部
中身を見ていく。
前面のグリルネットは、四隅の六角タッピンネジを外していく。
前面バッフルとのあいだには樹脂製のスペーサーが挟まっている。
前面のバスレフポートはスリット型の孔が開いているだけで、エンクロージャー内部にダクトは設けられていない。
インナーケーブルが、やたら細くて驚く。
外国製のスピーカーでは見かけたことがあるけど、国産のスピーカーでここまで細いものを使っているのと出会うのはこれが初めてかもしれない。
妙にデカいセメント抵抗とサーミスタが並列で組まれ、プラス側のケーブルに設けられている。
大入力が続くと抵抗値が上昇してドライバーへの入力を抑える仕組みは、最近だとBOSEの「111AD」でも採用されていたのを見た。ただ、あちらよりも構成がシンプルだ。
思えば、「101MM」などにも背面にフォンジャックがあったな。疎くてわからないけど、音響の現場では標準のステレオフォンプラグを使いたい場面もあったりするのかな。
ドライバーユニットは、16cmコーンの一般的なもの。
金属プレスのフレームに、防磁カバー付きのマグネット。エッジはクロス製。センターキャップはアルミのように見える。
振動板は紙製で、ドットのエンボスが全域にある。また、中心部が奥に向かって窄まるいわゆるカーブドコーンだ。エッジもダンパーも柔らかく、ストロークは大きめ。
エッジにはダンプ材が塗られたものに見えたのだけど、そうではなく、ヤニだった。タバコのヤニが、エッジの表層に幕を張っているのだ。
そう、先日整備したスピーカーに引き続き、こちらも全身ヤニだらけなのである。今回もそれを承知のうえで購入したので、別にいいのだけど。
整備
ただ、ヤニ臭が強烈で、しばらく作業場にいると気持ち悪くなってくるほどなので、筐体外装だけでもさっさと綺麗にしたいところ。それと、ポートノイズもなにかしらの方法で低減したい。
今回は、このふたつの作業を主な整備内容とする。
ダクトの形成
バスレフダクトを改善するなら、前面のポートは塞いで、背面に孔を開けて既製のダクトを設けてしまうのが手っ取り早い。ただ、このスピーカーはあまり低音増幅を是とするような感じではなさそうだから、やるとしても特定の周波数を持ち上げるのではなく、低音域全体を持ち上げるようにして、なるべくオリジナルの特性を維持するかたちにしたい。それに、このスピーカーとの逢瀬はこれっきりのような気がするので、手間でも元あるかたちをそのまま生かした改修としておきたい気持ちもある。
というわけで、既存のバスレフポートはそのまま残し、筐体内部に新たにダクトを設けることにする。
ホームセンターで9mm厚のMDFを入手。指定した寸法に切り出してもらう。
そのMDFを組み合わせて筒状にし、バスレフダクトとする。ダクトの断面積は既存のスリット型ポートと同じにして、開口部の奥行きを延長させるイメージ。延長される距離は、60mm。
MDFどうしは、すぐに固まってくれるゴリラグルーで接着。
ダクト内部は、断面が直角二等辺三角形の桧の棒を四隅にあてがい、なんとなく楕円形になるようにする。
エンクロージャー底面とダクトのあいだに形成される微妙な隙間は、フェルトを貼って埋めておく。
今回は、ダクト内のすべての面にフェルトを張っておくことにする。ノイズ低減、中高音の排出の抑制のほか、今回は先述の理由から必要以上に共鳴させないようにする意図もある。
当然ながら、フェルトは接着する。その前に、フェルトの継ぎ目から下地のMDFの明るい色が見えるとカッコ悪いので、適当な黒色のカッティングシートを貼っておく。
けっこうな面積を塗るので、接着はケチって木工用ボンド。
ダクト内部に満遍なく塗る。ただし、端部はゴリラグルーで固めておく。
ここまで作業したら、接着剤が固まるのを待つために、別の作業に移る。
ヤニの除去
とにかく汚れているこのスピーカー。中性洗剤とハヤトールを使って、ただ愚直にヤニを除去し続けなければならない。
仕上げのシートの端部から浸みこんで繊維板が膨張するのは避けたいので、表層にある洗剤はすぐにウエスで拭き取る必要がある。そのため、ハヤトールの本来の使用方法である「時間をかけて浮かせて落とす」ことができない。
ここは、マイペットと混ぜるようにして、地道に拭き掃除をするしかない。
クロス製のエッジは、コーンに洗剤が染みていかないよう、手元が一層慎重になる。ただ、いつまでも茶色い汁が出続けるので、程々のところで切り上げることとする。
濡らすことのできないコーン紙と紙製のガスケットを除いて、見た目はかなり綺麗にはなった。でも、臭いに関しては完全に消えてくれない。鼻を近づけるとまだちょっとクサイ。
まあ、清掃のプロでもヤニ汚れの除去は難しいなんて話をどこかで耳にしたことがあるし、諦めるしかないか。
ダクトの固定
バスレフダクトの作業に戻る。
