いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

Victor S-M3 をメンテナンスする

ビクターの古いブックシェルフスピーカー「S-M3」を入手し、整備してみた。その所感。
 

 

ミニ・スピーカー

手のひらサイズのパッシブスピーカーを手にするのは、オーディオテクニカの「AT-SP50/AT-50a」以来となる。ただし、今回のS-M3は、1977年に登場したいわばヴィンテージ品だ。

Victor S-M3
1970年代、大型のオーディオシステムがまだまだメインの時代に、それとは対照的な小型スピーカーシステムが流行した時期があった。調べてみると、それは「ミニ・スピーカー」や「マイクロ・スピーカー」と呼ばれ、サブスピーカーシステムの位置づけで楽しむものだったようだ。各オーディオメーカーがこぞって製品を発表し、ちょっとしたジャンルを築いていたのが印象的。
このスピーカーも、古株のオーディオファンの方から譲っていただいたものだ。
 
ちなみに、ワンサイズ上の「S-M5」というスピーカーもあったらしい。
 

外観

約半世紀ほど前の品ながら、筐体がアルミダイキャスト製ということもあってか、外観には著しい故障箇所は見られない。当然ながら、それなりに重量がある。

フレーム、ネットも含め金属製
前面パネルのフレームを含めた天面と底面、側面にはガンメタル風の塗装が施されている。
ただし、背面のみ同系色の合成樹脂製となっている。この樹脂プレートもかなり硬質。

背面。四隅でネジ留めされている
スピーカーターミナルは、Yラグ端子などが固定できるネジ式。このあたりは年代を感じさせる仕様だ。

このままでは扱いにくいので、整備の対象とする
前面にある六角穴ネジを外すと、各ユニットにアクセスできる。

前面パネルを取り外した図
10cmコーンウーファーと3cmソフトドームツイーター。小さな筐体に盛り込めるユニットとしてはギリギリの寸法といった感じ。
ウーファーは紙製のコーン。

ウーファー「EG-40005」。日本製
当時の雑誌を見ると、このコーンはお札と同じ紙が使われているとある。ということは、麻やみつまたが使われた和紙に近いものだろうか。

エッジはコーティングされたウレタン
ツイーターのドームは絹糸が粗めに編まれたもの。

ツイーター「EG-40006」。ドーム内部に吸音材が見える
なにかコーティングが成されていて、それが劣化したのか表面がベタつく。

こんなに粗くても音が出るものなのか
ドームの両サイドにコイル線が伸びている。
 

改修前の音

音を鳴らしてみる。
アンプはいつものヤマハ「RX-S602」。パソコンから「DIRECT」再生。Yラグ端子のケーブルを所有していないので、棒形端子の付いたケーブルをスピーカー背面のネジを外したネジ穴に差し込んで、ガムテープで無理やり固定。
密閉型であり、低音域はそれなり。しかし、想像していたほどカマボコというほどでもない。全体的に滑らかな音で、ハキハキしたAT-SP50と比べるとだいぶ柔らかい。
音の量感としてはワンサイズ上の印象だ。鳴りっぷりが良い。やっぱり金属製エンクロージャーの剛性と重量が生きるのだろうか。
高音域に歪み感が少なく、これも滑らかな音に一役買っている。ただ、なにかケロッとする部分があるというか、若干違和感がある。綺麗な音だけど素直じゃない、みたいな。
 
周波数特性を見てみる。

入手時の周波数特性
低音部は200Hzから下が下り坂となっている。聴感と一致する。
"旨味"の多い2kHzがやや落ちていることも気になるけど、左右どちらとも4kHz付近に大きな谷があるのはなんだろうか。これが違和感の原因かもしれない。ウーファーとツイーターのクロスで打ち消し合っているようにも見えるけど、クロスオーバーは2.5kHzのはずなので、ややズレている。うーん。
 
雑誌「ラジオ技術 1978年5月号」の特集で、このスピーカーの周波数測定の結果を掲載しているのを発見したので見てみると、同様に4kHzで落ちている。どうやら、このスピーカー固有の特性のようだ。
ちなみに、雑誌では9kHzにも大きなディップが出ているけど、自分の環境では発現しなかった。
 

分解

内部を見ていく。
ツイーターユニットを見てもわかる通り、ユニットの固定にはネジのほかに接着剤がふんだんに使われている。気密を保つためらしい。その代わりに、メンテナンス性はすこぶる悪い。
一応、背面の合成樹脂製パネルを留めているネジを外して背部からのアクセスを試みるものの、パネル自体がびくともしない。
あまりやりたくないけど、シンナーで接着剤を地道に溶かしていくしかないようだ。

