パイオニアのブックシェルフスピーカー「S-UK3」を入手し、整備してみた。その所感。
異彩
以前から気になっていたスピーカーが、ようやく手に入った。1993年に登場したパイオニアのブックシェルフスピーカー、S-UK3である。
オーソドックスな2ウェイシステムにダークカラーで統一された面構えは、なんだかCELESTION製のスピーカーみたい。それもそのはず、型番にも「UK」の字があてがわれているとおり、イギリス製スピーカーをコンセプトとした製品だ。
およそパイオニアらしくない風貌のこのスピーカー。発売当時のオーディオ雑誌を読んでみると、もともと英国パイオニアが英国内向けに発売した製品であり、のちにそれを日本向けにチューンしたものがS-UK3ということらしい。
その「原型」となるスピーカーについてはよくわからないけど、イギリスの一般家庭に溶け込むデザインとして開発されているのであれば、日本のメーカーが造るスピーカーのイメージからかけ離れているのも納得できる。
舶来品に近いイメージだ。
ちなみに、この翌年登場したワンランク上の位置づけとなる「S-UK5」というスピーカーも存在する。
外観
前面バッフルは黒のシボ加工が施され、少しザラザラしている。それ以外の面は、木目調のPVCシート仕上げ。
突板でないのがちょっと残念だけど、前面とそれ以外できっちり切り返しているデザインは、洗練されていて好み。
しなやかなラバー製エッジとドットのエンボスが施された14cmコーンの組み合わせのウーファー。
粒々の紙製コーンは、ヤマハの「NS-10MT」でも採用されていたな。
この振動板も紙製のようだけど、表面にはなにかコーティングされている。
円形の金属プレートに付けられたツイーターは、2.5cmソフトドーム型。ドーム自体は繊維が編まれたもので、さらさらの手触り。
また、プレート表面には前面バッフルと同じようなシボ加工が施され、意匠的に統一感を持たせている。
前面下部のバスレフポートは、直径約4.5cm。よく見ると、ポート内の上半分にフェルトが貼られている。
背面には、小さなラベルシートと埋込型スピーカーターミナルユニット。
スピーカーターミナルはバナナプラグ対応の金属キャップ製ポストを採用している。現代ではよく見かける仕様だけど、この時代の同価格帯の国産品はまだスナップイン式のものが多い。奮発しているな。
改修前の音
音を出してみる。アンプはヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
バランスとしてはフラットに近い。定位感があまり無い、「面」で鳴る印象。
低音域は厚みがあり必要十分といったところ。最低音がやや奥に引っ込んでいるものの、鳴っていないわけではない。唸るような音は出さず、下支えに徹し、広く包み込むような鳴り方をする。
中音域は基本的に明るい雰囲気を保ちながら、適度な張りと繊細さを兼ね備える。パース感は乏しいものの、けっこう細かな音まで拾える。ボーカルが常に中心に居てほかの音が邪魔しないのが素晴らしい。
高音域はドーム型ツイーターらしい落ち着いた音。刺さるような音が一切無い。ナチュラルな色付け。
全体が温かく上品な雰囲気。甘めのニュアンスで進行し、尖った部分が無く終始円やか。
外観に続いて、ここでもやはりパイオニアらしくない。同社のスピーカーは「ピュアモルトスピーカー」のような特殊なコンセプトを除けば、どちらかというと「S-X11」とか「S-ST5-LR」みたいな元気な音作りの印象がある。
周波数特性を見てみる。
波形の形状としては、聴感と合致する。
200Hzから60Hz切るくらいまでのなだらかな下り坂が印象的。余裕のある低音はここからもわかる。フロントバスレフの使い方が上手いのかもしれない。
高めの中音域も特徴的。クロスオーバー周波数は5kHzなのでそこまではウーファー主体の音のはずだけど、波形的には2kHz手前から上が割と控えめで、ツイーターの出力と上手いこと繋がっている。クロスが緩やかなのかもしれない。耳障りな感じの無い自然な中高音はこのあたりによるものだろう。
