オンキヨーの小型スピーカー「D-112ELTD」の音をチューニングしてみた。その所感。
作業はバスレフダクトと吸音材の調整がメインとなる。
素性
2000年代のオンキヨーのスピーカーが手元に届いた。
2005年に登場したフラグシップスピーカー「D-302E」と、その上位モデル「D-312E」の高評価を受け、翌年それらの小型化をコンセプトとした「D-112E」を発売。
さらに翌年、2007年に、D-112Eをベースにリチューンが図られたモデルとして登場したのが、D-112ELTDである。
このスピーカーは、CD/FMチューナーアンプ「CR-D1LTD」と組み合わせることを前提として開発されたらしい。
CR-D1LTDは、2006年に発売された「CR-D1」の高品質化が施されたリファインモデル。
そのCR-D1には、同日発売された「D-D1E」という小型スピーカーが合わさるようだけど、CR-D1LTDではなぜかD-D1EのリファインではなくD-112Eがあてがわれている。
後者の筐体はツートンカラーかつ突板仕上げなので、デザイン的に特別感を出しやすいから抜てきされたのかな、と邪推してしまう。
外観
さて、D-112ELTDを眺めていく。
エンクロージャーはMDF製。特徴的なのは、両サイドが突板仕上げとなっていて、前面だけでなく背面側にもR加工が施されてすぼめられている点。
これにより、横幅が160mm程度の筐体がさらに小さく見え、スマートだ。この形状が音質的にどの程度影響があるのかは不明。
そして、フロント下部にぽっかり空いたバスレフポート。この四角い開口部は「AERO ACOUSTIC DRIVE」と名付けられている。
ドライバーが積まれた筐体とは別パーツで、この上に筐体が乗ると底面部がダクトの上面となり、通気口が形成される。
ただ、初見の印象は「いささか大きすぎやしないか?」だ。経験上、エンクロージャーの一面の面積に対して開口面積が広すぎても、低音はあまり増補されない。ポートの中を覗くと、空洞は背面近くまで続いているのがわかる。共振周波数の計算などは難しくてできないけど、感覚的に高さは半分でもいいよなと思う。
ちなみに、元のモデルのD-112Eは、高さ方向が狭い。D-112ELTDではあえて高くしたようである。どちらかというとD-D1Eに似ている形状なので、CR-D1LTDで鳴らすことを想定したチューンの一環なのだろう。
この振動板はPEN(ポリエチレンナフタレート)というポリエステルの一種を繊維状にしたものを編み込んで作られている。ただ、アラミド繊維とかグラスファイバーなんかもそうだったように、このような繊維を編んで作られた振動板のウーファーって、あまり良い音がする印象がないんだよな。
小さなプリーツのあるエッジはラバー製かと思ったら、よく見るときめの細かいフォームのシートでできているようだ。EVAか、PORONあたりだろうか。合成ゴムフォームなどと呼ばれる発泡ゴムをエッジの素材として使用している例があるようなので、加硫ゴムではないとは言い切れない。
ツイーターは、リング型ツイーターが採用されている。
径の異なるソフトドームのエッジ部のようなものがふたつ、同心円状に並んでいるように見えるけど、じつはこれが振動板らしい。リング状の振動板の外径と内径の中間あたりにボイスコイルが来る構造になっているため、このような見た目をしているようだ。
背面のスピーカーターミナルは、透明樹脂製の六角ナット型キャップを被せたポストだ。
樹脂キャップではあるけど、ネジ部は金属製で、Yラグやケーブル直付けでもしっかり挟みこめそう。
改修前の音
外観上は故障無し。さっそく音を聴いてみる。
アンプは、ヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。スピーカーの底面にコルクスペーサーが付いているので、とりあえず別途インシュレーターは用意しない。
ファーストインプレッションの想像以上に低い音が出ない。音域的には10cmコーンウーファーなら妥当だと思うし、音自体の質感は良い。出せる範囲でしっかり鳴らす感じだ。とはいえ、「そんなでっかい穴用意しといてたったこれだけ?」感はどうしてもある。
