いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

TANNOY Mercury F1 をチューンアップする

タンノイのブックシェルフ型スピーカー「Mercury F1」が手に入った。主にネットワークに調整を入れて、音を少しチューンしてみた。その所感。

 

マーキュリーの系譜

個人的に懐かしいスピーカーが手元に届く。タンノイの「Mercury」シリーズより、「Mercury F1」というブックシェルフ型のパッシブスピーカー。

TANNOY Mercury F1
以前、次期モデル「Mercury F1 Custom」を所持していたことがある。手ごろな値段でありながら上位機種にせまる音色、あまり見かけない明るい色調の木目調仕上げ、タンノイという老舗ブランドの名を冠する安価でカジュアルな機種という物珍しさに惹かれた。

前面ネットを付けた姿
また、当時の自分はフロントバスレフ至上主義だったこともあって、F1 Customがまさにピッタリとハマったのだった。時系列としてはQUADの「11L」のあとに購入したのだと思うから、たぶん11Lの低音に満足できなかったのだろう。今はそんなことないんだけど。

バスレフポートにはウレタンセルフォームのプラグが付く
今回入手したのは、その元となるモデル。F1 Customはいずれまた手に入れるつもりでいるけど、それより先に無印F1とのご縁ができた。どんな音がするのだろうか。
 

外観

前面バッフル下部に樹脂製のバスレフポートがある。その上にウーファー、ツイーターが縦軸上に並ぶ。

寝かしてみる
エンクロージャーの仕上げは、背面を含めて木目調のPVC仕上げ。かなりホワイトに寄った明るいトーンのブラウンで、オーディオ機器としてはめずらしいカラーリングだ。

この色合い、意外と需要あるんじゃないかな
表層の触覚はいかにもビニール調なのだけど、杢目が複雑でリアルに寄っており、チープな印象はあまりないのがグッド。

よく見ると薄っすら虎杢みたいな模様もある
ウーファーは振動板のセンターキャップにシートを使った皿状のコーンで、エッジはゴム製。指で押してみた印象のストロークは、柔らかすぎず硬すぎずといった感じ。

明るいバッフルに対して黒一色なので浮く
ツイーターはソフトドーム。ウレタンコーティングされているようで、それが劣化して表面にクラックが現れているけれど、パリパリにはなっておらず、そこそこ良い状態が保たれているようだ。

このくらいだと補修は要らないかな
背面には埋込ボックス型のコネクターユニットとラベルシート。背面までしっかりシート仕上げなのが好印象。

側面と背面
 

備前の音

出音を聞いてみる。アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。このスピーカーは本体にインピーダンスの表記がない。インターネットによると8Ωらしいので、アンプ側もその設定で接続する。
F1 Customが20年近く前なので、当時の印象などとうに忘れているのだけど、そうだとしても自分がイメージしていた音とは離れているな、という感想だ。
バスレフダクトのプラグは無いほうがバランスがとれているので、基本はバスレフダクトは開放状態で試聴を続ける。
 
全体的に柔らかい雰囲気だけど、定位が曖昧でモゴモゴモヤモヤしているのが気になる。音場が後方で展開するようだ。特に中音は顕著で、ボーカルが遠い場所から聴こえてくる。
高音はそこそこ伸びているものの、こちらもやや大人しく、特徴が無い。あえて抑えているようにも感じるけど、もう少し主張が欲しい。ウーファーとの繋がりは自然。
低音も同じようなイメージで、伸びるものの迫力は抑えられていて軽い。ただ、こちらは横幅200mm未満のブックシェルフ型としては相応の音という感じ。
 
エネルギーのバランスとしては綺麗に分散していて突っ張った部分が無く、無難にそつなく往なしている印象はある。制動の効いた、言ってみれば"オーディオ的"な鳴らしかたで、決して悪いものではない。とはいえ、中音が後ろのほうに居るわりに低音は手前側で聴こえてきたりと、若干ちぐはぐな部分もある。

良く言えば「マイルド」。悪く言えば「眠い音」
「アレ? こんな音だっけ?」となっている。このスピーカーの前に鳴らしていたのがJBLだったので、その音に脳が引っ張られているところもあるだろうけど、それにしてもかつて感動した音とは程遠い。
こんなもんなのか?

