ダイヤトーンのブックシェルフ型スピーカー「DS-500」を入手した。その所感。
"ヒストリー"シリーズ
1980年代後半に登場したダイヤトーンのパッシブスピーカーシステム。このDS-500は、「DS-300」とともに若年層向けのカジュアルなブックシェルフ型スピーカーとして生まれたようだ。
若年層といっても、当時のリーフレットの紹介文を見てみると、20歳から上の若い就労層をターゲットにしたような印象を受ける。「スピーカーは生活雑貨」であることを謳いながら、オーディオとして本格的な仕様を注ぎこんだものらしい。「ヒストリー」と銘打たれているのは、過去のノウハウを注ぎこんだもの、という意味合いだろう。
ただ、カジュアルといってもそこは1980年代。横幅230mm、一本あたり10kg近い重量をほこりながら、当時の風潮では小型ブックシェルフスピーカーの部類となる。"ブックシェルフ"とは、"小型"とは、"生活雑貨"とは、という気持ちになってくる。価格もペアで9万円以上。
とはいえ、国内ではいわゆる「598戦争」が落ち着いて、反動からか良質な製品が排出されていた時期でもある。佇まいからして質感の良さが伝わってくることも確か。需要はさておき、本格的に"オーディオ沼"に浸かりたい場合の足掛かりとして良さそうな感じ。
外観
前面バッフルのみ天然木が採用されている。表層にスプルースが張られたランバーコアらしい。
全面木目調のクラシカルな外観に、青みがかったグレーの振動板が印象的。これは液晶ポリマー(LCP:Liquid Crystal Polymer)と呼ばれる樹脂の一種らしい。
射出成型すると出てくるのか、コーンに放射状の縞模様が浮かんでいるのが独特である。
また、このLCPをツイーターのドームにも採用していて、振動板の材質を統一しているのも特徴。メーカーはこれを「等音速2ウェイ」と呼んでいる。
前面と背面以外は、古いオーク材のような杢目のハッキリ描かれたPVCシート仕上げ。
全体的にタバコのヤニで薄汚れていて、この状態は本来の色味ではないのかもしれない。鼻が曲がるような臭いもある。
背面はブラックで塗装されている。バックパネルはネジ留めされており、開閉可能のようだ。
コネクターユニットは埋込ボックス型で、樹脂製キャップのネジ式のポストが付いたもの。バナナプラグは刺さらない。
ややユニークなのは、接続するケーブルの先端をポストの9時方向と3時方向に挿し入れるようになっている点。
たぶん初めて見る仕様だけど、考えてみれば裸のケーブルであればこのほうが挿しこみやすいのかもしれない。差し入れる穴が目視しやすいからだ。
改修前の音
ほぼ固着しているに等しいウーファーの振動板のまま、あまり音を出したくない。音のバランスだけ確認して、さっさと整備に進んでしまうことにする。
アンプは、TEACのプリメインアンプ「A-H01」。
高音には煌びやかさがある。ただ、能率感は思っていたほど無い。ウーファーの改善でどの程度回復するだろうか。
一応周波数特性も見ておく。
低音は、10cm径のドライバーのような稜線になっている。いくら密閉型筐体といえど、目の前にあるのは18cmコーン。さすがにもっと下まで出ていてほしい。
高音域は右肩下がりとなっている。本来低音がどの程度鳴ってくれるのかまだわからないけど、バランスとしてはいわゆる"カマボコ"の特性に近いのかもしれない。しかし、高音自体はこの特性以上に出ている感じがある。質感も自然で伸びやか。17kHzあたりをピークに凸があるけど、気にならない程度だろう。
分解
内部を見ていく。
バックパネル
前面にネジ頭が見当たらないので、開封可能な背面からアクセスする。バインド頭のタッピングネジ10本を外す。
バックパネルは特に固着していることもなく、あっさり外れる。
パネル裏にディバイディングネットワーク一式が固定されており、各ドライバーにケーブルが延びている。