中音域は、ある程度の張り出し感はあるものの、音の印象はどちらかというと柔らかめ。ボーカルの定位がきちんとしているのはいいのだけど、そのほかの音が少しガヤガヤしている。そのためか、パース感はほとんど無い。ちょっとルーズな感じ。
高音は、ひずみ感のない伸びやかな音。音質は金属製ツイーターっぽいけど、見たところファブリック系の振動板のようなので、オンキヨー謹製リング型ツイーターの特性なのだろう。センシティブで、細かなニュアンスも拾ってくれる。
しかし、それが裏目に出て、曲調によってはアタックの瞬間などに若干ひずんだように聴こえることもある。アッテネーターを挟みたい気もする。
全体の印象としては、イマイチぱっとしないな、という感じ。音域的なレンジ感はそれほど広くなく、先のとおりパースペクティブでもない。定位がそれなりに良いことくらいか。
致命的な欠点はないけど、なにかに秀でているわけでもない。
あと、能率が低い。インピーダンスが4Ωなので、一定の音量でドライブしようとすれば、場合によってはアンプ側の負荷に注意を払う必要がある。
周波数特性を見てみる。
低音域は、75Hzあたりから下はバッサリ切られている。波形は綺麗で、聴感もそのとおりだと思ういっぽう、公称の周波数レンジの下限50Hzの印象は無い。まあ、ここはメーカーによって閾値が異なるところだから、おかしいものでもない。
逆に、高音域は測定限界まで綺麗に伸びている。特性的にも優秀である。
分解
中身を見てみる。分解は、見えるネジを外すだけである。
ウーファーユニットを固定している六角穴のネジには、径の小さな金属製ワッシャーの下にゴムワッシャーも併用している。ただし、ゴムのほうは硬化しており、ネジを外す際にボロボロと崩れだす。
ツイーターユニットのほうは、いわゆるプラワッシャー。
ワッシャーの材質がユニットによって異なるのは、プレートの材質に合わせているものと思われる。ウーファーは金属製で、ツイーターは樹脂製だ。
各ドライバーユニットの配線は、抜け止め機能のついた平型端子。ただ、いくつかの端子は、なぜか抜け止め用の爪が曲げられており、機能を無効化されている。どうして。
背面のスピーカーターミナルユニットも、固定はプラスネジなのでなんとなしに外そうとしたところ、そのうちのひとつは頭部だけ捩じ切れてしまう。
よく見ると、樹脂製のユニット側もクラックが入っている。締め過ぎである。トルクを無視して電動工具で適当に固定したのだろうか。
オンキヨーのスピーカーによく採用されているモルトフィルターだけど、見てのとおり空孔だらけでスカスカ。はたして吸音材としての効能はどの程度のものなんだろう。吸音より拡散させることを狙っているのかな。このチョイスにはなにかしら理由があるはずだけど、わからない。
いずれにしても、そのうち加水分解でボロボロになるのがわかっているので、これらは音質どうこう以前にすべて交換対象。
底部のバスレフダクトを外す。これも、底面から長めのタッピングネジで固定されているだけだ。
ダクト部は、手触りから樹脂の成型品かと思っていたけど、MDFに塗装をしたもののようだ。
開口部は横幅9.8cm、高さ2.0cm。ダクト長は23cmとなっている。上に乗っかる筐体との接合面に薄手のフェルトが満遍なく貼られている。
ダクトの構造自体はシンプルで、最奥にモルトフィルターが敷かれている程度のものである。
対して、筐体側を見る。背面側に通気口が開いている。
この広い口を見て、意図をなんとなく理解するに至った。この構造は、低音域の増補だけではなく、中高音の響きの調整にも使われているだろうと。むしろ、そちらがメインなんじゃないか。
もしそうであれば、相方のCR-D1LTDと組む以外では、扱いの難しいスピーカーということになりそう。筐体内の共鳴音をも美しく聴かせられるセッティングなんて、できる気がしないし整えたくもない。
とはいえ、中音域のやや煩雑とした感じは、この共鳴音の影響が大きいのかもしれない。ここはひとまず置いておく。
あと、ダクト部の固定用のタッピングネジが筐体側の通気口のそばを貫通している構造のため、筐体側のMDFに亀裂ができてゆがんでしまっている。あまり良い設計をしていない。
どう整備したらいいものかと考えながら、クロスオーバーネットワークを見てみる。ネットワーク基板は、背面にネジ留めされている。
