パイオニアの古いミニスピーカー「S-X3II」の故障品を入手したので、まともに聴けるように修理してみた。その所感。
素性
1980年代前半にパイオニアから発売された、2ウェイ小型スピーカーシステムである。
ミニスピーカーといえば、以前ビクターの「S-M3」という1970年年代の製品を整備したことがあるけど、このスピーカーもその流れを汲むもの。
このような小型スピーカーは当時の流行で、各メーカーから挙って登場していた。雑誌では「ミニスピーカー」とか「マイクロスピーカー」なんて呼ばれていた類のものである。
パイオニアからは、1977年4月に「CS-X3」というスピーカーが発売された。
1980年頃に登場した本機は、型番のイニシャル「C」が取り払われているのに末尾に「II(2)」が付されているのがちょっと不思議ではあるけれど、CS-X3の後継機とみて間違いないだろう。
およそ40年ほど前のスピーカーとなる。
外観
これぞまさに"ブックシェルフ型"と呼ぶにふさわしい、片手に乗るほどの狭小な設置面積。壁掛も想定しているようで、背面に配線用の溝が彫られている。奥行きも短め。
ただし、エンクロージャーの体積からは想像つかないほどの重量をほこる。公称は一本あたり3.6kg(3.5kgと表記されているものもある)で、片手に乗るサイズだからといって油断していると、足元に落として怪我をしそうな感じ。
外観のデザインは写真のとおりで、無骨な直方体。
表層が黄ばんでいて元のカラーが正確にはわからないけれど、おそらく金属光沢のあるシルバー系だろう。
グリルネットは、ウーファー側はフラットであるのに対し、ツイーター側はドーム型になっている。ドーム型振動板自体もバッフル面から突き出るような位置にあるのが特徴的。
背面のコネクターは、M4のネジで固定する方式。このあたりの仕様は年代を感じる。
分解
ツイーター
今回は、すぐに分解作業に入る。なぜなら、両方ともツイーターから音が出ていないためだ。
もちろん中古品だけどジャンク品ではなく、某所の出品物で「全ユニットからの音出し確認済み」の文言を信用したうえで購入したものだ。いったいなにを確認したというんだい? と責任者に当てこすりたくなるけれど、こういったことはオンラインでよくわからない販売者から中古のスピーカーを購入するさいのリスクということで半ば諦めている部分でもあるので、さっさと修繕の手法を考える方向に気持ちを切り替える。
マグネット部とボイスコイル部は、ネジ2本を外すだけで分離できる。
ボイスコイルを見るとすぐ、断線していることが確認できる。
リード部ではなく、ボビンに巻かれているほうの途中で切れている。これなら多少ほぐす程度で直せるかもな、とエナメル線を掴んでみると、掴んだところからボロボロと千切れていってしまう。
もういっぽうのツイーターも、全く同じ状態であった。
切れてからけっこうな時間が経過しているのか、導線自体が腐食し始めているようだ。残った線を上手いこと引っ張り出して再利用できたとしても、また近いうちに断線するのは目に見えているし、そんな状態のコイルが磁気回路として動作するのかもかなり怪しい。
ここは、以前ヤマハの「NS-C5」で対処したときと同じように、ドライバーユニットごと現行品に交換してしまうことにする。
接着されている振動板を剥がしてみる。
振動板は合成繊維っぽいもので編まれたところになにかがコーティングされている。
振動板に貼り付いている金属製のリングは、新しいツイーターユニットを固定するさいのスペーサーとして利用できそうなので、剥がして保管しておく。
ウーファー
ウーファー側も、ネジを4本外すだけ。こちらは、ネジを外すだけで正方形のバッフルとグリルネットが分離される。
ウーファーは紙製のコーンにウレタンフォーム製のエッジ。ダンパーも柔らかめで、振動板を押してみるとかなりダンプする。
ただ、密閉型のエンクロージャーに発泡素材のエッジとなると、低音再生はあまり期待できないだろう。なんとなくラバー製エッジに変えたい気もする。
ちなみに、このドライバーは10cmのコーン型で、リードのハトメが左右対称になっているのもあって、同時期に発売されたフルレンジユニットの名機「PE-101」っぽい見た目をしているけれど、別物である。
プレスの金属製フレームに、それなりの大きさのマグネットが背負われている。全体的にていねいに作られている印象だけど、フランジ部が正方形に近いこと以外は、いたってノーマル。
吸音材
