オーディオテクニカの小型3WAYスピーカー「AT-SP50」を手に入れたので、整備してみた。その所感。
じゃじゃ馬だったけど、ネットワークのチューニングでだいぶ聴きやすいスピーカーに化けた。
超小型3WAY
某中古サイトでユニークなスピーカーを見つけたので、購入してみた。それが「audio-technica AT-SP50」である。
「オーディオテクニカのスピーカー」というだけでもめずらしいのに、「筐体がアルミダイキャスト」「手のひらサイズの3WAY」なんて仕様、もはや存在自体が貴重である。
届いたスピーカーは、横幅が10cmくらいしかない小型ブックシェルフスピーカー。
ボディは黒を基調とし、前面のグリルネットにメーカーロゴがプリントされていて、なかなか洒落ている。これだけならば、よくある業務用スピーカーに見えなくもない。
しかし、サイズの小ささが異様である。なんせ、手元にある2WAYスピーカー「JBL Control 3 pro」より一回り小さいのに、ここにドライバーユニットが3つ乗っているのだ。
そして、重い。エンクロージャーは背面も含めてすべてアルミ製であり、小さくても安定感がある。
エンクロージャー表面は真っ平ではなく、なにやら凸凹の表層加工が施されている。
正式な工法名を知らないながら、なかなかクールでイイ感じ。
改修前の音
試聴。アンプはいつもの通り、ヤマハの「RX-S602」。
このスピーカーは、背面から正面に向かって、ほんの少しテーパーが掛かっている。そのため、インシュレーターはいつもの黒檀サイコロ3点支持のうち、背面側の1個を外してやや上を向かせている。
不自然な中音域
小型なので、低い音が出ないことは端から解っていた。実際その通りで、唸るような音を期待するとガッカリする。
しかし、音自体の質は良い。密閉型であることもあり、タイトでキレのある低音を発する。バスドラのアタック音がパツパツと鳴り、物足りなさはあるものの心地よい音。
問題は、中音域である。上記のアドバンテージを打ち消す特性を持っている。
とにかく、中音が喧しいのである。不自然なほど中音域が前に出てくる。
しかも、やや高めの音域なので、耳障りで仕方ない。聴き始めは元気な音でハッとさせられるけど、次第に気持ち悪くなって聴いていられなくなる。それくらい、妙なバランスで鳴っているのだ。
カマボコにも限度というものがある。
周波数測定
手持ちのマイクで出音を測定してみる。
すると、2kHzから3kHzまでが突出していることがわかった。
気持ち悪い音の主因はほぼ間違いなくソレなのだけど、その直下、500Hzから上が下り坂なのも気になる。
さらに言えば、10kHzから上の波形が左右で異なる。ツイーターの接続がどちらか逆転しているのか?
なぜ?
故障である可能性を除けば、なんでこんな音にしているのか単純に疑問である。
この古のスピーカーについて、インターネット上には情報がほぼ無く、手元にも資料がないので、製品のコンセプトを理解することができない。そのため、推測するしかない。
あるいは、人間の耳に届きやすいような音域をあえて強調して、ノイズの多い環境でも出音を聴きやすくするための調整なのかもしれない。
なんにしても、このスピーカーはステレオで素のまま聴いてよいものではなさそう。
分解
とはいえ、もっと安っぽい音かと思っていたところ、想定外の高音質だ。せっかくなら、イコライジングでバランスを整えてやりたいところ。
それに、このサイズの3WAYの中身なんて、そう拝めるものでもない。内部を見ていく。
前面パネル
「audio-technica」のイエローのロゴがカッコいい前面のパンチングネットは、よくあるゴム系の接着剤による固定かと思いきや、嵌っているだけ。力を込めれば、比較的簡単に取り外せる。
ウーファー
ウーファーのエッジは、表層にコーティングが施されたウレタンフォームのような、かなり柔らかいもの。
劣化はほぼ無いものの、片方のコーンのキャップにはコーティングが剥がれたような跡がある。
ミッドレンジ、ツイーター
あとは、各ユニットを留めているネジを外していくだけ。
ミッドレンジのコーンには、大量の埃が付着していた。どうやらこちらにもコーティングが成されていたようである。
ウーファーと違うのは、ツイーターとミッドレンジが止まっている金属製のパネルの固定に、接着剤が併用されている。これが結構しっかりくっついていて、前面から剥がそうとするとエンクロージャーその他諸々に傷をつける可能性がある。
幸いにもこのスピーカーは、筐体背面部が丸々開くようになっているので、そちらを開けて内部から押し出すようにするのが安全だろう。
でないと、下図のようになるかもしれない。
吸音材