分解
中身を見ていく。
このリングは両面テープで固定されている。硬めのゴム製なので、変形しないよう指先でゆっくり剥がしてゆく。
ツイーター含め、ユニットを固定しているネジはミリネジで、エンクロージャー内部の爪付きナットと組まれる。筐体がしっかりしているから可能な仕様で、固定が堅牢にできる。メンテナンス的にも嬉しい設計。
ウーファー固定のネジがなぜが皿ネジなのは、先のリングが被さる構造上の都合で、おそらく頭部が平らなものをあえてチョイスしたのではないだろうか。だけど、それでもここはバインド頭でもいい気がする。
ツイーターユニットは、外側の六角穴のネジを外す。
しかし、固着しているようでネジを外すだけではビクともしない。筐体をひっくり返し、スピーカーターミナルユニットを外して、その孔に木の棒を突っ込んでショックレスハンマーで内部から叩き出すという荒業で解決。
スピーカーターミナルユニットには、裏側のケーブルバインドに電解コンデンサーがひとつ付いている。ツイーターのHPF用である。
やたら大きなケースのシースには、さらにエンボス加工された銅箔シートが巻かれている。シールド用だろうか。
これ、ネットワークに使われる両極性アルミ電解コンデンサーとしては当時の最高グレードのひとつのようだ。実際にスピーカーに積まれているのは初めて見る。
対して、ウーファー側はユニット直結だ。周波数特性的にコイルを一発挟んで高音を落としているだろうと思っていたので意外だ。
使われているケーブルは二種類あり、どちらも撚ってある。
ウーファー側は、黒いシースの撚り線。メーカーはわからないけど、「タイネツ」とあるので消防設備などに使われる耐熱ケーブルなのだろう。JISマークと、今は廃止された甲種電気用品の型式認証のマークもある。日本製っぽい。
ツイーターのほうは、シースがやや硬めの赤と透明のコード。このスピーカーはOFCケーブルを使っているらしいので、おそらくこのケーブルがそうなのだろう。こちらもメーカーなどは判らず。
先述のとおり、このスピーカーは日本向けに音質調整してあるとのことだけど、ウーファーに使われているケーブルが日本製だとすれば、これもチューンの一環としてオリジナルの英国製品から引き換えられたものなのだろうか。
エンクロージャー内の吸音材の配置は4か所。
背面の中央部から天面方面に向けて、柔らかいフェルトを接着させている。これが特徴的で、まるで巨大なシャクトリムシが身体を折り曲げているかのような形状で固定させている。
底面の背面側にやや硬めのフェルトシート。さらに、正面向かって右側の側面には、オフホワイトの薄めのフェルトシート。左側にはなにも無い。
そして、バスレフダクトの下部に少量のフェルトを詰めるように配置している。
開発陣はよほど吟味したのだろう。この吸音材はなかなか弄れないな。
筐体を構成するパーティクルボードも、それなりの厚みのものを使っている。背面は1.5cm、前面は薄い部分で1.6cm、最大で2.0cm、その他の面は約1.7cmある。
本体重量もけっこうなものとなるけど、スピーカーにこのくらいの材料を使っているとやっぱり安心感がある。
ウーファーユニットは金属プレスのフレームで一般的なもの。
マグネットは径はそこまで大きくないものの厚みがあり、キャンセルマグネットにいたっては二段重ねになっている。
これも初めて見る仕様だ。どういった意図があるのだろうか。
ツイーター。こちらはフランス製。
日本向けに整えてあるとはいえ、ここは元英国製品、ヨーロッパ製ユニットを使っている。パネルを固定しているプラスネジも、よく見るとポジドライブだ。
整備
さて、整備していく。
といっても、現状致命的な故障は無く、外的な損傷も少ないので、ブラッシュアップの方向に手を加えていく。
ツイーター
ツイーターユニットのドームを清掃したいので、4つあるポジドライブのネジを外してさらに分解する。