周波数特性(プラグあり)

周波数特性(プラグ無し)

上図の元波形
周波数特性も、聴感と一致する。なだらかな稜線のカマボコに見えなくもないけど、1kHzから2kHzのあいだにある谷の形状が気にならないこともない。
うーん……。

バスレフポートのプラグ有無による波形の違い(500Hz以下)
 

内部

ウーファーの固定

内部を見ていく。
各ユニットの取外しは、ウーファーは六角穴のネジを外すだけのようだけどツイーターが現状わからない。とりあえずウーファーから。
ウーファー孔を覗くと、パーティクルボード製の、わりとしっかりした梁が鎮座している。

側面を叩くとなにやら硬そうな音がすると思ったらコレか
これはウーファーの真後ろの空間を横切っており、これ自体がウーファーのマグネットカバーに接触するようになっているようだ。マグネットカバーには、中心部に小さなフォームシートが貼りつけられており、それが"受け"となっている。

ちなみに、剥がしても貫通孔はない
梁はひとまず置いておいて、ツイーターが外れるかを確認する。
 

ツイーターの固定

以前同じタンノイの「mXR-M」というスピーカーのツイーターユニットと似たような形状をしているため、おそらくはバッフル板に接着だろうと予想。ただ、試しにプレートの端部を持ち上げてみると、ちょっとだけ浮き上がる。

樹脂製のスクレーパーでゆっくりと持ち上げる

このくらいまでならわりと簡単に浮かすことができる
これは背面側から押し出せばイケるか? と希望が見えるも、上記写真の位置からビクともしなくなる。この時点でなにかイヤな予感がしたので、やはり当初の心算のとおり、ツイーターユニットは弄らないこととする。
 

エンクロージャー内部

先にも少し見たとおり、バスレフ型エンクロージャーにしてはめずらしく、内部に吸音材がギッシリ詰まっている。

空間中心部のものは、固定されておらず詰められているだけ
エステルウールを取り出すと、件の梁の全身が確認できる。両側面に渡っているものと思ったら、背面の板材に嵌められるように固定されて、側面はその支持をしている感じだ。

凝った形状のパーティクルボード
パーティクルボードの形状も独特で、梁というよりは孔の開いた仕切り板が近い。ウーファーユニットの振動を板材に分散しつつ、筐体の補強も成すのだろう。構造も含め、エントリークラスのスピーカーでこの仕様にしてあるのはスゴイ。
 

前面バッフル

前面ネットのダボを挿しこむゴム製ブッシングをほじくり出すと、前面バッフルを固定していると思しきネジが出てくる。

お、いけるか?
ひょっとすると、パイオニアの「S-CN301」みたいに、これを外せばバッフルが分離できるかな、と期待するも、筐体と接着剤でガッツリ固定されており、これだけでは無理。素直に諦める。

というか、S-CN301の仕様がめずらしいんだよな……
 

ウーファーユニット

ウーファーを見る。

ウーファー。CR130070-02
おそらくABSのフレームに、狭いフランジ部、振動板の素材の質感など、以前デノン製スピーカーのいくつかで採用されているのを見かけたPEERLESS製ドライバーに雰囲気が似ている気がする。しかし外観からはわからない。

ABS製は、やっぱり不安になるな
振動板は、樹脂製のようにも、紙になにかをコーティングしているようにも見える。おそらくは後者。

振動板拡大
とりわけフレーム周りは、先日手入れしたデノンの「SC-ME2」にそっくり。こちらはアーム部が6本、ケーブルターミナル部も折れにくい構造だったりと、多少はガッチリしていそうだけど、それでもやや頼りない。ABS一体成形のフレーム、量産もしやすいだろうしコストも割安なんだろうな。
 