吸音材は、不織布に近いウールマット2枚。いわゆる「水槽用ろ過フィルター」。
これ、よく見かけるけど、吸音効果があるのか疑わしいんだよな。
クロスオーバーネットワーク
ネットワーク基板は、背面のパネルにネジ一本で留められている。
ユニットを外さなくても、前述のとおり背面パネルを外せる構造なので、アクセスは良好。
3WAYにしてはやたら小型のネットワーク基板は、コンデンサと抵抗器がそれぞれ2つ、コアコイルがひとつの構成。
いずれも6dB/oct。コイルのインダクタンスは実測値。
ミッドレンジは、回路上は高音域をスルーしているので、動作としてはツイーター。しかしここでは便宜上「ミッドレンジ」と呼ぶことにする。
ツイーターとミッドレンジの直列コンデンサーはいずれも2.2μFで、ユニットとの間に抵抗器を噛ましてある。
この抵抗器は、ツイーターが8Ω、ミッドレンジが2Ωである。感覚的には数値が逆の気がするけど、いくら現物を確認してもこのようになっている。
どういうことなんだろう。さすがに設計ミスではないだろうし。
これも想像でしかないけど、思いついたのは、
- ユニットのインピーダンスの値が両者でかなり異なる
- 何らかの意図で、各々その抵抗値のときの音を付加したかった
- 実は小さいほうがミッドレンジ、大きいほうがツイーター
まあ、どれも可能性は低そうだ。
整備
わからないことはたくさんあるけど、とりあえず音をなんとかしたい。
ネットワーク回路を独自に組み立ててみる。
ネットワークの再設計
周波数特性の測定でみられた2kHzから3kHzの妙な山は、最近使いだしたプログラムでそのまま再現できた。
設定インピーダンスはすべて8Ω、ミッドレンジのf0は2kHzに仮定。
これは、ツイーター側のフィルターを6dB/octから12dB/octにすれば解消できるようなので、それを基軸にトータル周波数のバランスとスピーカーのキャラクターを思い出しながら設計する。
また、例によって金欠で、コイルを新規購入したくないため、既存のコアコイルもそのまま流用する前提となる。
ひとまず、回路は下図とする。
入手できるパーツの都合で実装する定数は若干変わるので、あくまで仮だ。
ツイーターのコンデンサーは1.5μFあたりにしたかったけど、手持ちの関係で2.2μFのまま。
そのほか、中高音はアッテネーターで4dBから5dBくらい下げてみている。
スピーカーターミナル
必要なパーツを注文して、届くまでの間にエンクロージャー側の整備をする。
スピーカーターミナルをバナナプラグ対応品に換装する。
単純にターミナルユニットごと付け替えればいいだろうと簡単に考えていたけど、エンクロージャーがオール金属製であること失念していた。そのまま付けるとケーブルバインドがエンクロージャーに接触し、間違いなくショートする。
今回はエンクロージャー側の加工が困難。どうしたものかと考えあぐねいていたところ、スピーカーターミナルユニットを留めている穴がM3ネジで、手持ちの真ちゅうスペーサーがそのまま使えることを発見。
設置面から10mm浮かせ、配線はケーブルバインドを使わずポストに直結とすることで事なきを得る。
ユニットの清掃
ミッドレンジの古いコーティングを除去する。
といっても、何が塗られているのかわからない。洗剤を数種試したものの、完全に取り払うことはできなかった。
ある程度綺麗になったところで、シリコンオイルを塗っておく。
ネットワーク回路の構築
ネットワークのパーツが届いたので、組み立てていく。
エンクロージャーの体積がかなり小さいので、とにかく物理的に収まることを最優先にパーツ選定した。
パーツの固定方法は、初めはいつものように基本的に圧着で組み上げて、それをそのまま筐体内に突っ込んで、エポキシ系接着剤で固めてしまおうと考えていた。
しかし、先と同様ショートの危険を憂慮し、一度MDFボードに取り付けたあと、ボードを接着する方法に転換した。
ボードの加工の手間は増えるけど、結果として、こちらのほうが接着面積が広くなり剥がれにくいだろうから、よかったのかもしれない。
最終的なネットワーク回路構成は、下図のとおりとなった。
ミッドレンジには指月電機製作所の低背アキシャルPETフィルムと電解コンデンサーのニチコン「MUSE ES」の混合。PET単発としなかったのは、既存のキャラを崩したくなかったのと、音に実在感を持たせたかったから。
抵抗器はすべてセメント抵抗。コイルは有芯。これらも、サイズ優先のチョイス。
エポキシ系接着剤の硬化のため、一晩寝かす。その後、念のため上からG17をまぶしておく。
組み上げはネジ留めだけで完了。吸音材は換えず、とりあえずそのまま元に戻しておく。
改修後の音
さて、整備後の音はというと、意図したとおり喧しさが消えてくれた。
