ヤマハのブックシェルフスピーカー「NS-C5」を入手したものの、音がまともに出ないのでメンテナンスしてみた。
素性
1982年ごろに登場した、ヤマハのミニスピーカーである。
直方体の密閉型エンクロージャーに収められた、シンプルな小型2ウェイ2スピーカー。
民生機としてカジュアルに置かれることを想定していたようで、3色のカラーリングが存在する。今回入手したブラックの「NS-C5B」、シルバーの「NS-C5S」、そしてゴールドの「NS-C5G」。カラーによってモデル名の末尾のアルファベットが異なる。
縦置きにした際の横幅が150mmほどで、現代では特別「ミニ」ともいえない一般的な寸法ではあるけれど、このNS-C5が登場するまでは、ヤマハのブックシェルフスピーカーの最小モデルは"テンモニ"こと「NS-10M」だったらしい。
外観
入手時までは金属製の筐体だと思っていたけど、全面樹脂製だ。充填剤の性質なのか、とても硬そうに見える。
なんの変哲もない角張ったエンクロージャーの前面には、パンチングメタルで作られたパネルが嵌められている。
このパネルは接着剤で固定されているものだと思っていたけど、よく見るとそうではなく、筐体前面の外周にある溝に摩擦でくっついているだけ。指先だけで簡単に取り外せるようになっている。
この構造により、横置きにも対応できる。ウーファー部のパネルは正方形となっており、いったん外して90度回転させてやれば、横向きでもエンブレムが正位置に来る。
そのウーファーは、12cmコーン型。
また、センターキャップは色味こそコーンと同じだけど、紙幣のような和紙に近い滑らかな紙質をしている。
エッジはクロス製。ロールがやや大きめで、よくダンプしそうな感じ。
ツイーターは、粗めの布地になにかが塗られた3cmソフトドーム型。外観は特筆すべきところが無い。
背面のスピーカーターミナルユニットは、スナップイン式のもの。ただし、左右どちらとも損傷している。
もともとハンドルがあった部分に、短く切られた金属の棒を突っ込んである。応急措置らしい。
どうやら、前オーナーはこの棒に配線を接続することでなんとか使っていたようだけど、自分の環境ではノイズすら出てこない。
でも、ユニットの固定はネジ留めだけなので、簡単に交換できる。試聴は諦め、とりあえず直すところを直して様子をみることにする。
分解
エンクロージャーの背面には、外周部に10本のネジが見えており、いかにも外れそうな感じだけど、例によって内部から接着剤でガチガチに固められているため、ネジをすべて外しても内部にアクセスはできない。
こういった処置は、ほかのスピーカーでも見受けられる。樹脂製のエンクロージャーだとわかった時点で予想していたことなので、驚きは無い。
前面にあるバインド頭のネジを外すと、各ドライバーユニットは簡単に取り外せる。
ウーファーユニットは、プレスフレームの一般的なもの。
ツイーターは、そこそこ大きなフェライトマグネットが採用されている。エントリーモデル搭載ユニットにしてはがんばっているな、という印象。
前面に見えるドーム周辺部の小さなネジを外すだけでは、これ以上ユニットを分割できない。前面プレートと接着剤で固定されているためだ。
内部に用事は無いので、そのままとする。
エンクロージャー内部はというと、当時モノらしく、吸音材のグラスウールで埋められている。
グラスウール、扱いにくくて避けがちだけど、吸音材としては優秀なのでこれはこれでいいと思う。
それを抜き取り中を覗くと、ネットワーク基板が見える。ラグ端子が植え付けられた小さな板が、ツイーターの後ろ側の位置にネジ留めされている。
フィルターの構成は、シンプルな12dB/octのクロス。アッテネーターも無し。
ウーファー直列に1.8mHという、比較的大きめのコイルを搭載し、中音域をある程度絞るような印象。反対に、ツイーター側は5.6μFと0.6mHの組み合わせで、けっこう低いほうまで鳴らして音を被せていくようだ。
構成だけ見れば、同じ密閉型で2ウェイのNS-10Mに似ている。
内部に使われているケーブルは、一般的なダブルコードかなと思いきや、OFCの印字がある当時の日立電線のビニールケーブルが採用されている。こんなものもあるのか。
整備
当初、背面のスピーカーターミナルのポストを新しくして、あとはコンデンサーの交換のみに留めるつもりでいた。
ただ、ケーブルの張力で動いたのか、既存のラグ端子が回転して隣の端子と接触しそうになっているのを見てしまい、そうもいかなくなった。
配線も引き直すことになる。新しいケーブルは普通のダブルコードだとグレードダウンになるため、それっぽいOFCケーブルを見繕うことにする。
ネットワーク/ケーブル
ライトブルーのシースは、PARC Audioの「DCP-C001」シリーズ。このグレードはちょっとオーバーな気もするけど、奮発してみた。