ディバイディングネットワーク

ディバイディングネットワークは、例によってコネクターユニットに背負われている。

ネクターユニットのネジは、対辺2.5mmの六角穴
はんだ面にアキシャルのフィルムコンデンサーがハンモックのようにくっついており、そのスペースの確保のため基板はやや長めのスタッドに固定されている。mXR-Mと同じく、こちらもELYTONE製だろう。

ネットワーク基板
基板のシルク印刷で、「FUSION 1」の文字を見つける。

「FUSION 1」の印字
もしかしてF1の"F"はFUSIONの略なのか? と思ってインターネットにお尋ねすると、そもそも発売当初は「FUSION」シリーズと称していたものの、権利関係のゴタゴタであとから「MERCURY F」に名称を変更した経緯があるらしいのだった。
これはその名残というわけか。

ネットワーク回路図
聴感でも感じ取れたとおり、ウーファー側の音が高めの音をけっこう削っていて、ツイーター側である程度の帯域を担わせるような構成。回路としてはオーソドックスだけど、ツイーターのHPFである18dB/octのコンデンサーが容量がそこそこの大きさなのに対して、並列の空芯コイルが0.1mHという小さなものを採用しているのがちょっと意外だ。このコイルが再生帯域を狭めているようだ。どうせアッテネーターを挟むのなら、倍でもいい気がする。
 
LPFには、ユニット並列で0.22Ωというのがある。ずいぶんと細かい調整をしたものだなと思ったものの、なんらかの調整用として試験的に付けていたものがたまたま撤去されずに残っただけのようにも見える。
 

整備

今回は、ディバイディングネットワークの調整と吸音材の変更を行う。
本来なら、リニューアルモデルのF1 Customに寄せたものにしたいのだけど、資料も現物も無くわからないのでおあずけ。とりあえずは、気になる音の"中抜け感"を、フィルター回路の構成を見直して不自然にならない程度に改善したいというのが主題だ。
また、吸音材のウールについて、片方がバスレフダクトの内側のポートを半分ほど塞ぐようになっており、もう片方はそうなっていない。

たぶん、メーカー側はあまり気にしない部分なんだと思う
これも現状どちらが正しい配置なのかわからないので、自分の裁量で揃えてしまうことにする。
 

ディバイディングネットワークの調整

ツイーターはネオジウムマグネットとソフトドームの組み合わせで、見たところ特殊なものでもなさそう。あまり低い音は出せないような気がするので、無難に6.8μFのコンデンサーを4.7μFに引き下げ、代わりにコイルを0.2mHくらいに積み増してみるところから始めたいところ。しかし、空芯コイルが手持ちに無く、取り寄せるにしてもけっこうなお値段、しかも固定する場所も考えて構築しなければならず手間。よって、今回はコイルは弄らず、コンデンサーと抵抗器だけでなんとかする。
シミュレーションも併用して組んでみた回路が、下の図。

整備後のネットワーク回路図
HPF一次側のメーカー不詳のフィルムコンデンサーは撤去、新たにニチコン電解コンデンサー「UES」シリーズとPETフィルムコンデンサーの併用にする。あえてケミコンを使うことで、中音に色を付ける狙いだ。また、1.5Ωの直列で繋がれた抵抗は、15Ωの並列に変更する。
LPF側は、オリジナルとほぼそのまま。インピーダンス特性を調整するために、多少定数を弄っている程度だ。

接着剤の付いたパーツを上手く取り除く方法はないものか……

10Ωのセメント抵抗は、既存を測定用に取り除いたためその新調用
オリジナルの基板を再利用するので、オリジナルと同じように一部ははんだ面にも実装することになる。

というか、実装面に載りきらないので
ケーブルは再利用だけど、ツイーター用のケーブルはコネクターユニットを取り外すさいに切断しているため、基板に付け直さなければならない。新たに設ける並列の抵抗器をはんだ付けするのにケーブル用のホールを利用するのが都合が良いので、ツイーターのケーブルのはんだ付けは別のホールを利用することになる。