試しにダクトをエンクロージャー内に置いてみると、補強材が干渉してしまうことに気づく。
これをマイナスドライバーで無理やり剥がし、問題ないことを確認したら、ダクトを固定する。ここの接着剤は、2液性エポキシ接着剤。
特にバッフル板と付き合わせる部分は隙間を作りたくないうえに、あとからコーキングするにも作業が難しい位置なので、やや多めに接着剤を盛ってしっかりくっつけておく。
これで、接着されるまで再度一晩置く。
ケーブルの引換え
オーディオアクセサリーのラインナップが充実しているオーディオテクニカとなれば、内部配線もオーテク製で揃えてしまおうという思惑のもと、ヨドバシカメラに向かったところ、ちょうど「AT6159」が端材として安く売られていたので確保する。
オリジナルのケーブルが針金なのでその対比として使ってみても面白いだろうと買ってみた、この極太のスピーカーケーブルは、しかし作業性がすこぶる悪い。
太いケーブルがインナーワイヤーとして使いにくいことは経験上知っていたことなのだけど、ここまで太いものを扱うのは初めてで、ナメていた。とにかく結線に苦戦し、もう二度と買わないことを誓わせたのだった。
そも、太いケーブルは、自重や張力で結線が外れたり端子がもげたりすることがあって、故障の原因になるので使用を避けるのだけど、このスピーカーにおいては、もともとケーブルを筐体内でしっかり支えられる構造のため、そこはそれほど問題とならない。
とはいえ、限度があることを知ったのだった。太くするにしても「AT-ES1100」あたりにしておけばよかった。
コネクター周りの整理
背面のコネクターユニットは、バナナプラグが利用できるポストに換装しておく。
新しいバインディングポストは、見た目が「らしい」だろうということで樹脂製キャップのものをチョイス。既存のプレートにそのまま固定できる。フォンジャックは交換しようか少し迷ったのち、撤去してしまうことにする。
Tナットの挿入
このスピーカーのエンクロージャーは、すべて繊維が大きめのパーティクルボードで組まれている。そのため、タッピングネジは着脱ですぐに効かなくなるだろうことを見越して、ドライバーユニットを固定するネジをミリネジにしてしまうことにする。
ここは、既存の孔を広げてM4の爪付きナットを仕込むだけ。
ネジは手元に余っていた黒のトラスネジ。
本当はグリルネットを固定するネジも変更したかったのだけど、パーツを切らしてしまい見送りとなる。
整備後の音
ダクトの接着が済んだので、音を出してみる。
低音は、以前よりも低めの音が聞こえてくるようになった。増えているとはいえ量感が控えめなのは意図どおり。しかしポートノイズはまだ少し出てくる。これをどうにかするには開口部を弄らないといけないだろうけど、今回は見た目の変更はなるべく避けることとしているので、これ以上手を入れない。
今回は吸音材を弄っていないし、保護回路もそのまま流用しているので、低音以外の帯域で明確な違いは出てこない心積もりだったけれど、整備後の音はなんだか高域方向にもレンジが広がっている気がする。気のせいか?
気のせいではなかった。周波数を測定するさい、アンプのボリュームは整備前と同じのはずなのに、測定した音はなぜか音圧が全体的に上がっていることとなった。そのため、下のグラフは音量を少し下げて整備前と比較しやすいよう調整しているものとなる。
低音域は順当。しかしなぜかそれ以外の帯域も持ち上がっている。ここまで想定外の変化が顕れるのは初めての経験だ。
この変化、考えられるのは、エッジのヤニ除去と太いケーブルへの引換えによるものだろう。音に直接影響が出そうな作業は、そのふたつくらいだ。
たしかにエッジは整備前より多少柔らかくなってはいる。しかし、低音はいざ知らず、高音域まで如実な変化が出るものなのだろうか。
となると引き換えたケーブルによるものだろうか。もしそうであれば、たぶん新しいケーブルの性質が良いというよりは、オリジナルの細いケーブルが相当良くなかったように思う。確認しようかと思ったけれど、元の細いケーブルはすでに廃棄してしまったので叶わず。
あるいは、バスレフポートから出ていた中高音が抑えられて、打ち消す方向で働いていた位相が消えたからとか? うーん。
まとめ
まあ、なにはともあれ、掘り出し物だった。
当時の製品展開としても、ホームオーディオとしてはニッチな方向性を打ち立てていたようで、中古流通品が極端に少ないことはあるけど、それゆえ個性的な外観が目を引くし、性能としても高能率で鳴らしやすく、音も悪くない。別のハコに乗せ換えみてもいいし、遊べるスピーカーだ。
オーディオテクニカと聞くと、ピュアオーディオどころかスピーカーのイメージすら湧かないのだけど、以前手に入れた「AT-SP50」しかり、製品としてはユニークなので、どこかで偶然見かけたら積極的に入手を検討したいところだ。
終。