いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

(noteアーカイブ)2020/11/09 (月) 心の寿命

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何か意味のあるような言葉でも、実は何も言っていない。

身体の疲労が昨晩とは比べ物にならないほどのしかかる。まだ回復途中のようだ。
一晩寝た後のほうがしんどい。これは、昨日は自分自身の疲労を感じ取れていなかったということか。それはそれで、危なかったのかもしれない。

あなた方の常識なんて知らない。

今朝までは、温泉に行きたかった。
かねてより、料金が安くなる平日を狙って行くつもりでいた。
だけど、身体が重くてなかなか家から出られなかった。
昼、やっとバスに乗れた。だけどもう、あまり行きたくなくなっていた。引き籠っていたかった。
バスを降りて温泉施設の敷地付近まで歩いたところで、引き返した。湯に浸かりたくなくなっていた。同じ金額で、どこか適当なところで昼飯をとるほうがマシな気がした。
踵を返し、少し歩いたところにあるサイゼリヤでピザを食べることにした。
だけど、ここで財布を忘れていることに気がついた。うまくいかない。もうどうでもよくなってきた。また少し歩いて、コンビニで現金を少額下ろした。

ひたすらに悲しい。
消えたいのに、それが叶わない苦しみと苛立ち。
憔悴。寝て起きただけのに。

誰かの役に立ったところで、それが何だというのだ。
お金をもらって生きながらえたところで、何があるというのだ。

合法的に死ぬことはできないのか。なんでその仕組みが無いんだろう。許してくれないんだろう。
早く終えたい。

喜びは享受できない。それは、生きることが前提だから。
居ても居なくてもいい存在なら、居なくていいのだ。
うまく生きられない悔しさはある。仕組みに乗れない憤りもある。でも、それらもだいぶ薄れてきた。悔しがったところでどうしようもないから。

店内に子供の嘘泣きが響き渡る。

もっともらしい理由を付して、死にたい。
その理由を付することを許してくれない。
いいじゃないか別に。
居ても居なくても、あなた方には影響ないんだから関係ないだろう?
無尽蔵に湧き出るこの悲しみを引き受けてくれるなら別だけど。
なんで、積極的な死へ向かわせてくれないんだ。
これが私の寿命。心の寿命。それでいいじゃないか。
なんで、死ぬ自由が無いんだよ。
どうせいつか死ぬんだったら、今死んだっていいだろう?
生きたい人だけ生きる努力をすればいいんだよ。

帰りのバスまでまだ時間があるけど、いい加減子供の声が耳障りなので、店を出た。

コーヒー豆を買って帰った。

2時間ほど昼寝。
それでも悲しみは抜けない。

せっかく設定した休日が、無残な形で過ぎていく。

明日から寒くなるらしい。