パナソニックのパッシブスピーカー「SB-PS800」を入手し、音を調整してみた。その所感。
パナソニックブランド
ちょっとだけめずらしいスピーカーが手に入った。小型の2ウェイ3スピーカーである。
全然予備知識が無いのでインターネットを頼ってみるも、メーカー公式のホームページ以外で情報らしい情報がほぼ見当たらない。
2004年に登場しているこのスピーカー。どうやら「PF800」シリーズという5.1chシアターシステムの一部であるようで、このSB-PS800は「サラウンドスピーカー」とされている。
外観
エンクロージャー
ただ、記事の冒頭で少し述べたとおり、見た目はいかにも音響機器然としており、オーディオ専業メーカーの製品のような佇まいがある。エンクロージャーは幅が150mm弱とスリムながら重量が一本あたり5kg弱あったりと、それなりのものとなっている。
外観は全面突板張りで、光沢のあるクリア塗装仕上げとなっている。
両サイドの板材は、前後方向に湾曲している。音の回折による影響を抑えるものらしい。
この仕様は、最近だとヤマハの「NS-B330」でも採用されているのを確認した。ただしあちらは、筐体内部の定在波の低減を狙ったものであるらしく、両者では設計の意図が異なる。おそらくこちらのスピーカーは、内部までは湾曲していないものと思われる。分解時に確認する。
よく見ると、側面の二枚とそれ以外の板材で、突板の模様に切り返しのようなものがあるのがわかる。
これは、筐体をすべて組み上げたあとに突板を張り巡らせたわけではなく、少なくとも両側面の二枚は先に突板を張ってからエンクロージャーとして組まれ、仕上げの塗装の前に継ぎ目が平滑になるように平面を処理している、ということになるだろう。
単に突板のシートを張らずにわざわざこういった手間のかかることをしているのには理由があるのだろうけど、よくわからない。
前面バッフル
振動板の外周部にあるバッフルプレートは樹脂製で、エンクロージャーの面よりも若干出っ張る。
開口部がテーパー加工されていて、ほんのわずかながらホーンの形状となっている。
背面
背面にはバナナプラグに対応する金属製のポストを備えたコネクターユニットと、バスレフポートがある。
バスレフポートは背面の中心付近に設けられ、開口の直径が約45mmと、大きめのものとなっている。
「エアロ・ストリーム・バスレフポート」と名付けられているこのポートは、開口部がフレア型になっており、ポートノイズの低減を狙っているようだ。見てのとおり固定はフランジ部にあるネジのようで、筐体からの分離が容易にできそうだ。ここもあとで見る。
背面の底面付近と天面付近に、それぞれ穴が四つずつ開いている。これは専用の壁掛用金具を取り付けるさいに使われるネジ穴らしい。
改修前の音
音を聴いてみる。
アンプはいつものように、ヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
能率が相当低い。出力側のボリュームをかなり上げる必要がある。
まず感じるのは、想定外の低音の量である。綺麗な見かけによらず、低音の量感を重視したスピーカーのようだ。二基あるとはいえ8cm径のウーファーだからと油断していた。
スピーカーの試聴はいつも壁際のデスクトップを所定としているのだけど、壁からかなり離さないと低音域が邪魔になってバランスを欠いてしまう。まともに聴ける配置を見つけるのが先決となる。
中音はやや引っ込み気味で、エネルギー不足。これについては、ウーファーが担っても良いはずの音域が単純に出ていないような鳴りかただ。この製品はサテライト的な使いかたを想定しているスピーカーだから、フロントやセンタースピーカーの邪魔にならないようにあえて控えめにしているのかもしれない。とはいえ、2chステレオシステムとして聴くにはやはり物足りない。
高音は、割と丸い。見たところ金属製の振動板のようだし、もっと上のほうまでピーンと伸びていくのかと思っていたけど、ある程度のところでロールしている印象がある。
音としてはやや硬質でクリア、適度な派手さを持つ。耳をつんざくようなことはなく、ウーファーとの能率面での繋がりも良い。ただし、特定の音域で若干クセが出るように感じる。
強力な低音が全体を引っ張っていく。音源によっては「この容積でこんな低い音も出るのか」と驚くこともあり、曲調に合致するものももちろんあるけれど、やはりここはもう少しオールラウンダーに寄せていきたい。
周波数特性を見る。マイク位置はツイーター正面。
波形としてはフラット寄りだけど、高音域の聴感はこれよりもやや低め。バスレフもよく効いているのがわかる。
分解
吸音材の調整かディバイディングネットワークの調整か、どちらにしようかな、どっちかはやらないとな、などと思いながら中身を見ていく。
バッフル
見えているネジを外していくだけ。
前面のバッフルプレートは、ウーファーに関してはネジを外すとユニットから分離される。ツイーターはユニットと一体。
ドライバーユニットのフランジ部には、マウンティングホールのほかにユニットの位置を固定するような爪が二か所設けられている。
結線はよくある平型端子だけど、すべて熱収縮チューブで保護されているのがていねいで好印象。
ウーファー
ウーファードライバーは、一般的なそれ。一応金属製のフレームとなっているけど、径が小さいこともあってか、必要最低限の剛性を確保した質素なもの。
コニカルコーンで、大径のセンターキャップが被せてある。エッジはロールが大きめの柔らかいラバー製。
この振動板を手で押してみるとしなやかに動く。この大きめのストロークが低音の量感を生み出しているのだろう。
ツイーター
バッフルプレートはネジ留めされているようで、外せば分離できそうだけど、特に用事もないので今回はそのままとする。
ちなみに、ツイーターにはプレートの裏に四角く囲まれた"M"のマークがあるのに対し、ウーファーのほうには見当たらない。見逃しているだけで、どこかにあるのか?