この基板、ドリル孔部に樹脂製のスペーサーを取り付けて、背面のMDFから少し浮かせて固定できるようになっている。こういった部分の処理については、オンキヨーはていねいな印象がある。
ネットワーク回路は、12dB/octを基本とするシンプルなもの。
ツイータードライバーと並列に接続された0.01μFのコンデンサーの存在も、このメーカーのスピーカーではよく見られるもの。おそらくノイズ低減用のデカップリングコンデンサーとして用意しているものと思われる。
コイルはすべて有芯。
ちなみに、シルク印刷で「D-308E/D-308C/D-308M」とあるので、基板自体はそちらから流用しているものと思われる。
各ドライバーも見てみる。
ウーファーユニットは、前面プレートを含め綺麗に塗装された金属製フレームで構成されている。
口径の大きなボイスコイルを採用しているようで、そのためかマグネットの径も大きめ。
また、椀なりの振動板の裏面は、編み込まれた白のPEN繊維ではなく、別の素材となっている。
どうやら薄手の布っぽいもののようだけど、なにが張り合わされているのかは不明。
前面の4つのネジを取り外すと、プレート部とマグネット部を容易に分離できる。
リング型の振動板は、中心部は固定されて動かず、その外周が振動する構造である。このツイーターの場合、砲弾型イコライザーが中心部の固定も兼ねているようだ。
整備
今回手元にあるスピーカーは比較的新しい製品ということもあって、著しい故障部位が無い。ただ、先述のとおり、やはり音質面で気になるところはある。
電気的な部分はなるべく弄らず、筐体側の調整でなんとかならないかやってみることにする。
バスレフダクトの調整(仮)
まずはなんといっても、AERO ACOUSTIC DRIVEことバスレフダクトの調整である。
ダクト内に障壁としてウレタンフォームの切れ端を設け、狭めていく。目標としてはやはり、低音域の増補である。
このスピーカーは、ダクトが外付けというめずらしい構造で着脱が容易なので、トライアルアンドエラーに手間がかからない。様々な形状のダクトを試せる。ダクトの形状を変更したら音を聴き、周波数特性を確認。また変更。この繰り返しを、納得のいくまで続ける。
1時間ほど作業を続け、とりあえずベースとなる形が定まる。
開口部の両端から3cmずつすぼめる。このときの周波数特性は下のとおりとなる。
オリジナルは80Hzを下回ったあたりから下りだすけど、調整後は80Hz前後が少し盛り下がる代わりに55Hz近くまで伸びている。
左右3cmずつすぼめているウレタンフォームは、前面のポートまで伸ばすと共振周波数をさらに低くできるようだけど、正面から見た際の見た目がよろしくないのと、そこまで引き下げることに意義を見出せないため、ダクトの中間付近で留めておく。
ちなみに、背面方向にすぼめてみてもそれほど変化はない。ケンウッドの「S270」がこの方法を採っていたので真っ先に真似してみたのだけど、やっぱり個々の構造に合ったやり方でないとダメなようだ。
試聴を続けていると、このスピーカーの鳴動音は、前方以外のあらゆる方向に広がっていることに気付く。とくに、スピーカーの頭上にガンガン音が回っているようだ。置いたスピーカーの真上、つまり振動板と直角の状態で聴いても、まるで天面にドライバーがあるかのごとく中音域がハッキリと聴こえてくる。音の回折現象というヤツだろう。
それが、バスレフポートをすぼめると面白いほど減少する。どうやら回りこんでいる音はポートからの共鳴音らしい。
ダクト内にウレタンフォームを配置すると、低音域を押し下げると同時に、中音域がやや引っ込む。ダクトから出てくる筐体内の音を遮っていることになるのだから、現象としては当然起こり得る。ただ、自分の耳では、それによって中音域が平面的に、やや単調になるようにも聴こえる。
先のとおり、共鳴音を聴かせることによって音は取っ散らかるのだけど、うまく使えば音に厚みを持たせてリッチに聴かせられるような、プラスに働く面もあるのではないか。メーカーはそのあたりを意識して設計しているのではないか。
中音域の雰囲気をなるべく崩さずに低音域の増補を図る。低音をとるか中音をとるか。そこのバランスということになる。