どうしても能率が落ちてしまうので音量を上げがちだけど、不快な音は無くなってちゃんと聴き続けられる。
このくらいのバランスが、このスピーカーの本来の音に近いんじゃないか。
ただ、500Hzから1kHzの落ち込みは、あまり変化が無かった。一応、1kHzから1.5kHz付近までは、下り坂がなだらかになっているように見えなくもないけど、意味があるかというと首を傾げざるを得ない。
この辺はユニット固有の能力とエンクロージャーとの組み合わせによるところなのかもしれない。
また、10kHz以上の波形についても、傾向は変わっていない。当然ながら位相は両スピーカーで合わせている。となると、ユニットの性能か。
かなりの高音域であり、聴感上では左右で音の違いは無いので、無視していいのだろう。
まとめ
妙な中音域の盛り上がりは、ミッドレンジのフィルターがf0付近をカットしきれず発生していた、ということになりそう。
意図的にそうしていたのか、単に調整不足か、自分にはわからない。
印象としては硬い音で、やや解析的。パースはあまりないけど、左右の広がりと音の密集感がちょうどよい。
この文章を打ち込んでいる今も、このスピーカーでYouTubeや手持ちの音源をいろいろ垂れ流している。入手直後は聴けたものじゃなかったけど、改修後は思いのほか気に入ってしまった。
とはいえ、複数の意味で謎が多い、不思議なスピーカーなのも間違いない。イコライジングももう少し詰められそうな感じもする。
もしかしたら、気が向いたときに再度改修してみることもあるかもしれない。
ユニークなスピーカーに出会ったな。
(追記) AT-SP50a のメンテナンス
後日、AT-SP50の後継機と思しきスピーカー「AT-SP50a」というスピーカーを手に入れた。
こちらも、同様に整備してみる。
相違点
ウーファーとミッドレンジの各ユニットの+と-が逆に接続されている。
内部のネットワーク回路は全く一緒。
想像するに、前モデルAT-SP50の音の違和感を補正するのに、基板の再設計にコストを割きたくなかったのだろう。回路設計はそのままで、各ドライバーユニットの位相を配線接続の変更で逆にしたところ、出音としてはそちらのほうが良かった、ということのようだ。
感覚的に、位相を弄るならウーファーではなくツイーターのほうを変えなければ意味がない気がするけど、周波数特性を見てみると、たしかにある程度改善しているように見える。
2kHzは相変わらず突出しているけど、500Hzから1.5kHzまでのバスタブのような曲線を描いていた低下は跡形なく、フラットになっている。1kHzから2kHzまでの断崖絶壁のような落差が無くなったからか、素で聴いてみても前モデルにみられた違和感が薄らいでいる気がする。
とはいえ、+と-を逆にしただけなので、傾向としては前モデルと同じ。
整備
このスピーカーにも、前モデルと同じようにネットワークの改修を施す。
ただし、定数は若干変更している。
ミッドレンジは、コンデンサー容量を約2.7μFから3.7μFにアップ。対して、アッテネーターを少し強めにかける。
ツイーター側はほとんど変わらないけど、またしても1.8μFのコンデンサーの用意を失念して、急きょ1.0μF2個並列の構成に。
位相は前回の改修と同じで、ウーファーとミッドレンジを揃えたけど、ミッドレンジは逆にしてもよかったかもしれない。
MDF製ネットワーク基板の固定は、前回はエポキシ系接着剤を全面に塗ってみたけど、今回は背面にある二つのスタッドにネジ留めしてみることにする。
ここはもともとねじ切り加工が施してあり、片方は既存のコアコイルの固定に使われている。
M4ネジが合うので、8mm長のものを用意して固定。
各ユニットを固定しているネジが真っ赤に錆びているので、すべて同形のもので交換する。
黒塗りのネジが手に入らなかったので、ステンレスとユニクロメッキ製で。
前面パネルの固定には、接着剤を使っていたようだけど、劣化してボロボロになり、嵌ったネットが簡単に取れてしまう状態だった。
これは、黒の「バスボンド」を用意して付け直す。
本当は「バスコーク」が欲しかったのだけど、地元ではバスボンドしかなかったので、今回はこちらで。
固定するのは四隅。綿棒で盛り付けるように塗っていく。
音
整備後は、「小気味良い」という言葉がよく似合う音になった。
低音も、容積を鑑みればかなり出ているほうといえる。量感は無いものの、「出ている感」がある。
周波数特性では、かなりフラットに近づいた。
位相がひっくり返っていると思われる3kHz辺りにやや落ち込みが見受けられるけど、聴感上は違和感が無いので良しとする。
AT-SP50シリーズ、すっかりファンになってしまったな。
終。