ケンウッドの3ウェイスピーカー「LS-11ES」が手に入ったので、音の是正がてら音質の向上を狙ってみたりした。その所感。
この記事は、前後編の前編にあたるものです。
素性
オークションサイトでなんとなく札を入れていたら落札できてしまった、3ウェイ3スピーカーのシステム。
古いスピーカーだということ以外なにも知らないので、インターネット様にお尋ねしてみる。
1989年に登場したシステムで、初代「LS-11」のリニューアル機。当時としては小型の部類で、エントリークラスに位置付けられるもののようだ。
相当数売れたようで、中古市場には潤沢にある。1990年代にシリーズ3代目となる「LS-11EX」が登場するけど、デザインはこのLS-11ESを踏襲していたりする。
ちなみに、この2年前に発売された初代LS-11は、いわゆる「598戦争」の渦中にいた「LS-990」シリーズに寄せた面構えとなっている。終戦直後に登場したニューモデルが、型番こそ受け継いでいるものの風貌を全面的に見直されていることについて、時代の転換点であったことを如実に表しているようなドラスティックさを感じたりもする。
外観
左右対称のドライバーユニット配置にフロントバスレフだった初代から、中央寄せに統一され、リアバスレフに変更となっている。ユニットのフランジ部もすべて円形で、ネジ頭が見えない。ゴテゴテとした印象の初代と比べると、だいぶスッキリとした前面バッフルである。
エンクロージャーの背面部がネジ固定となっており、一枚の板としてガバっと開くようになっている。この内部にアクセスしやすい構造から、各ユニットの固定も筐体内部で行っていることが予想できる。
また、その背面には「ACOUSTIC LEVEL」なるボリュームがある。
これを弄ることで、高めの中音から高音域の出力の大小を調整できる。要はツイーター用の可変アッテネーターである。「SHARP」側が"大" 、「SOFT」側が"小"となる。すぐ横にある印字でも触れているように、CDが普及してきた時代のスピーカーに見られる仕様だ。
コネクターユニットは、大型のネジ式。
前面に戻る。各ドライバーは、ウーファー以外は金属製のネットによる保護が施されている。
ミッドレンジは「セミドーム型」と称しており、コーンとドームの両方を備える。
銀色のドーム部はアルミで、ボイスコイルのボビンと一体成型されているらしい。その周辺に小さなコーンが生えているような構造だ。
ツイーターは、「クリスタルプラズマダイヤモンド振動板」なるものを備えるドーム型。
仰々しい名称が付けられているけど、モノとしては皮膜処理されたチタンのようだ。おそらくダイヤモンドの結晶粒を蒸着させるのにプラズマ状態のガスを利用している、ということを言っているのだと思う。
改修前の音
音を聴いてみる。
アンプはTEACのプリメインアンプ「A-H01」。いつも使用しているヤマハのAVレシーバーは、物理的な制約でスピーカーを置くことができず繋げられないので、現在作業スペースでサブ機として置いているA-H01で試聴する。パソコンとUSBで接続し、パソコンからのサウンドを出力する。
音の第一印象は、"自然で柔らか"。突っ張った部分が無く、全体的にゆったりとしている。
最近小型の2ウェイやフルレンジを聴くことが多かったからか、3ウェイならではの音場の広さや音自体の余裕を感じられることが新鮮である。
とはいえ、周波数帯域的なレンジ感は、それほど広いわけではない。特に低域方向は、19cmウーファーにしては迫力不足の感がある。
中音は、ボーカルに自然な張りがある。しなやかに伸びていく印象だ。
しかし、特定の音域で若干かすれるというか、スッと奥まることがある。なんだろうこれは。
そのほかは、終始おおらかで、雰囲気よく鳴らす。反面、パース感はあまりなく、定位もあやふやになることがある。
高音は、先述した背面のツマミを回すことで音量を調整できる。基本的にノーマルのポジションでOKだけど、個人的には最大出力にしても違和感なく聴ける。
音としては硬めで、金属ドームっぽい派手な鳴りかた。ただ、ツマミに少し触れただけでバリバリとノイズが出たり、場合によっては音が裏返るようなケロケロした感じになったりと、可変アッテネーターの劣化による影響が出ているので、この状態であまり評したくはない。