バスレフダクトの調整はいったんここまでとし、筐体内の吸音材を変更してみてから確定することとする。
スピーカーターミナル
樹脂製キャップのバインディングポストは、分解後に洗浄してそのまま再利用するつもりだったけれど、外観から内部に手を加えていることがわかるように、あえて別のものに交換する。
今回使うのは、三角ナット型の金属製キャップのもの。
ABS製の埋込型ユニットに取り付けるだけ。ただし、そのままではユニット側のネジ孔の径が合わないので、少しだけ拡張してやる必要がある。
内部配線
今回は、クロスオーバーネットワークを弄ることはしないでおく。その代わりに、ケーブルはすべてOFCケーブルに引き換え、グレードを上げておく。
使うのは、BELDENの「STUDIO 708EX」。
取り回しのしやすさ、音の安定性、かつ比較的安価ということで信頼しているケーブルである。
基板にはんだ付けするだけ。
吸音材
筐体内部に配備する新しい吸音材は、ウレタンフォームとフェルトシートにする。
フェルトシートは両面テープ付きの6mm厚、ウレタンフォームはイノアックのカラーフォームで、10mm厚と20mm厚を用意。それぞれ切り出す。
基本は10mm厚のウレタンフォームを使用し、既存のモルトフィルターと同じ配置で接着していく。ただし、底面部をフェルトシート、天面部を20mm厚のウレタンフォームに切り替えて、少し変化をつけてみる。
天面と背面の吸音材を貼りつける前に、ネットワーク基板を取り付けておく。
基板を基の位置に乗せる際、事前に樹脂製スペーサーの4つの小さな爪の状態を確認する。基板を取り外す際に爪が曲がって、基板のドリル孔に嵌らないことがある。それを知らずに基板を無理やり押し込んだら、端が割れてしまった。
ちなみに、ウレタンフォームの接着はG10。納豆のように糸を引くので、余計な箇所に付かないよう慎重に作業する。
ひととおり貼り終え、音を測定してみると、中音域の特定の周波数に妙なディップが出ている。再度分解し、吸音材を見直す。
バスレフダクトの調整(確定)
そして、保留にしていたバスレフダクトの最終調整を行う。
実際、筐体内の吸音材の変更により、それなりに音に締りが出ていることがわかっている。それを踏まえ、中音域の響きをある程度保ちながら、低音方向のレンジを拡張することを目標とする。
とはいえ、ウレタンフォームの配置は事前にある程度定めてあるので、そこからほとんど変化は無い。
ポートのすぼめ方は、仮置きしたときとほぼ同等。筐体底面の通気口付近の2枚のウレタンフォームは、音がややデッドになりすぎてしまうと感じたため、ダクトの最奥に1枚敷くのみにする。
改修後の音
最終的な周波数特性は、下のとおり。
聴感では、低音の量感が少し減り、安定感が増す形だ。だからといって、唸るような低音はもちろん出てこないわけだけれども、整備前よりもずいぶんマシになっている。
奥行き方向の立体感がないのは変わらずだけど、中音域のモヤモヤしていたものがだいぶ晴れて、張りが出ている。柔らかい音だなと思っていたのも、ダクトからの共鳴音がマスクしてそう聴こえていたのかもしれない。
なるべく特徴を殺さず、ステレオスピーカーとして聴きやすいものにするとなると、このあたりに落ち着くのではないか。
まとめ
本来であれば、ネットワーク回路の調整も併せて実施して総合的なリファインとするのだろうけど、今回はそこまで手を回す気力が無かった。バスレフダクトの調整に長時間費やし、それだけで疲れてしまったのだ。
インターネット上の情報で知る限り、2台一組6万円という決して安くはない価格でありながら、継続的に売れた製品と見受けられる。
ただ、整備していて終始感じたのは、やはりCR-D1LTDに繋がれることを想定したチューニングが成されているんだろうということだ。CR-D1LTDを実際に使用したことがないのであまり踏みこめないけれど、能率の低さやドライバーどうしのバランスの悪さなど、ほかのスピーカーと比べるとどうしても扱いにくいのは確か。
小型でデスクトップに置きやすく、デザインも洗練されてカッコいいのに、ちょっともったいないな。
ちゃんと鳴らすには相性の良いアンプと、柔軟に変更できる設置環境の用意が必要な、上級者向けのスピーカーだと思う。
終。