コネクターユニット
背面のコネクターユニットを外す。内部でネットワーク基板を背負わせるのはよくある仕様だけど、基板が真ん円なのは初めて見たかもしれない。
もっと汎用的なものでも事足りるところやけに大きいボックス型コネクターユニットを採用している理由は、ある程度大きい基板を搭載するためだったわけだ。工作的にも、板材に矩形の孔を開けるより円形に切り出すほうが簡便なのかもしれない。ただ、円形の基板って一般的な矩形のものよりも製造コストが上がるんじゃないのかな。
真意は不明だけど、ユニークなものと邂逅した。
基板から伸びている配線の数が足りないよなと思いエンクロージャー内を見ると、一本取り残されているのを発見する。
ディバイディングネットワーク
基板はプラスのタッピングネジ三点で留まっている。アクセスは容易なのだけど、そのほとんどが頭をナメていて、外すのに一苦労。
ネットワーク回路は、HF側が-18dB/oct、LF側が-6dB/octとなっている。
頭にPTCサーミスタが付いている。所定の温度になると抵抗値を増大させて大電流を抑制する保護装置。
音質的には不利になると思うのだけど、メーカーのポリシーとしてあえて採用しているのかもしれない。
コイルはすべて有芯。
ウーファー直列のコイルは0.82mHとあるけど、手持ちの計器ではやや低めの値となった。
エンクロージャー
エンクロージャーのほうを見る。
やはり予想どおり、板材の湾曲は外側のみで、内部までは曲がっていない。
吸音材は、天面部と底面部にそれぞれウレタンフォームが貼りつけられている。
桟のような補強材は使われていない。
ちょっと気になるのは、メーカーの紹介ではMDFに突板張りとなっているけれど、筐体内部を見るかぎり実物は合板のような質感をしている点だ。内部、つまり板材の裏側にも木目があるように見えるのである。両面に突板が練りつけされたMDFというものがあって、それを板材に採用しているとかだろうか。このあたりもイマイチわからない。
バスレフダクトは予想どおりネジを外すだけで分離できる。
ダクト長は約13cmあり、オール樹脂製。背面からツイーターのマグネット付近まで伸びている形。筐体内のダクト開口部についてもフレア加工されている。
整備
フィルターのチューン
試聴のさいにイコライジングをしたいと思っていたので、今回は久しぶりにネットワークのチューニングを行うこととする。
しかし、ドライバーを二基直列にしたケースでの調整はほとんどしたことがないため、シミュレーションも駆使しながら少しずつ進める。
ウーファーはもう少し上の周波数まで鳴らしたいので、直列のコイルのインダクタンスを減少させる。既存のコイルをほぐして、0.82mHから0.64mHに変更。
また、並列にコンデンサーを新設し、-12dB/octとする。やや小さめの2.2μFとしているのは、シミュレーションの結果から。これより大きい静電容量だと、いわゆる"肩が出過ぎる"格好となるらしい。このあたりの塩梅が、いつも整備しているものと異なる点だ。
新たに用意するならここもパナソニック製の電解コンデンサーにしたかったのだけど難しいため、手持ちの在庫を使用する。2.2μFをちょうど切らしているので、4.7μFふたつを直列にして代用する。ちなみにELNA製。
ツイーター側は、三段目の電解コンデンサーをフィルムコンデンサーに変更。また、静電容量を若干減少させることにより調整後のウーファーとの繋がりを自然にできそうなので、12μFから4.7μF×2としてみる。
基板から既存のパーツを取り除く。今回は配線もすべて引き換えるつもりなので、ケーブルも切り離しておく。
ふたつの4.7μFフィルムコンデンサーは、基板の表裏にそれぞれひとつずつ設ける形にする。都合よく基板に予備のホールがあるので、利用させてもらう。
ふたつ直列とする電解コンデンサーのほうは、ひとつは所定の位置に、もうひとつは本来は抵抗器を設ける想定となっているホールを利用して取りつける。
ついでに、オリジナルは方向性を無視していたコイルを、90度回転して取り付けておく。