エンクロージャー内部には、ディバイディングネットワーク基板と、少量の吸音材がある。
吸音材は、エステルウールがツイーターの真後ろに押しこまれるようにしてあるのみ。
このエステルウールはシート状で、これ自体が程々に高密度であり、さらに四つ折りで畳まれているため、かなりカチカチの状態である。位置的に、ツイーターの音質調整のために設けているようにもみえる。
ディバイディングネットワーク
基板を取り出す。ネットワークは、てっきり紙製ベースの上にラグ板を立てた手作り感満載のものだろうと思っていたので、銅箔を使っているのはちょっと意外だ。
フィルターは12dB/octのクロスで、固定抵抗器がひとつも無いなんとも潔い構成。
12dB/octといっても、回路の定数から察するに、6dB/octに近い緩やかなクロスのようだ。ツイーターは再生周波数帯域のそこそこ下のほうまで鳴らしていたようだけど、そこにアッテネーターによる調整がいっさい入らないとなると、オリジナルのドライバーはかなり低能率だったのだろうか。
コイルはすべて有芯。コンデンサーはELNA製の両極性アルミ電解コンデンサー。
もちろん交換対象である。
エンクロージャーの材質
エンクロージャーからネットワーク基板を外していたときに気づいたけれど、基板の固定はタッピングネジが使用されている。また、各ドライバーユニットの固定用の六角穴ネジもしかり。
やけに重たいスピーカーだけど、どうやら筐体の材質は金属ではなく、比重が大きい樹脂かなにかのようだ。ただし、各ドライバーの前面バッフルについては、アルミ鋳造っぽい。ツイーターユニットのマグネット部とメンブレンの固定に使われているものは、ミリネジの山を切っている。
でも、塗装の影響もあるだろうけど、表層の質感や手にしたときのヒンヤリとした感じ、そして重量は、金属だと言われたらそうだと信じられるものだ。いったいナニモノなんだろう……。
整備
なんにせよツイーターがまともに機能するようにならなければ始まらない。今回の整備では、とりあえずまともに音が出るようになればOK、くらいのつもりで進める。
ウーファーの出音
手を加えていく前に、現状の音、つまりウーファーのみの音を確認しておく。
周波数特性を見る。
低音域は予想どおり、出ない。再生周波数帯域の下限は50Hzらしいけれど、この結果を見るかぎり70Hzがいいところ。聴感ではさらに上で、120Hzくらいが実用の範囲ではないだろうか。
LPFを噛ましていても、けっこう上のほうまで鳴っている。これも聴感と一致する。
2kHzから2.5kHzあたりが少し持ち上がっているように見えなくもない。ユニットの特性なのだろうか。高音域をさらに丸めようとしてコンデンサーの容量を上げると、この盛り上がりがさらに顕著になるような気がする。
さて、どうするか。
新ツイーターの用意
オリジナルは2.5cm(1インチ)径のツイーターということで、入手できる現行ドライバーユニットのなかからそれっぽいものを見繕う。
ユニット本体にバッフルやエスカッションに取り付けられるようなネジ孔どころか、フランジすら存在しない、非常にシンプルなツイータードライバーを見つけたので、取り寄せてみる。
どうせ既存のバッフルへの固定は接着剤になるので、余計なものが付いていない単純な形状のもののほうが都合が良い。
直径はほぼ同等でも、新しいものは磁気回路にネオジウムマグネットを搭載しており、そちらの軽薄短小が著しい。この小型化は今回の場合、エンクロージャーがとても小さいので、少しでも容積を稼げるという面では若干ながら有利か。
エンクロージャーの塗装
エンクロージャーにシールを貼りつけた跡があったり、塗装の一部にムラができていたりするので、思い切って全体を塗り直してしまうことにする。
グリルネットは別色としたいので、バッフルから引き剥がす。ウーファー側は容易に分離できるけれど、ツイーター側は接着剤を溶剤で溶かす必要がある。
筐体は金属でないにしても、やっぱり金属のイメージが頭から離れないので、ベースカラーは普段ほぼ使用しないメタリックなものをチョイス。ボデーペンの「ブライトブルーマイカ」とする。グリルネットはつや消しのブラック。
塗る面積が少ないので300ml缶一本で塗りきれるだろうと思っていたけれど、結局足りず、もう一本買い足す羽目に。本当は上塗りのクリア塗装を2液ウレタンにしようとしていたのだけど、昨今の物価上昇は塗料にも及んでおり、予算がキツくて断念。一般的なクリア塗装とする。