コイルは既存再利用。切り出したMDFの上にすべて移す。
ケーブルは、ZONOTONEの「SP-330Meister」。最近出番の多い2種素材ハイブリッドケーブルである。
基本はSP-330Meisterで引きまわすものの、ネットワークからツイーターまではFOSTEXの「SFC83」に切り替える。このチョイスは、単にたまたまちょうど良い具合に余っていたから。
SFC83はOFCケーブルとしては比較的安価なのが良いのだけど、ワイヤーストリッパーで被覆をむきにくい構造なのが難点。実は作業面であまり使いたくなかったりする。
MDFの固定は、オリジナルと同じ位置に、同じようにネジ留めする。
スピーカーターミナル
新しいスピーカーターミナルは、バナナプラグに対応する汎用品のユニットを用意。先に述べたとおり、無加工で換装させることができる。
既存のネジ穴にタッピングネジで固定するだけなので簡単だ。
ただし、このスピーカーは壁面に密着して設置することを想定してか、背面の端子自体がやや奥まった位置にある。そのまま新しいユニットを取り付けると、モノによってはYラグ端子が固定しづらいかもしれない。
個人的には気にならないのでいいけど、より扱いやすくするならスペーサーなどを挟んで背面の面から出っ張らせてやればいい。
音が出ない
さて、元通りに組み上げて、音を出してみる。
ところが、左右両方のツイーターから音が出てこない。調べてみると、どちらも導通が無い。
購入時、やたら安いなとは思っていたけど、そういうことか。ジャンク品ではないのならと油断していた。
ツイーターユニットを弄らなくてはならなくなった。
ツイーター
こうなると故障の原因は十中八九コイルの断線で、その修復が難しいので暗雲が垂れこめているわけだけれども、軽微な作業でなんとかなることを祈りながら手を動かすしかない。
分解
一度はスルーしたツイーターの分解を、ここで試みる。
前面プレートは、ネジのほかに接着剤で固定されている。接着面と思しき隙間にマイナスドライバーを刺し入れ、少しずつてこの原理で分離していく。
こじ開けてみると、ダイヤフラムは前面プレート側に接着されていることがわかる。また、磁性流体は使われていないようだ。
ダイヤフラムは、外周部をリング状のパーツで前面パネルと挟みこむように固定されている。それも慎重に剥がす。
原因
目視では、導線があからさまに切れていたり、焦げていたりする部分は見当たらない。
さてどうしたものかとリード線を軽く持ち上げてみたところ、ボビンとの接触部分からポロリと切れてしまう。
もうひとつのほうも、まったく同じ状態だった。どうやら、この接続部のはんだが経年で割れてしまい、導通が無くなっていたようだ。
補修
ひとまず原因を特定したものの、この部分は振動板と接触している位置にあり、ここにはんだ付けを実施するのは至難。自分の技術ではほぼ不可能だ。ボビン側のコイルを少しほぐしてリードにしようにも、いったん振動板を剥がさなければならない。それも難儀。
とりあえずダメ元でやってみる。案の定、はんだごての熱で振動板のエッジ部が溶けて孔が開いてしまった。
まあ、仕方がない。
汎用ダイヤフラム
是非に及ばず、同じようなダイヤフラムを手に入れて、交換してしまうことにする。
マグネット側の円形のギャップの直径は25mm。そこで、1インチ用のそれっぽいダイヤフラムをAliExpressで探し、輸入してみる。
到着したものは、振動板の色味が異なるものの、材質はファブリック系で同等。
これで直るなら上々じゃないかと、マグネットに乗せてみる。しかし、ボイスコイルがギャップに収まらない。
マグネットのギャップの直径が微妙に小さいのか、ボイスコイル側が大きいのか、よくわからない。もしかしたら専用設計なのかもしれない。
これに合うダイヤフラムを探すのは、要は今流通している汎用品を片っ端から買い漁って確認していくことになるので、時間もお金もかかり非効率かつ非現実的だ。
ツイーターユニットごと交換してしまうことにする。本当はやりたくないのだけど、そうもいっていられない。
新ユニット
理想としては中古のツイーターユニットのみを入手したいところだけど、そもそもこのスピーカーの流通自体が少なく、いつ手に入るかわからない。それならば、同じような仕様の現行品を搭載してしまうほうが手っ取り早いし、確実だ。
ただし、その場合は選定に際し、筐体に収める際に加工が最小限となるようなユニットであることが条件となる。
白羽の矢が立ったのは、LGエレクトロニクス製の「LGZ60」という汎用ツイーターユニットだ。
3cm(1.2インチ)ソフトドームで、ユニット本体の寸法も大きすぎず小さすぎず。値段も手ごろ。フェライトマグネットであることや、その外周の一端に平形端子のタブが寄せてある構造なのもオリジナルに近い。
固定
これを、既存の前面プレートに固定する。