新たに引きまわすケーブルは、いつものJVCKENWOOD製OFCスピーカーケーブルとする。今回は2ウェイの定石とは少々異なる配線なので、間違えないように一本ずつ確認しながら基板にはんだ付けしていく。
接着剤を塗してネットワーク回路は完成。
若干くすんでいるバインディングポストを軽く研磨してから、既存のボックスユニットにすべて組み上げる。
筐体内部の制振
吸音材の調整も検討していて、ウレタンフォームを用意して追加することをしてみたけれど、あまり良い結果が得られなかったため取り止める。結果、エンクロージャー内部は軽微な変更に留まる。
バスレフダクトに、ベルベット調の薄いフェルトシートを巻く。
これは以前100円ショップで手に入れたものの切れ端だ。音質面の調整というよりは、内部配線がダクトと物理的に接触してノイズとなることを緩和させる目的で設ける。
また、ウーファーのマグネット周辺にゴムシートを巻きつける。1mm厚のゴムシートを適当な幅で切り出し、両面テープで固定する。
様々な大きさのゴム片を貼りつけるのは既製のスピーカーでたまに見かける措置で、YouTubeの動画でも実施しているケースを見たとこがあるのだけど、自分としてはどんな効能があるのかイマイチ判っていない。最近試験的に設けているところがある。
改修後の音
すべてのパーツをエンクロージャーに搭載して、音を確認する。
いの一番に調整したかった中音は、意図したとおりに持ち上がってくれている。ズンズン響く低音のなかから、ボーカルやエレピ、ストリングス、スネアの粒感などが、自然な立ち上がりとメリハリで聴こえてくる。
高音域の雰囲気は整備前とほとんど変わっていないものの、クセは軽減された。
奥行き方向がやや乏しいけれど、それ以外の音場は広め。定位もしっかりしている。
整備後の音で判るのは、解析的な性格であることだ。特に高めの中音はいろいろな音が再生されているし、ニュアンスもそこそこ細かく聴き取れる。音自体は硬めなので面白味に欠けるとも取れるけど、静粛性を保っており聴きやすい。
試験的にサイン波を流していて気づいたのが、低音の出音の変化である。どういうわけか下方向に伸びていて、整備前はほぼ無音だった40Hzくらいから音が聞こえてくる。
といっても、ウーファーの再生周波数の下限のはるか下だし、音というかノイズに近いので、意図しないものなのかもしれないけれど。
周波数特性を比較してみる。上のグラフが整備前、下が整備後。
こうしてみると、チューンしているはずの中音域はあまり変化が無いように思えるけど、聴感上は明らかに異なる。
また、7kHz付近から11kHzあたりまでの帯域で、特性が変化している。整備前にあった緩やかな凸が整備後に消滅した模様。
まとめ
オーディオ界隈においておそらく知名度は著しく低いものと思われる本機だけど、ポテンシャルを引き出すために多少イコライジングするだけでもしっかり聴けるものとなってくれる。流通数が少ないためか中古品でもそこそこ高価なのがネックであるものの、安く手に入れられるならコストパフォーマンスは良いと思う。
とはいえ、キモとなるのは低音域の扱いである。設置を工夫しないと、低音がほかの音域をマスクしてスカスカになってしまう。小型スピーカーなれどシアター向け。机上や本棚にポンと置いておけるような代物ではなさそうだ。
ただ、見方を変えれば、小径のドライバーでもシステムの組みかたしだいでしっかりした低音を確保できる、ということでもある。その点を発見できたのは良かった。
現代において、いわゆるバーチカルツインのパッシブスピーカーはラインナップが皆無に等しい。入手したいとなったら、本機のようなシアター向けのスピーカーとして採用されているシステムから拝借すれば取り扱えるわけだけど、逆にそれ以外で入手しようとすると選択肢がかなり絞られる。しかもコストを掛けた高価なオーディオシステムは家電製品として厳しい立場に追いやられているなか、現行のホームシアターシステムは「サウンドバー」なるものが主流となっているようで、昔ながらのセパレートタイプの製品自体を見かけなくなっている。
そういう意味でも、本機は希少価値の高いものなのではないだろうか。