それにしても、塗料が高い。塗料代だけでスピーカー本体の価格を上回っている。
ツイーターの固定
塗料の吹き付けをひと通り終え、一晩放置したら、先の新しいツイーターユニットをバッフルに固定する。
単純にバッフルのグリルネットと一緒にくっつければいいだろうと思っていたけれど、今回用意したツイーターは、最外周の二か所にあるリードと平型端子のタブのはんだ付けされた部分がやや出っ張っており、そのままグリルネットの上に乗せるとシーソーのようにフラフラする。
そこで、絶縁の意味もこめて、リング状に切り出した1mm厚のゴムシートを用意。
これを接着したグリルネットとツイーターとの間に挟んで、スペーサーとする。
それでもツイーターの外周にわずかに隙間があるので、この上に既存のスペーサーを置いたりG17やスーパーXをコーキング材代わりにして埋めておく。さらに、2液性エポキシ接着剤も駆使して、ツイーター本体をガッツリ固定する。
接着剤の硬化のため、また一晩置く。
バインディングポストの調整
ツイーターユニットを放置しているあいだに、バインディングポストとディバイディングネットワークの改修を進めていく。
背面の既存のポストはM4のネジで、補修用に流通している汎用のポストをそのまま捻じ込める。S-M3のときと同じだ。
ただ回し入れるだけではなく、ポストのシャフトをエンクロージャー内部まで貫通させて、ナットで固定しなければならないので、ロングシャフトタイプのポストを用意する必要があるのも一緒。
比較的安価なのはいいのだけど、できればこの透明樹脂キャップのポストは使用を避けたい。ちょっとだけ加工する手間があるからだ。
ポストの受け側にある透明樹脂製のスカートを少し削ることで、Yラグなどの金具類を使用したケーブルをしっかり固定できるようにする。紙やすりにグリグリ擦りつけて、キャップ内の金属製の受け具を露出させる。
そしてさらに、ポストの通線孔がちょうど底面と垂直になるように固定しなければならない。
これは今まで、ポスト側のシャフトのネジの切りかたと筐体側のインサートナットのそれがちょうどマッチするものを見つけるため、ポストを余分に購入するということをしていた。しかし、これも透明樹脂スカートの筐体との接触面を削ることで微調整が効くことがわかったので、次回以降は必要分だけ購入すればよくなり、余計な出費を抑えられる。
とはいえ先のとおりで、できれば採用したくないポストである。
吸音材の変更
既存のエステルウールの吸音材は撤去し、新たにニードルフェルトを設ける。底面と両側面に、コの字型になるように配備する。
ここまで小型で、板厚があり、かつ重量のあるエンクロージャーの整備はほぼ経験が無いので、セオリーがわからない。既存の状態を見るに、空気バネの特性を生かすような印象であるのと、なるべくエンクロージャーの容積確保を優先したいので、ウーファーの真後ろはなにも無い状態にしてみる。
ネットワーク回路の調整
じつのところ、ネットワーク回路はオリジナルを破棄して、すべて一から組み直すつもりでいた。しかし、ここまでそのほかの作業工程にかなりの時間を吸われ、予算も気力も無くなってしまった。よって、既存の基板を利用かつ最低限の調整に留めることとする。
まずは、新しいツイーターユニットの出音を確認する。
オリジナルのHPFは、先で見たとおりコンデンサーの容量が大幅にずれている。新しいものに交換し、本来の定数に近い状態のものと比較する。
これにより、中音域が明らかに異なることがわかる。まあ、あれだけ容量が増えていればさもありなんといったところ。
ここから、能率調整をしていく。
既存のコイルを弄ることまではしない。コンデンサーと抵抗器の変更のみでなんとかする。
いくつかの案を試したところ、抵抗器をツイーターと並列に設けると自然に減衰してくれることが判った。
3.3Ωという小さめのセメント抵抗単発をパラレルで設けてガツンと鎮める代わりに、コンデンサーの静電容量を増やすことで中音の出力をある程度維持できるようバランスを取っている。
ここで、とりあえずウーファーと合わせて鳴らしてみる。
特性的にはまあまあといったところ。クロスオーバーとなる2kHz付近の繋がりもよさそう。
しかし、聴感ではまだツイーターの音がチリチリしていることと、製品固有の差異なのか、左右でツイーターの出力レベルが異なっている。どちらも聴感で無視できるレベルならいいかなと思っていたけれど、あいにく自分の耳では違和を持ってしまうので、再調整となる。
最終形となったものが下のとおり。