ドライバーユニットの結線は平型端子。バックパネルを完全に分離するために外そうとすると、ウーファー側は問題ないものの、ツイーターは端子が前面バッフルの開口部ギリギリに収まる位置にあり、そのままでは指が入らず引っこ抜けない。
ケーブルを切断するか、のちに見ていくようにいったんツイーターユニットをバッフルから取り外すなどの対処が無難だろう。
筐体を構成するのは、前面以外は厚み17mm弱のパーティクルボードのようだ。
前面バッフル
ウーファーユニットは、4点のナットとイモネジで緊結されている。スプリングワッシャーとバッフルのあいだにある硬貨大のスペーサーは銅製。ここは鋼鉄製でもいい気がするけど、なにか拘りがあるのだろうか。
開口部を見ると、ランバーコアであることがわかる。厚みは約20mm。
ツイーターは、内部に鋼板を折り曲げた部材をバッフルに固定、そこにバッフル前方からマグネット部を押しつける形で固定している。
ただ、結局は前面バッフルに緊結する形であるため厳密にはミッドシップマウントではなく、この方法を取ることのベネフィットをイマイチつかめない。振動対策だろうか。
緊結しているのは、対辺5mmの六角穴付きボルト一本。
ちなみに、ここのワッシャーも銅製が採用されている。
ウーファー
ウーファーユニットは、アルミダイキャスト製フレームに組まれた防磁型。
構造こそなんの変哲もないものの、ランバーコア製バッフルとのコンビネーションであることで、安定したドライブをしてくれそうな印象はある。
フランジ部のバッフルとの接触面には、よく採用されるフォームシートのほか、同形状のコルクシートも用意されていて二重構造となっている。
また、ファーストインプレッションでは塗装だと思っていたフランジ部の黒い部分は、よく見ると別パーツとなっていて分離可能のようだ。ウーファーのエッジを張り替えるさいには取り外すことになるのだろう。
そのエッジは、やはり裏面になにかが塗られている。
パリパリと剥がせるといいなと思っていたけど、古い油のようなこびりつきかたをしている。さて、どうしたものか。
ツイーター
いっぽうツイーター。マグネットがやや大きめで、けっこう下まで鳴ってくれそうな雰囲気。
こちらもアルミダイキャスト製。前面のグリルネットは接着剤でしっかり固定されている。その内側にはリング状のフェルトが見える。
また、マグネットカバーの周りにいろいろ貼られている。鋼板の部材に緊結する面はフェルト、カバー側面には布製のテープのようなものが巻かれている。
これ、ラベルが布テープの上から貼られている。カバーの外周にグルリと巻かれたこのテープも含めて設計されたユニットのようだ。これも制振を狙っているものと思われる。
ユニット自体の固定方法しかり、なんとなくウーファー以上に振動の対策に気を遣っている印象を受ける。
写真のとおり、マグネットカバーもフランジ部とガッチリ接着されていて、開封には難儀しそう。今回は用事がないのでやらない。
配線
バックパネル側を見る。ニードルフェルトの上にディバイディングネットワークが固定されている。
フェルトに隠れて見えないけれど、ネットワーク回路とコネクターユニットのあいだには、筐体内の反響音を分散させるためと思しき桟のような板材があり、ネジで固定されている。
配線類の結線はすべて圧着によるもの。コネクターユニットのポストのシャフト部までリングスリーブによる圧着である。
とにかくソルダーレス、導通部には余計なものを排除しておきたい、ということのようだ。ここにもメーカーのポリシーが垣間見える。
ネットワークからツイーターに渡っている白と灰色のケーブル以外は、「OFC」の印字を確認できる。
ディバイディングネットワーク
パーツどうしもPCBを利用せず、すべて圧着による直結。
ふたつのコイルの方向性を確保するため、わざわざ木片を用意して、そこにいっぽうのコイルを抱かせるようにして固定している。この措置も初めて見る。
「積層オリエントコア」なるものを採用したコアコイルらしい。低域側と高域側両方にこのコイルが採用されている。ボビン型のコイルでも事足りるように思うけど、メーカーが謳う"ピュアネットワーク"を構築するうえでこのパーツは外せないようだ。