ツイーターが外れた図
シンナーは筐体のガンメタルの塗装はあまり侵さないけど、ツイーターの金属パネルの黒い塗装は簡単に剥がれてしまう。剥げた部分は組み上げる前に適当にタッチアップしておく。
ウーファーは、目視できる部分にシンナーを浸み込ませながら、ネジを通す貫通孔のある"耳"の部分に金属棒を突っ込んで、少しずつ持ち上げる。この耳の部分は意外と柔らかい。

マイナスドライバーを突っ込んでいる
自分は特に気にしないので力業でこじ開けたけど、この部分の変形がイヤな場合はシンナーの浸透をかなり時間をかけて行う必要がある。

ウーファーを取り外した図
各ユニットを取り外すと、化繊ウールの吸音材が表れる。エステルウールらしい。

手触りが天然ウールに近い滑らかなもの
それを取り外すとようやく内部にアクセスできる。

俯瞰
手作り感のあるネットワークがネジ留めされている。中央に鎮座するのは、フィルムコンデンサーだ。クロスオーバーネットワークにフィルムコンデンサーが取り入れられるのは近代製品のイメージがあるけど、この時代からすでに存在していたんだな。

半世紀前のフィルムコンデンサ
ネットワークの固定はタッピングネジ4点。
背面部を見ると、合成樹脂パネルにも接着剤がキッチリ塗られている。このことから、背面からアクセスすることはできないものと考えたほうがいいだろう。

これじゃ外れないはずだわ……
ウーファーのマグネットは比較的大きめ。プレスの金属フレーム。

密閉されていたためか、腐食がみられない
ツイーターのマグネットは、見慣れない形状をしている。インターネット上の情報では、アルニコマグネットが使われているらしい。こんなオープンなアルニコは初めて見るかもしれない。

こちらもとても綺麗
このころは、アルニコマグネット搭載のコストもそこまで高くなく、特別なことでもなかったのかな。
個人的には、アルニコマグネットのツイーターとフィルムコンデンサーのHPFの組み合わせは、フィルムコンデンサーにありがちな中音域の線が細くなるようなことが少なく、存在感がありながらクリアな高音質になる印象なので、良いチョイスだなと思う。
 
クロスオーバーネットワークは、ウーファーを6dB/oct、ツイーターを12dB/octで組まれている。

クロスオーバーネットワーク

ネットワーク回路
特筆するべきところはない。無難だなという印象。
フィルムコンデンサーは、測定すると4.7μFピッタリ。古くなっても静電容量は変わらないんだな。
 

整備

接着剤の除去

音の違和感も気になるところだけど、まずはとにかく扱いにくいスピーカーターミナルをどうにかしたい。
その前に、エンクロージャー前面に残っている古い接着剤をすべて除去する。これは、シンナーで地道に取り除いていくしかない。

この地味な作業が、個人的になかなかつらい

とりあえず綺麗になった
 

スピーカーターミナル

さて、スピーカーターミナル。
既存のマイナスネジが収まっているインサートナットがちょうどM4なので、好都合なことに軸にネジが切られている汎用のポストがそのまま使える。
あとは既存と同じように、ネットワークから伸びる配線に丸型端子を取り付け、内側からインサートナットにネジ留めするだけだと思っていた。しかし、ポストのキャップを外そうと回すとポストごと外れてしまうことに気がつく。

「ネジ」であることを失念していた
よって、軸の長いポストを用意し、インサートナットを貫通して内側からナットで締めることにする。
安い製品にありがちなのだけど、この透明樹脂製のキャップのポストは、根元側にある外側の樹脂カバーが内側の金属部より大きくて、キャップを締めても内側の金属部同士が接合せず、Yラグの固定が不安定になるという不具合がある。

既存。金属パーツが透明樹脂に少し沈んでいる
一度分解し、根元側の余分な樹脂をやすりで削る。これを4個分繰り返さなければならない。安いパーツを使おうとすると、こういった手間が発生する場合が多い。

このパーツを紙やすりでゴシゴシ削る

施工後
それを終えたら、晴れてエンクロージャーに取り付けられる。

インサートナットを貫通している様子
ポストをインサートナットに回し入れたとき、ポストの通線孔がちょうど底面と垂直になるようなねじ切りをしているポストを見つける。そのために、ポストを余分に購入している。
ちなみにこれは、スピーカーケーブルをポストに繋ぐ際に端子類を使わず直付けする場合に必要になる措置であって、バナナプラグやYラグしか使用しないのであれば意識しなくてよい。

一気に近代化した
 

ネットワーク

クロスオーバーネットワークはどうするか。
ウーファー側にコンデンサーを追加して12dB/octにすると、先述のディップを解消できそうな気もするけど、とりあえず今回はツイーター側を逆相にして様子を見てみる。