ユニットの2か所にネジ孔があるけど、当然位置が合わないので使用しない。前面プレートの固定には、エポキシ系2液混合接着剤の出番となる。
汎用のツイーターユニットには、ネオジウムマグネットを使用したもっと小型のものも存在する。ただ、今回はユニットを接着剤で無理やり固定する。フェライトマグネットを採用しているこのツイーターユニットは、振動板の周囲にある程度余分なスペースがあるため、そこを接着面として利用できて都合が良かったのだ。
前面プレートにあるネジ孔も使わなくなる。ここでは、黒塗りされた六角穴のネジがピッタリ収まるため、フェイクとして突っ込んで接着しておく。
一晩置いて接着剤の強度が出たら、エンクロージャーの孔と干渉する部分を削り落とし、何事もなかったかのように収める。
新しいツイーターは、ドームのコーティングに光沢があるせいか、そこだけ見ているとなんとなく現代機っぽ印象だけれど、パンチングメタルのパネルを付けると目立たなくなる。
改修後の音
ようやく音がまともに出るようになったところで、試聴してみる。
アンプはいつものように、ヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
今回は聴感よりも周波数特性がどうなっているかのほうが気になるので、まずはマイクで音を拾ってみる。
懸念していた能率のバランスは問題なくて安堵したけれど、3kHzあたりから5kHzにかけてあからさまに妙なディップがある。いくらツイーターユニットがオリジナルでないからといっても、ネットワークのフィルター的にはもっと出ていていいはず。ウーファーとツイーターが打ち消し合っているようだ。
逆相接続にしてみる。
だいぶマシになった。こちらを採用する。
とはいえ、傾向としては変わらない。公称のクロスオーバー周波数が2kHzとなれば、本来ならばツイーターがもう少し下まで伸びてカバーしていると推測できる。今回搭載したLGZ60は、ひずみこそしないけれど、低めの周波数帯をそこまで再生できないのだろう。
印象として強いのは、想像以上に低音が出ているなという点だ。
200Hzをピークに、そこから下は下り坂の特性になっている。だけど、聴感上はもっと下のほうまで出ている感じだ。200Hz付近が豊富というのは、硬質とはいえ薄手の樹脂製エンクロージャーであれば納得のいくものではある。ただ、ボワついて不明瞭になったりせず、程よい量感で聴かせてくれる。詰められたグラスウールが良い仕事をしているのかもしれない。
ヘタなバスレフ型スピーカーよりも安定感がある。セッティング如何で大化けしそうだな。
中高音は、ツイーターがオリジナルではないので、NS-C5というスピーカーの音としてあまり言及できることが無い。
強いて言うなら、ウーファーのフィルターに用いられている1.8mHのコイルは、やはりオリジナルのツイーターと組み合わせてこその定数だろう。今回搭載したツイーターであれば、1.2mHくらいまで小さくすると、中音域が少し持ち上がってバランスがより良くなる気がする。
ただし、LGZ60の性能が特段悪いというわけではない。むしろクロスオーバー周波数を2kHzに設定してある回路で、ある程度の音量でもひずむことなく鳴っているのだから優秀といえる。高級機はいざ知らず、たいていのブックシェルフ型マルチウェイスピーカーのツイーターとして据えるなら十分だろう。
まとめ
復元する技術が無くてオリジナルの音が聴けなかったのは残念だけど、それでもリスニングに十分たえる音にはなっていて、その点は良かった。安価なツイーターユニットもそれなりに聴けることがわかったのも収穫だ。
それにしても、ボイスコイルの修理は難易度が高いな。過去、うまいこと直った経験がほとんど無い。
やっぱりボイスコイルごと交換してしまうのが確実なんだろうな。
そのうち、ちゃんとした動作品を入手してみたい。小型密閉型スピーカーとしてはかなりのポテンシャルを秘めている気がしているのだ。
終。
(参考)発売当時の雑誌レビューなど
以下は、製品発売当時の雑誌のレビューから、音に関する部分を抜粋しています。
ステレオ 1982.4.
10万円以下お買い得スピーカー24選
藤岡誠(前略) ミニサイズだからスケール感のある音を望むのは無理。鳴らし方のコツはセッティングにある。縦方向にセットすると週刊誌の高さ、横方向に置くと文庫本の高さと寸法比が上手に取られているので、机の上や、本棚にセッティングして、ボディーをサンドイッチすると低域がしっかりしてくる。(中略)ボーカルが、エナジー感を持って再生される。これは鮮かに鳴ってくる。中高域周辺は個性的で、ボーカルの子音に、強調感がある。しかしこれは、スピーカーから離れると、むしろクリアーさにつながってくる。壁に掛けた場合などは低域の程良い上昇と、適度にバランスするだろう。(後略)
福田雅光