JBLの小型ブックシェルフ型スピーカー「4310H」を入手したので、少しだけ整備してみた。その所感。よく似たスピーカー「SV50S」との比較を中心にまとめる。
安価な"コンパクトモニター"
今まであまり食指が動かなかったスピーカーが、手元に届いた。JBLの「4310H」という、ブックシェルフ型のパッシブスピーカー。
これも資料が手元に無いので、インターネットにお尋ねすると、2003年発売の製品らしい。型番からして1970年代の「4310」となにか関係があるのかと思っていたけど、よくわからない。
かなり前から存在は知っていたけど、そこまで音を聞いてみたいとはならなかった。それは、同じサイズ感の「4312M II」、ユニットの外観までそっくりな「SV50S」をすでに入手済みで、そこまで目新しさは無いだろうと思っていたから。
某フリマサイトでたまたま見つけて思わず札を入れてしまったけれど、そんなに安いわけでもなかったし、ちょっと後悔している。
でもまあ、悪いものでもなかろう、ということで見ていく。
外観
その上のツイーターは、ホーンプレートを備える。SV50Sのものとよく似ていて、そちらと同じでおそらくドーム型振動板のツイーターだろう。
SV50Sと異なるのは、前面下部にツイーター用のアッテネーターを備えること。
ここの樹脂製のツマミは4312M IIと同じで、切り替えるさいの動作が硬いわりに表面がツルツル滑って指先でつまみにくく、扱いにくい。『COMPACT MONITOR』を称しているものには、このようなアッテネーターを設けるのがブランドの常例なのだろうか。
前面バッフルの底面寄りに、バスレフポートがふたつある。これはJBLのみならず、この体積のスピーカーではややめずらしい仕様だ。
背面にあるコネクターユニットは、近代ではよく見かける凡庸な埋込ボックス型。
ただし、妙に底面に寄った位置にある。バスレフポートは前面側だし、背面にはほかになにも無いにもかかわらず寄せているのは、なにか意図があるのだろうか。
そしてこの個体、手元に届いたときから外観が全体的にテカテカしている。
前オーナーがワックスと称してなにかを塗っているらしい。その状態は後述。
整備前の音
音を聞いてみる。アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
傾向としては、やはりSV50Sと似ている。中音が張っていて、2ウェイにしては音域的なレンジ感は狭く、フルレンジ的な音に近い雰囲気。これは、あえてこういったチューンなんだろうと思う。現代のスピーカーとは趣が明らかに異なる。
ただし、フロントバスレフのためか、低音はSV50Sよりかはしっかりと聞こえてくる。量感もほどほどで、音がよく伸びている。ステレオの2chスピーカーシステムとして捉える場合、こちらのほうが明らかに安定して聴ける。
突っ張った中音はバシバシ音を投げつけてくる感じで、能率感がある。だけどヌケ感がイマイチなのもやっぱり同じで、得てして音が表面的になりがち。高音もややジャリジャリしていて、明度が低い。
好みの分かれそうな音だ。現代的なワイドレンジや豊かなパースペクティブを求めるものではないのは間違いないだろう。このスピーカーの個性を聴く側が気に入るかどうかだと思う。
周波数特性を見ても、低音の特性に違いがみられるほかは、SV50Sと同じ傾向だ。
ツイーターのアッテネーターは、基本的にはツマミを右に傾けたHighの状態がバランスが良いけれど、ナレーションにおいてサ行が気になる場合があるので、真ん中のMidでもいいと思う。
内部
エンクロージャー内部を見ていく。
アッテネーター部
4312M IIでは、アッテネーターのツマミの真裏にディバイディングネットワークの基板が括りつけられている状態だったので、おそらくこちらも同じ構造になっているだろう。ただ、先述した背面のコネクターユニットの位置も気になり、ひょっとするとほかのスピーカーと同じように、コネクターユニットに背負われている可能性もあるかと思い、まずはコネクター側を見てみる。
なにも無いことを確認したら、前面側に戻り、アッテネーター周辺のプレートを外すことを試みる。
今回入手した個体は、前オーナーがなにやら薬剤を外装全体に塗っており、奇妙な臭いとともに表層がヌルヌルベタベタしている。その影響か、両面テープでくっついているプレートの粘着力がほぼ無くなっており、シールはがし用の小さなヘラを滑りこませたところ簡単に剥がれてしまった。
ちなみに、前面バッフルのPVCシートは、ほぼ全面接着が切れて浮いている。もともと剥がれやすい構造であるところ、謎の薬剤によってPVCがふやけて、粘着も溶けたようだ。前面ネットを固定する面ファスナーが打ちつけられている四隅は無事で、完全に剥がれ落ちずにぱっと見は原形を維持しているのが幸い。
PVCにワックスを塗るという行為をなぜするのか、しばらくよくわからなかった。自分でも幾度か試してみたものの、このスピーカーのように表面がヌルヌルして持ちづらくなったり、指紋が残って汚らしくなったりするばかりで、メリットらしいメリットが無い。
それでもなぜか実施する人間がいることが解せなかったのだけど、どうやら自動車の内装にそういったことをする風習みたいなものがあるようで、そのノリをスピーカーに持ちこんでいるようだ、ということに気づいた。ツヤを出したいらしい。
なるほど。
ぜひ、やめてほしい。