ツイーターユニットの真後ろに吸音材を少し追加し、抵抗器を2.5Ωに変更。出力の大きいほうの回路はさらに下げていき、2.0Ω付近でようやく落ち着いた。
ただ、この記事を作成している現在、長時間聴いていると耳が疲れてくることがわかっているので、さらに出力を落としてみてもいいかもしれない。
ちなみに、ウーファー側は入手時の状態から大きく弄らないものとしている。
すべてのコンデンサーは、ニチコンのオーディオ向け電解コンデンサー「MUSE ES」と、東信工業製のメタライズドポリエステルフィルムコンデンサーの併用としている。オリジナルの質感からあまり遠ざけたくなかったので電解コンデンサーを主体としたチョイスにしていること以外、特に拘ったことはない。
ネジの新調
各ユニットを固定している六角穴ネジは、エンクロージャーの再塗装に合わせて黒塗りにしたい。頭が錆びているので、それを落としてから塗装してもいいのだけど、ちょうど手元に同形のタッピングネジがあるため、そちらに交換してしまうことにする。
ネジはM5相当。オリジナルのようなローレットが無いけれど、気にしないことにする。
完成品
組み上げて、完成となる。
筐体の吸い込まれるようなブルーがとても綺麗。そのほかのパーツをすべてブラックにしたことで、締まって見えるのもよい。
グリルネットから覗くツイーターのドームも、まったく違和感が無い。上々である。
音
肝心の音について。
アンプはいつものヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
ウーファーのみの状態ではモコモコした音で、ツイーターの復旧だけでなんとかなるのだろうかと心配だったけれど、一応は様になっているように思う。
低音は、狭小かつ密閉された筐体に組まれたシステムとして、最低限は出ている感じ。音としては高速で、歯切れがいい。
ただ、ウーファー単発で鳴らしたときに感じたとおり、再生周波数の公称値を期待して聴くと落胆するだろう。低音に重きを置くスピーカーではない。
間違いたくないのは、あくまで量感が無いだけで、低音自体が聴こえてこないわけではないことだ。
中高音に関しては、さすがにツイーターが現代機ということもあって、音自体がクリアで明朗である。アッテネーターでだいぶ絞っているはずだけれど、高音域の伸びはそれなりに保たれている。
中音域にも実在感がある。低めの中音はツヤっぽさがあって、プログラムによっては「おおっ、これはっ」となることもある。コンデンサーとの相性が良かったのかもしれない。
電気的に大した改修をしていないわりには、十分な結果だ。
整備していくなかでわかっていたことだけれど、如何せん低能率である。アンプ側でボリュームを上げていかないと、それなりの音圧で聴くことが難しい。
なんとなく、ツイーターが故障していた原因はここにあるような気がしている。しっかり鳴らそうとして、過大な入力が続いたことで焼き切れたんじゃないだろうか。
全体の雰囲気としては、やはり古臭さが否めない。
音場がかなり狭いのが気になる。特に横方向は、ふたつのスピーカーより横にはいっさい広がらない。ステレオスピーカーのあいだ、つまり自分の真正面からメガホンで鳴っている感じ。
また、パースペクティブもほとんど感じられない。新しいツイーターが補ってはいるものの、音自体のヌケがイマイチで、どうしてもどん詰まり感が拭えない。
とにかく空間表現全般が不得手、といった印象だ。どの局面でもストレート一本で勝負を仕掛ける野球のピッチャーみたい。
1980年ごろの小型スピーカーにハイファイな音を期待することが酷であることは承知。だけど、じゃあ、現代において、いずくんぞこのスピーカーを選ぶ理由はあるの? となるわけである。
個人的には、そういうところも含めて好きな音なんだけど。
まとめ
アナログで有機的な音を奏でるとするか、文字どおり聞くに堪えない過去の遺物とするか。そのどちらかであるとすれば、おそらく後者となる。ディバイディングネットワークをさらに詰めていったところで、どうにもならないだろう。
このスピーカーは、そんな「古い音」を楽しむものである。
とはいえ、当初の想定より整備に時間がかかったのもあり、所有感の高いものに仕上がった。リファインの醍醐味といえる。
最近は1980年前後の音楽を好んで聴くことが多い。その時代の音楽を、その時代のスピーカーで聴くという、そういう楽しみかたが奇しくもできている。しばらくはメインスピーカーとして据えることになるだろう。
終。