ネットワーク回路自体は、シンプルである。
-12dB/octをベースとして、高域側にアッテネータを設けて出力の調整をしているもの。
高域側の回路にある6.8μFと0.62mHの定数から察するに、やはりツイーターはけっこう下の周波数帯域までドライブできるようだ。なお、クロスオーバー周波数は公称で2kHzとなっている。
吸音材
天面と両側面、それと前面バッフルのウーファーとツイーターのあいだのスペースに流れている桟にニードルフェルトが張られている。底面部は前面側にウール、背面側にニードルフェルトと二種類があり、それぞれ折り畳まれた状態で固定されている。
また、ツイーターの背後には、柔らかめのニードルフェルトがマグネットを覆い隠すような形で張られている。
天面部と底面部には、ドライバー固定用に円形に繰りぬかれたバッフルの端材が固定されている。
整備
今回はとりあえず、動きの鈍いウーファーをなんとかして、原来の音を鳴らしてみることを目標とする。
ウーファーエッジの復旧
件のエッジは新しくラバー製に張り替えてしまってもいいのだけど、オリジナルのクロス製のエッジ自体には異常がないし、それをわざわざ剥がすのもしのびないということで、固くなっている"何か"を除去することにする。
なにかしらの溶剤で溶かすことになる。アセトンでは無理っぽいので、あまり使いたくなかったシンナーに切り替える。
綿棒にたっぷり含ませて、ロールの部分にのみシンナーが付着するように撫でていく。
シンナーの使用に及び腰なのは、コーンやフランジの接着されている部分まで侵してしまい、エッジ自体が剥がれてしまうことを懸念しているため。とはいえ致し方なし。とにかく余計なところに付着しないよう気を配りながらの作業となる。
適当なRの付いた棒でこそぎ取り、またシンナーを含ませて溶かす。これの繰り返し。
この古い油のようなものはけっこうな量が塗られているようで、すべて落とすのにかなりの時間を要する。おそらくダンプ材の一種なのだろうけど、制動のメリットよりも時間経過で硬化するデメリットのほうが大きい。これなら未塗布のほうがまだマシな気がする。
チマチマと作業を続けて、だいたい除去できたところで終了。あまり続けてもキリが無さそうだし、擦り過ぎてエッジ自体を傷めつけるのも怖い。
この状態のエッジの軟度は、同じクロス製エッジであるヤマハのNS-10Mと近い。柔すぎず硬すぎず。もちろん、青白いLPCコーンは作業前とは比較にならないほどストロークするようになっている。
個人的にはこのままでもいいのだけど、今回はオリジナルに倣い、新たにダンプ材を塗っておくことにする。
水性アクリルエマルジョンを薄く塗布する。いわゆる液体ゴムである。
水で二倍に希釈し、適当な絵筆で薄く塗布する。水分が揮発したらさらにもう一度塗る。
ウーファーの整備はここまで。
ちなみに、ツイーターのほうは軽く清掃して終わり。
ディバイディングネットワークの組み直し
次はフィルター回路。既存の電解コンデンサーの静電容量がすべて二割から三割増しになっているので、その交換ついでに組み直してしまうことにする。
回路の設計はそっくりそのまま。コイルも既存を再利用する。いつもならパーツの固定用に新たにMDFを用意するところだけど、今回はそれも既存の細長い繊維板が流用できそうなので行わない。
ただし、一部のパーツは少しグレードアップさせる。
ツイーター直列のコンデンサーは、電解コンデンサーとメタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサーを併用させる。4.7μFのニチコン「DB」と、PARC-Audio製「DCP-FC001」の2.2μF。
また、アッテネーター用の抵抗器は、ツイーター直列のみ酸化金属皮膜抵抗とする。
これらを、既存の繊維板の上にバランスよく配置。必要に応じて結束バンドを通すための穴を開けておく。