ツイーターを逆相にして仮組した周波数特性
2kHzあたりの谷はそのまま残るものの、バランス的にはこちらのほうが良さそう。というわけでこれを採用。
あとは、各ユニットに繋がれるケーブルを新しいものにして、ネットワーク関係の整備はここまで。

ケーブルが筐体側面を擦らないような向きではんだ付け

スピーカーターミナルへの接続は、ファストン端子とした
 

コーキング

気密性を重視した設計のようなので、組み上げる際もオリジナルの接着剤と同じようにきっちりコーキングする。
コーキング材として使うのは、バスボンドの黒。AT-SP50で使用したものが余っているのだった。

前面パネルで見えなくなるので、拘りがなければ何色でもいい
これを既存と同じように塗っていく。
ウーファー側はウーファー本体に、ツイーターは筐体側の開口に塗る。
ツイーター側は、一応見た目も考慮して、開口周囲にマスキングテープを貼ってそれっぽくなるように仕上げる。前面パネルを固定するためのネジ穴二か所を埋めないように注意。

綿棒で少しずつ盛っていく
 

改修後の音

ウーファーのコーンを軽く押してみて、密閉が保たれていることを確認し、音を出してみる。

完成の図
備前の違和感は和らいでいるように思う。それ以外に著しい変化は感じない。
 
先日のケンウッド「S270」の整備で、左右の音の違いについて気がついてから、耳が過敏になり、今まで以上に音のバランスを気にするようになった。このスピーカーも、わずかだけど左右で高音域の出方が異なる。

改修前後の周波数特性
周波数特性的には、1のほうが2と比べて、ツイーターが受け持つ範囲の出力が若干低いように見える。ネットワーク回路に異常がないとすれば、おそらくツイーターの経年劣化だろう。50年近く経過していれば、ドライバーのへたりくらいはあり得る。
この程度であれば左右独立してイコライジングすればいいのだろうけど、現状そこまでの環境は持ち合わせていない。ステレオで鳴らす分には、反射音を利用できるような置き方の工夫でやり過ごせば、ひとまず問題ない。
 

まとめ

やっぱり、スピーカーのエンクロージャーは硬くて重いほうが良い音がするのだろうか。

現代化した背面部
質量の大きいスピーカーというのは、得てして筐体のほかにもドライバーのフレームや前面バッフルなど別のパーツの重量もそれなりにあるので単純な比較はできないだろうけど、自分の好むブックシェルフスピーカーであるCORAL「EX-101」Victor「SX-300」などはそれぞれ違う形で筐体の剛性へのアプローチをしているし、整備後の音が気に入ったAT-SP50も金属製だ。
各ユニットのドライブを十分に受け止めきれるエンクロージャー。その設計にどれだけコストをかけられるか、という問題があるのだろうな。このS-M3の存在感のある音を聴きながら、そんなことを思った。

現代機にも全然劣らないパワーバランス
終。
 

(参考)発売当時の雑誌レビューなど

以下は、製品発売当時の雑誌のレビューから、音に関する部分を抜粋しています。
 

ラジオ技術 1978.6.

ミニ・スピーカ・システム14種の試聴報告
石田善之
全体のまとまり感やバランスはとても良い。1kHz近辺に若干強いところがあって、それがレンジをやや狭く感じさせているようだ。声の調子などやや前に出てふくらむようなキライがある。また木管楽器が強めになるのもそのせいだろう。高域はエネルギー的には強くないのだが、トランジェントが大変すぐれ、細やかさがやや神経質さを感じさせるように表現され情報量も多い。ヴァイオリンの音は中域のふくらみが胴の鳴ったような感じにつながるのだが、高い音まで非常に繊細に表現される。
ジャズ・ボーカルの場合、ベースの音が若干軽くなるが大きさを考えれば文句のないところ。ボーカルの出方はナマナマしい。何をソースにしても緻密で、センの細い感じがあり透明度も高い。シンバルの肉厚が薄く感じられるくらい細やかな音だ。
大木恵嗣
無理をしてレンジを広げるというよりも無理なく出せる範囲のクォリティを向上させるといった努力が、中域を軸としたつながりのよさとバランスのよさに集約している。つややかさ、透明感という点も高い水準をいっている。ベースももやつかず、全体として明瞭度の高いもので、小ささは感じさせない。高域に少し特徴があるようで、それが楽器によっては奥行き感とか張り出す感じにかなりよく現れてきている。
たとえば横笛がややひっこんだり、その時に小太鼓が前に出てきたりといった面が時折感じられる。MM形やIM形では中低域がやや太くなる傾向で、MC形とのマッチングの方がよい。脂ののり切った感じよりも、割にさらっとした感じである。神経の行き届いた感じのするものになっている。