ドームはなにかが薄く塗られているようだけど特に気にせず、アルコールで適度に浸しながら綿棒と筆、ブラシで少しずつ洗浄する。
よく見ると、ドーム内部にあるウレタンスポンジの吸音材が劣化して、ドームに付着していることに気づく。
この吸音材は機能不全状態なので、張り替えることにする。
ウレタンスポンジは、両面テープで固定していたようだ。溶剤で剥がす。
新しい吸音材を張る前に、ボイスコイルが収まる円形の溝にある磁性流体を引き換えておく。
溝内の古い磁性流体の除去には、以前は折った紙を差し込んでいたけど、平筆を使うと楽に、かつ綺麗にかき出せることに気づき、最近はこちらの施工方法を採用している。ただし、筆が使い物にならなくなるので、使い古した筆か100均ショップなどで揃えられる安いものを使用する。
新しい磁性流体は、マイクロアプリケーターの先に含ませて溝に近づけると、磁力で自然に溝内に吸い込まれてゆく。
吸音材は、手持ちに両面テープ付きのフェルトがあったので、それを円形に切ったものを代替品とする。ただし、オリジナルのウレタンスポンジよりも厚みがあり、円の直径を同じにするとドームに接触するため、やや小さめの直径1.2cmで切り出す。
今回の真っ黒のフェルトは、ドームを被せても内部のフェルトが薄く透けて見えてしまう。より目立たなくするなら、白か、オリジナルがそうであるようにグレー系のカラーのものを使うとよさそう。
ドームから伸びるコイルのリード線は、金属パネルに直に接触する構造となっている。それがなんとなく気持ち悪いので、該当の部分にマスキングテープを貼って遮断しておく。
ツイーター固定のネジ類が腐食しているので交換したいところだけど、代替品がすぐに手に入らず、今回は見送る。
コンデンサーとケーブル
電気の通路部分も新しくする。
既存の2.7μFの電解コンデンサーは、せっかくの高級品なので問題なければ引き続き使用したいところだけど、左右ふたつとも実測で3.2μF近くあるのと、はんだの除去が手間なので、交換することにする。
新しいものは、JantzenAudioのメタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサー「CrossCap」の0.68μFと、PARCAudioの電解コンデンサー「DCP-C001」の2.2μF。並列して合成させる。
新しいケーブルは、ヨドバシカメラの切り売りでゲット。
ケーブルは、ウーファー用にZonotoneの「SP-330Meister」。選択に理由をつけるとすれば、音の広がりよりもエネルギー感を重視したいからなのだけど、ツイーターとの対比でここは日本製にしたかったというフワリとした出来心の部分が大きい。
ツイーター側はJENVINGの「SUPRA CLASSIC 1.6」とする。鋳めっきが施されたOFCケーブルだ。ウーファーとは対照的に、せっかくのフランス製ツイーターとあればケーブルも欧州諸国のメーカーのものにしてみたい、という拘りが出る。SUPRAはスウェーデン製で、あちらではメジャーなケーブルらしいこともあり、採用してみる。
コンデンサーは既存と同じようにスピーカーターミナルユニットの内側に固定することになる。ただし、ネットワーク基板は無く、接着しようにもスペースが限られる。そのため、最適な配置を探し、コンデンサーのリード線を幾度もフォーミングしてはんだ付けする必要がある。
組み終えたら、エンクロージャーに物理的に収まることを確認する。
ゴムリング
既存のような円形の両面テープは製作が面倒なので、リングの固定には接着剤を使用する。スーパーXを少量ずつ塗っていく。
リングを乗せて形を整えたら、固定のため一晩寝かせる。
改修後の音
整備を終えた後の音は、想定以上の変化があった。
定位がしっかりしている。もとは甘いニュアンスだったものが、高めの中音域に張りが出たことで全体的に締まって聴こえる。HPFのコンデンサーの静電容量が整備前から若干減っているため、変化するにしても中音域は少しスッキリするだろうと予想していたけど、むしろ音の粒感が増してメリハリが生まれている。嬉しい誤算である。