既存がソルダーレスなので整備でもそうしておきたいけれど、二つ並列させるコンデンサーはリード長が足らず圧着が難しいので、ここだけははんだで接続する。
ケーブルは、SharkWireのOFCスピーカーケーブル「SNZ1.0」を基本とする。
コネクターユニットからネットワークまでは、手元に余っていたモンスターケーブルの「Standard S16」。結線はリングスリーブによる圧着とする。
組み上がったら、既存のタッピングネジとネジ孔を利用して、同じ位置に固定する。
バインディングポストの換装
背面のバインディングポストは、バナナプラグに対応させておきたい。
今回も例によって、既存の樹脂製埋込型ボックスを再利用できないかと検討する。このオリジナルのポストは4mm径のシャフトにネジが切られた構造で、昨今の汎用的なポストに近い。
ただし、そのまま新しいポストを固定しようとするとやはり収まりが悪く、ボックス側にある程度加工が必要となる。
となれば、新たにベースを用意してそこにポストを直付けしたほうが早いとなり、結局いつもやっているMDFを切り出す手法に逃げてしまう。樹脂製ボックスを傷をつけずに綺麗に加工する手間を考えると、新たに作り直してしまうほうが簡単なのだった。
というわけで、MDFは4mm厚のものを適当な大きさに切り出し、黒のラッカースプレーで塗装。バナナプラグ対応のバインディングポストは、アマゾンでも入手できる大型樹脂製キャップを採用した汎用品を用意する。今回はなんとなく、定番の金めっきではなくロジウムめっき製のポストにしてみる。
バックプレートの既存のタッピングネジの穴をドリルで貫通させて、裏面にMDFをあてがい、ナットで固定する。
ポストからディバイディングネットワークに渡るケーブルには、M8相当の丸形端子を圧着して、ポストのシャフトに潜らせて固定する。
ポストを固定したら、剥がしておいたニードルフェルトを再度固定する。
今回は試験的に、スコッチの粗面用の両面テープを採用してみる。
あとは、バックパネルを戻すだけ。
各ドライバーに渡るケーブルを少し長めにしておくと、背面を開放したままドライバーユニットに結線できるので、作業性が良い。
改修後の音
とりあえずまともに音が出るようになっていることを期待して、音を出してみる。
今回は、試聴の前に周波数特性を先に確認しておく。
低音域の特性は、だいぶ改善されている。エッジの改良次第では、もう少し下まで出てくれそうな感もある。
そのほかの帯域では、整備前からほとんど変化がない。ネットワーク回路の設計を弄っていないので当然といえば当然なのだけど、コンデンサーの静電容量の狂いが是正されているため、そのぶんが少なからず波形にも表れるものだと予想していたので、ちょっと意外な結果だ。
聴感では、マイルドかつ余裕のある鳴りかたとなっている。高域低域ともに、周波数特性で見るよりも伸びやかに聴こえる。
細かく分析するタイプではなく、けれどもなにかを誇張するわけでもない。淡々とおおらかに聴かせる。余計な附帯音が無く、静粛性が保たれている。
良く言えば美音。悪く言えば無個性。ダイヤトーンのスピーカーは中高音が飛び出してくる印象があるけれど、こちらは静かに、どの帯域もそつなく鳴らす感じ。
低音は量感はいまひとつだけど、音自体はけっこう下のほうまで出ているのがわかる。ここについては自分のリスニング環境がかなりいいかげんなところもあるだろう。しっかりと設置してあげれば質の良い低音を醸してくれそうだ。
まとめ
ここまで見てきたとおり、このスピーカーは制振についてかなり細かく気を配っていて、そこにコストを注ぎこんでいるように見受けられる。当然そのぶん市場の価格も高価にならざるを得ないのだけど、肝心の出音にそのノウハウがちゃんと反映されているのが好印象。高品質なブックシェルフ型スピーカーとしてまとまっているというのが感想だ。
生活雑貨と言いつつ、古き良き国産スピーカーの実直な面がにじみ出ている。そんな印象の逸品といえる。
自分の今の環境では、正直ちょっと持て余し気味だ。
終。