決して悪いものではないけど、好みでもない。もう少しクリアで、締りのある音のほうがいいな。
周波数特性を見てみる。
ツイーター出力が最大、ノーマル、最小の状態でそれぞれ収音し、波形を重ねている。
低音は、200Hz付近から下り坂が始まっていて、そうだよなといった感じ。その点で聴感どおり。
中音から上は、緩やかな右肩下がりとなっている。クセの無い自然な音が波形にも表れているのではないだろうか。
ミッドレンジとツイーターのクロス周波数付近である5kHzの波形がおかしいことになっている。ツイーターの出力を下げた状態だと出現していないため、やはり現状のツイーターの音が正常ではないのか、または位相接続がうまくいっていないのか、ということになりそう。中音域の妙なかすれ具合も、ここが原因かもしれない。
分解
中身を見ていく。
配線
先に見たとおり、エンクロージャー内部には前面バッフルからではなく背面からアクセスする構造である。バックパネルを固定しているタッピングネジ10点を外す。
このパネルの内側には、ディバイディングネットワークの基板が固定されているため、パネルを分離するには各ドライバーまで渡っているケーブルを外す必要がある。
音域ごとに独立した基板を設ける、いわゆる分散配置ネットワークを採っており、ミッドレンジとツイーターは各々の基板上でケーブルを引き抜くことが可能。
ただしウーファーのみはんだ付けされており、ドライバーユニットまで手を突っこんでタブから引き抜かなくてはならない。ケーブルを引き直すつもりなら、素直に切断してしまうほうが安全で手っ取り早い。
エンクロージャー内部
板材
筐体内は、割とがらんどう。
筐体はパーティクルボードで構成されており、前面バッフルが約20mm厚、そのほかの面が約15mm厚となっている。補強らしきものは無い。
容積重視の設計なのかもしれないけれど、やや貧弱な印象である。補強なしで組むなら、前面バッフルのみMDFとするか、そのほかの面の厚みがもう一声欲しいと思ってしまう。
吸音材
吸音材として、底面と片方の側面に沿わせた柔らかめのフェルトと、中央に1cm厚のウレタンフォームの帯を渡らせている。この吸音材の少なさが、日本のメーカーっぽい仕様だなと思う。
ミッドレンジ用樹脂製カバー
宙づり状態のウレタンフォームをめくると、白い物体が露わになる。
この樹脂製の植木鉢みたいなもののなかに、ミッドレンジが収まっている。ネジ固定なので、容易に外せる。
この内部にも吸音材があり、筐体内のものと同じ質感のフェルトと、エステルウールが重なって詰められている。
わざわざこうしているのは、筐体内に発生する空気バネの影響を受けないようにするためだろうか。
前面バッフル
各ドライバーユニットは、すべてミリネジでバッフルに緊結されている。着脱が容易でいいのだけど、ネジ孔がユニットの外周ギリギリに開けられているうえ、バッフルのザグリ加工がそこそこ深く、孔周辺のパーティクルボードが欠けそうで、強度面の不安はある。
ドライバーユニット
各ドライバーを見ていく。
アルミダイキャストフレーム
予想どおりではあるのだけど、すべてのユニットがアルミダイキャストフレームに組まれていて、やたら重たい。
このころのケンウッドのスピーカーには、エントリーモデルでもこのようなゴツいフレームのユニットを豪勢に積んでいるものがある。これは現代でも高級コンポ「Kシリーズ」などに受け継がれていて、メーカーのポリシーのようなものを感じる。
金属だから良いというわけでもないだろうけど、空気の振動源となるパーツであれば支持系は堅牢な造りをしてしかるべきだとは思うので、コスト優先の製品でこのアプローチをしているのはやっぱり嬉しいものだ。
ウーファー
19cmコーンウーファーは、「クロス・ダイニーマ」と呼ばれる化学繊維を平織りにした素材がコーンに採用されている。
「ダイニーマ」とは、超高分子量ポリエチレンUHMWPEの商品名のひとつ。
当時のケンウッドのカタログによれば、この素材は振動板の"理想に限りなく近い"ものであるという。ただ、軽くてかなり強靭な糸に成形できるいっぽう、樹脂製コーンで一般的な射出成形には向かない。そこで、繊維を織物組織にして一枚の生地とすることで、振動板として使用できるようにしたらしい。