ツイーターの整備によるところだとは思うものの、音の変化を目標とせず整備してきたため、具体的にどの作業が音に大きく影響を与えたのか確認できず、わからず仕舞い。とはいえ良い方向に持っていくことができてよかった。
まとめ
このスピーカー、かなり気に入ってしまった。
正直なところ、実際に音を出すまでは、パイオニアがこんなに「雰囲気」で聴かせるようなスピーカーを製造しているとは思っていなかったので、良い意味で期待を裏切られた。
無駄を削ぎ落したぶん必要な箇所にしっかりコストをかけました、みたいな製品としての造りの良さも、拘りを感じられてよい。
この文章を打ち込んでいる最中も、メインスピーカーに据えていろんなジャンルの音楽を流している。リスニングを楽しいと思わせてくれるスピーカーに出会ったのは久々だな。
(追記1)中国製のウーファーユニット
整備後、お気に入りのスピーカーとして机に据えていたところ、すぐに貰い手の候補が現れ、巣立っていった。
後日、別個体のペアを入手した。しかし、シリアルナンバーは同番ではあるけれど、よく見るとウーファーユニットの外観が左右で異なることに気付く。
ウーファーユニットを別物と交換されたのか? と思いながら取り外してみる。すると、同メーカー同一品番の、中国製ユニットらしいことがわかる。
中国製のほうは、マグネットに印字されたメーカーのロゴが刷新されたものになっている。ということは、新ロゴが制定された1998年以降の製造のようだ。製造拠点が変わったのだろう。
前オーナーが後年になってメーカー修理を依頼したところ、ユニット丸ごと交換されてこうなったと推測する。
肝心の出音に差異はあるだろうかと聴き比べるも、どちらも同じような音だ。高めの中音域の雰囲気は中国製のほうが若干柔らかいかな、と感じなくもないけれども、気のせいだろう。
周波数特性にも有意な差は見受けられない。まあ、当然ではあるのだけど。
外観を見ていく。
マグネットの径や厚みは同等。キャンセルマグネットが二重になっているのも同じ。ただし、上記の写真でわかるとおり、中国製にはヨークの後ろ側にフェルトが詰められていない。コスト削減の箇所だろうか。
振動板は、台湾製がかなり暗いグレーなのに対し、中国製はやや青緑がかっている。
暗色なのでぱっと見ではわからないけど、光の当たりかたによっては如実となる。
センターキャップも、台湾製は光沢のあるビニールっぽい膜のドームで、中国製はややくすんだラバー製のような材質でできている。接着の方法も、中国製のほうは接着剤が振動板にはみ出ているのがわかる。
振動板の表面側は、どちらも小さなドットが並んでいるものだけど、裏側を見ると紙を抄いたときに付いたであろう模様が異なる。
絹豆腐のようなザラザラした表面の台湾製と、スベスベの中国製。当然これだけでは断言できないのだけど、もしかしたら使われている紙の原料が異なっているのかもしれない。少なくとも、まったく同じものではないだろう。
エッジはどちらも柔らかめのラバー製。材質自体の柔らかさなどは同じような感じ。ただ、ロールの大きさが異なる。
ここが異なっていても、音質的にさほど影響がないということなのだろうか。
素人の目視でもこれだけ相違があるにもかかわらず、両者は同一品番である。製造や設計に携わっているわけではないので、このあたりの定義がどうなっているのかわからない。
スピーカーにおいては、製造ロットとかシリアルナンバーうんぬんについての拘りはないほうだけど、こういうのを見てしまうと、なるべく揃えておきたいという気持ちになってくるな。
(追記2)元となったスピーカー
オーディオ雑誌「HiVi」の1994年9月号を読んでいたら、S-UK3の原型となるモデルは「S-4UK」というスピーカーであるとの記載があったので、ここに記しておく。
追記ここまで。
終。