それでもやるなら、手放す前にちゃんと剥がして原状復旧してから放流してほしい。
プレートの裏に隠れているネジを外せば、ロータリースイッチとディバイディングネットワークの基板が一体になったパーツがゴトリと外れる。
ネジ
ウーファーを固定しているタッピングネジが、ずいぶんと小さい。
ただ、バッフルの板厚がザグリ部分で約6mmと薄く、これでも十分ということのようだ。
ツイーター
ホーンプレートの付いたツイーターユニットは、SV50Sと品番が同じで、おそらく同じもの。
4Ω。ギャップ内に磁性流体がたっぷり仕込まれている。
ウーファー
アルミダイキャストフレームで、それなりの質量がある。それを4つの小さなネジでバッフルに緊結するのは、やっぱりちょっと心許ない。
ホワイトコーンは黄ばみ、センターキャップは濃いグレーが退色している。
ディバイディングネットワーク
ディバイディングネットワークは、ウーファーは基板をとおらず、バインディングポストと直結されたフィルターレス。ツイーターのHPFは18dB/octで、そのあとに直列に接続されたセメント抵抗をロータリースイッチにより選択する。
ここもHF回路のアッテネーター以外はSV50Sと一緒。
こうしてみると、どうやらSV50Sはこの4310Hをベースにした製品のように思えてくる。
エンクロージャー
最後に筐体内部。
エンクロージャーはMDF製。両側面と天面にかけてコの字型にカサカサした化繊のウールが吸音材として接着されている。
ウールの量が意外と少ないんだな、という印象。といっても、国内メーカー品よりは詰められている。
コネクターユニットの位置が底面に寄っているのは、基板との距離を最小限に留めたかったこと以外に理由が思いあたらない。
整備
ほかのJBLのスピーカーでの経験から、電解コンデンサーを適当なフィルムコンデンサーに変えるだけでもヌケ感が大幅に改善されて気持ちの良い音になると踏んで、こちらでもHPFのフィルムコンデンサー化を行う。あとは、外観の調整をするのみ。
ディバイディングネットワークの調整
また、その手前の6Ωの大きなセメント抵抗も変えてしまう。同じくJantzenAudioの無誘導巻酸化金属皮膜抵抗。6Ω単品が無いので、15Ωと10Ωを並列にして作る。後段の15μFのコンデンサーと抵抗器は、とりあえずそのままとする。
新しい抵抗器のリードと既存のホールの位置が合わない。ちょうどいい位置のホールがバインディングポストからのケーブルの接続点なので、それを利用。
ケーブルは別の位置にはんだ付けする。
ツマミの交換
数年前、4312Mの整備用に仕入れてそのまま忘れられていたアルミ削り出しのツマミを、このスピーカーに使ってしまうことにする。
取り換えたところで前面ネットに隠れてしまう部分だけど、これだけでも所有感がグッと増す。また、こちらはオリジナルのようなテーパーが無く、かつローレット付きなので摘まんださいに指先が滑りにくい。操作の面でも向上するので、個人的にはなるべくやっておきたいところ。
六角レンチで付属のイモネジを回してシャフトに固定するだけ。目盛りの向きと、シャフトの挿入深度の調整をするくらい。
そのほか細かいこと
薬剤の除去
エンクロージャー側の整備に入る前に、可能なかぎり外装を掃除しておく。筐体を掴むとヌルヌルして危険だし、なにより気持ち悪いため。
弱アルカリ洗剤とアルコールでひたすら拭く。
表層が若干溶けているのか、完全に落としきれないもののだいぶマシになる。
吸音材の追加
筐体内背面側に「固綿シート」を接着する。
本来は現状なにも無い底面に設けたかったものだけど、このスピーカーは底面側にネットワーク基板とバスレフダクト、コネクターユニットがまとまっていて固定するスペースを確保しづらいため、代替策として背面に配置している。中途半端な量なのは、先日の整備の余りを使っているから。
パッキンの新設
ウーファーユニット固定用のパッキンとして、曲線用マスキングテープをバッフル側に貼っていく。
既存のパッキンはかなり少量で、あまり用を成しているように見えないため、追加で設けている。この措置は、意外と音に影響が出ることが最近わかったので、積極的に取り入れている。
なお、ツイーターユニットにはパネルの前面にしっかりとフォームシートが貼られているので、そのままとする。
整備後の音
組み上げて音を聞いてみる。高音の改善は感じられるものの、あともうひと息かな、とも思う。
周波数特性を見ると、整備前に高音域に現れていた谷がやや浅くなっている。ウーファーはフィルターレスかつHPFの定数も弄っていないので、ふたつのドライバーどうしの繋がりが改善されたものと思われる。ただ、その要因は複数のようで、イマイチ特定できない。
まとめ
現代的な音に飽きたとき、気分転換のような感じでこのスピーカーに切り替えてみるのもいいかもな、と思った。
最近聴いているOfficial髭男dismのアルバム「Rejoice」は、ほかのスピーカーだと音場が広がりすぎるためかニュアンスが全体的に潰れてしまい安定した音にならないのだけど、このスピーカーは相性が良いようで、すべてをまとめて中心に集めてエネルギーの塊として放出するような鳴りかたで、楽しく聴ける。
あまり細かいことを考えず音圧で押し切る感じの、明け透けに言えば古臭い雰囲気の音のほうが良い結果になる典型だったりする。
このスピーカーの音に慣れると、ほかのスピーカーの音に物足りなさを感じるかもしれない。
終。