ここから接着剤塗布
ついでに、着脱できるようにケーブルには平形端子を設けておく。

ツイーターから来るケーブル
 

吸音材の変更

吸音材は、エンクロージャーの体積の上半分は既存のまま。
いっぽう下半分はいったんすべて取り除き、底面に「固綿シート」を敷く。

本来の用途にいちども使ったことがない固綿シート
固綿シートは、バスレフダクトの延長上を避けるような位置に接着する。

結局、バスレフポートは塞がないかたちにする
両側面と背面側にかけてコの字になるように、既存のエステルウールを張り直す。

もちろん、板材に接着している
底面には固綿シートがあるため、ウールを詰めてもバスレフポートに物理的に掛かることがない状態になっている。
 

そのほか細かいこと

梁には、ウーファーのマグネットカバーが当たる位置に0.5mm厚のゴムシートを貼りつけておく。

もう少し厚いものでもよかったかもしれない
これは、梁とウーファー接触してはいるものの、梁側にたいしたテンションがかかっているようには見えず、支持材としての効能が薄いように感じたためだ。
ただし、ウーファーのフレームが樹脂製のため、あまり荷重をかけ続けるのもフレーム側を傷めそうで怖い。気持ち程度で良しとする。
 
バインディングポストは、調整済みのディバイディングネットワーク基板を固定する前に分解洗浄。

薄めた酸性洗剤で軽く擦る
また、前面バッフルのゴム製ブッシングも劣化して白くなっていたので、ラバープロテクタントを塗っておく。

本来なら、ブッシングを引き抜く前にやっておくべきだった

左が塗布後
 

整備後の音

内部を諸々調整したあとは、思惑どおりの音に変化している。ツイーターの出音が必要以上にひずまないか心配だったけれど、ニチコンのUESがわりとフィルムコンデンサーに近い音質なのもあって、なかなかに滑らか。良い具合に高めの中音が主張してくれている。特に金属音の響きかたがリアルになっているのが良い。

整備後の姿
ただし、これよりも静電容量を大きくするとひずみ始めるので、コイルを弄らない条件での調整はここが限界だろう。
 
それ以外については、整備前の印象と変わらない。中音が聞こえてくるようになって音場の展開が多少手前に寄ってきてはいるものの、靄がかかったような雰囲気は残っている。

周波数特性(整備後、プラグあり)

周波数特性(整備後、プラグ無し)

上図の元波形

備前後の周波数特性比較(プラグあり)

備前後の周波数特性比較(プラグ無し)
周波数特性も、大きくは変わっていない。高めの中音から上に若干の変化があるけど、やはり0.1mHのコイルが支配的なのか、静電容量が大きく異なってもそこまで差が顕れないようだ。

インピーダンス特性(整備後)
 

まとめ

想定していた音とは異なっていたのはちょっと残念ではあるけれど、ある程度聴ける音になったので、そこはよかった。

メインスピーカーに据えている
ただ、音の性格が発売時期が近いQUADの11Lと同じであり、11Lをスケールダウンしたような感じだから、クラスとしては少し上の11Lを所有しているならそちらを使うよな、となってしまう。中古で価格が下がっているとはいえ、タンノイのスピーカーはどれもそれほどお値打ちというわけでもないし、それなら少し予算を増額して11Lを候補に含めちゃおう、となる。

やっぱり、次期モデルを入手してみないとな
とはいえ、コストパフォーマンスが良いスピーカーなのは間違いないだろうと思う。当時は新品ペアが3万円台で購入できたスピーカーで、これだけオーディオ的な音を醸すのだから、たいしたものだ。
 
終。