ダイニーマのみではなく、炭素繊維を織り交ぜている。黒っぽい色をしているのがそれだ。複合させて弾性を調整しているらしい。
ダイニーマの部分は、光を当てるとかなり透過する。なにかコーティングされているようにも見えるけど、別の素材を裏張りさせているわけではなく、純粋に繊維素材のみ。強度を保ちながら軽量化も成している。
マグネットはフェライトのダブル。径はやや小さめ。振動板がかなり軽量なので、このくらいでも問題なくドライブさせられるということだろうか。
軽量かつ強靭なのはいいのだけど、この軽さが低音の不足を招いているような気がしなくもない。
それにしても、以前メカニカルキーボードに拘っていたときに見かけたUHMWPEが、スピーカーでも採用されているとは思わなんだ。
ミッドレンジ
8cmセミドーム型ミッドレンジは、先に見たとおりドームとコーンの両方が備わるもの。
こちらのコーンは紙製のようだ。上位機種だとここもダイニーマが採用されていたりする。エッジはクロス製。
ツイーターもそうだけど、前面のグリルは接着剤でカッチリ固定されていて、開くのが手間なので手をつけない。
個人的に、このミッドレンジユニットが良い性能を発揮しているように思う。これをツイーター動作にさせて、ウーファーとのクロスオーバー周波数を低めに設定した2ウェイシステムを組んでみるのも良さそうだ。
ツイーター
1.6cmドーム型ツイーターは、よく見るとバッフル部が緩やかなホーン型となっている。
切削の状態から見て、おそらくここも金属製だろう。なかなか製造コストがかかっているパーツだ。
ただ、現状の乱れた周波数特性を鑑みれば、外周部にフェルトリングを貼るなどの対応が必要になるかもしれない。
ディバイディングネットワーク
バックパネルにあるディバイディングネットワークを見ていく。
分散配置ネットワーク
基板が三枚ある。
ミッドレンジ用の基板は樹脂製のスタッドによって浮かせるように固定されているけれど、ツイーター用の基板はどこにも固定されておらず、はんだ付けされたポテンショメーター本体にくっついているのみ。そのメーターも、パネルに開けられた孔に接着剤無しで専用の樹脂製スリーブを嵌めているだけの状態で、スリーブごと容易に動いてしまう。あまり良い施工ではない。
可変アッテネーター
なんとなくツマミが引き抜けそうだけど、専用の治具が必要なのか外しかたがわからない。らちが明かないので、無理やり引き剥がしてみる。すると、本体の樹脂製カップに埋めこまれた軸受金具がバリっと抜け落ちてしまった。
ツマミで覆い隠された位置に、この軸受金具と樹脂製スリーブを緊結するナットがある構造のため、ツマミをどうにかして取り除かないことには本体を取り外せないようになっている。つまり、自分の技術では破壊することでしか取り外せないのだった。
ちなみにこのツマミ、シャフトに刺さっているだけだけど、引き抜くのに相当の力を要する。
また、ここの奥まった位置のナットは、ソケットドライバーでアクセスできる。
内部を清掃すれば多少はマシになるかな? と思っていたポテンショメーターもこれでオジャンとなってしまったので、適当に分解して中身だけ見ておく。
東京コスモス電機製の1軸単連形の巻線型可変抵抗器で、「8Ω50dB」とある。
内部はもっとガッツリ錆びついているものだと予想していたけれど、割と綺麗だ。これなら再利用できたかもしれないのに、無念である。
回路図
なにはともあれ基板をすべて取り外せたので、引き続きネットワークを見ていく。
フィルター回路は、オーソドックスな設計となっている。
可変アッテネーターを除けばすべて12dB/octで正相でクロスする、3ウェイシステムのお手本のような回路である。
コンデンサー
また、ツイーター直列のみ、静電容量が小さめのフィルムコンデンサーがあてがわれている。
0.036μFを電解コンデンサーと併用、というのは、どういった意図があるのだろう。音の可聴域のフィルターにしては小さすぎる気がするものの、高音域の回路にのみ搭載しているとなると、やはり音質調整の一環なのだろうか。
銅箔
基板のはんだ面の銅箔は、細いスリットが数本走っている、あまり見かけないもの。
後編へ続く。