いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

背の低いキースイッチ Outemu Low profile switch を使ってみる

ロープロファイル(=厚みが薄い)キースイッチを入手したので、既存のメカニカルキーボードに付けてみることにした。その所感。

レビューは先行して動画にまとめている。


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動機

 
先日別件で秋葉原の遊舎工房に立ち寄ったとき、スイッチテスターの一角にロープロファイルキースイッチがいくつか並んでいたので、店員さんに比較したい旨を伝えて実物を見せてもらった。そのなかのひとつに、ボトムに生える2本のピンの位置がいわゆるCherryMXオリジナル互換のものがあったので、入手して自分のメカニカルキーボードに使ってみることにした。
最近は、元来背が高くなりがちなメカニカルキーボードを、専門的な知識や能力なくどこまで低床化できるか検証しているところ。キースイッチの交換だけで実現できるのなら、導入しない手はない。
 
ロープロファイルスイッチといえば、大半はステムやフットプリントが独自構造で、おなじみのMXオリジナル仕様のPCBには利用できない。キーキャップも専用品となることが多い。
しかし、「Outemu Low profile switch」は、完全ではないもののMXオリジナルのPCBに取り付けられるよう設計されており、さらにステムの上部も互換なので、多種多様なキーキャップをそのまま被せることができるのである。
検索をかけて見た限り、MXオリジナルと互換性があるキースイッチで現状容易に入手できるのはOutemu製のみのようだ。
 

特徴

 
購入したのはリニアスイッチである「赤軸」。押下圧は55gと本家と同じだけど、ストロークが1mm短い。そこは薄型なので当然といえば当然。

左:Outemu Low 右:AlpacaV2
ハウジングの材質は不明だけど、見た感じ一般的なCherryと同じみたい。
オリジナルのMXが手元に無いので、代用として愛用している「AlpacaV2」と比較してみた。
トップハウジングの厚みは、手持ちの計器でAlpacaは約5.7mmに対し、Outemu Lowは約3.7mm。一般的なキースイッチより1.4mmほど頭が低い。
問題はボトムのほう。脚はいわゆる3ピンで、ピンの配置はたしかにMXオリジナルと同じだけど、短い。Alpacaはプレート面から約8.4mm伸びているのに対して、Outemu Lowは約6.7mmしかない。

省スペースな環境に設置する前提の設計のようだ
ロープロファイルスイッチは一般的に、ケース内の空間が浅く余裕が無い場面で用いられるだろう。よってこの意図は理解できる。しかし、MXオリジナルと「完全互換ではない」所以はこの点だと思う。
また、伸びている金属の脚自体も、本家と比べてだいぶ華奢。ちょっとした衝撃で簡単に曲がってしまう。購入時では気が付かなかったこの仕様が、実は今回の作業のターニングポイントとなった。

ハウジングから引き抜いたスイッチ回路部。この時点で脚がすでに曲がっている
 

分解

 
さて、ハウジングを開いてみる。
当初、トップハウジングの形状がKailhのBoxシリーズと似通っているので、Kailh製スイッチ対応のスイッチオープナーで開けられるだろうと安直に考えていた。しかし、実際にオープナーを当ててみると、ボトムハウジングがほんのわずかに大きいらしく、オープナー側の爪がトップハウジングに喰い込んでくれない。

すでに嫌な予感プンプン
仕方がないので、治具を使わず手動でこじ開ける。ナイフをハウジングの爪に突っ込み、開く。スイッチ内部の潤滑のためにこの作業をあと何十個も繰り返すことを考えると気が滅入ってくる。

分解したところ
ステムは防塵仕様のボックス型。上から見ると十字型のシャフトをしており、ロープロファイルスイッチでありながらMXオリジナルのキーキャップを取り付け可能。これはありがたい。

スライドレール部に収まる凸部が、最小限に切り詰められている
内蔵スプリングは長さが半分くらいの専用品。このスイッチ、ステムは未潤滑だけどスプリングにはオイルが塗布されていた。あとで塗り直すのだけど。

ハウジングが薄いので、スプリングも当然短い
 

潤滑化

 
70個ほどのキースイッチを手動で分解する。
しだいに手が痛くなってくる。この作業だけで30分以上要してしまった。
 
ダメ元でハウジング用のフィルムシートを乗せてみる。
結果、乗せることはできるけど、ステムの一部が干渉してしまいそのままでは利用できない。シート側の干渉する部分を切除すればいいのだけど、上下のハウジングの緊結自体がかなりタイトなので、現状では特段必要とは思えなかった。むしろシートが邪魔してハウジングを閉じられなくなるだろう。
今回はシート無しで完成とする。

ステムがぶつかる部分を切除すれば使えなくもない
シート不使用なので、作業には最近手に入れたルブステーションを活用できる。

遊舎工房×長尾製作所 ルブステーション
ハウジングにシートを挟む場合にステーションを利用すると、固定されたボトムハウジングにトップハウジングを被せる際にシートがずれてしまうことがあり、その場合は結局ステーションから取り外して再分解する羽目になるため、あえてステーションを利用しない。当然利用したほうが作業の効率がいいので、手動で分解して時間を要した分をここで取り戻せるのが救いだ。
 
使用する潤滑剤は、スプリングには定番の「Krytox GPL 105」、ステムには「Krytox GPL 205 G0」とする。

手間のかかる作業が始まる……
キースイッチの潤滑方法として、最近はトップハウジングの内側とボトムハウジングのスライドレール部には潤滑剤を付けないようにしている。205 G0では塗り過ぎの嫌いがあるからだ。Outemu Lowについても、そのマイルールに則って潤滑する。

ルブステーション、なかなか出番がないんだよな……
塗布後、かなり静かな動作音となった。音質比較を動画で確認できる。

youtu.be

 

配置

 
地獄の作業が終わったら、いよいよキーボード筐体に取り付けていく。
今回使用したキーボードは、昨年からメインで活用している「MelGeek Z70 Ultra」だ。ロープロファイルのカスタムキーボードキットである。

MelGeek Z70 Ultra

morning-sneeze.hatenablog.com

ホットスワップ対応なので、既存のスイッチを引き抜いて配置すればいいだけである。
 
キーキャップを被せてみる。プロファイルはXDA(NP)。
今までより明らかに背が低くなっている。それでいて、キーを押し込んだ際のキーキャップのスカートの裾は、プレートに接触しない。

1mm以上の隙間がある
ただし、ボトムハウジングがプレートと接触している"耳"の部分にはかなり接近する。

ハウジングの白い"耳"とスカートの裾が接触しそうに見える
写真では接触しているように見えるけど、実物はコンマ数ミリの隙間があり、ギリギリくっつかない。ただこれは、今回使用したキーキャップがたまたまそうであっただけで、接触してしまうものも存在するだろう。そうであったとしても、押し込めないほど突っかかるような極端なものではないはず。スイッチング自体は問題ないので、つまるところ使用者の主義や打感の好みの話になってくる。
 
 

問題点

 
とはいえ、やはり想定していなかった現象も発生した。 
 

対応するスタビライザーが別途必要

キーキャップをすべて付け終えようとする頃、違和感を覚えた。キーの高さが若干揃っていないのである。

バックスペースとエンターがちょっとだけ高い
2Uサイズ以上の、スタビライザーを併用するキーのみ、他のキーより1mm近く浮き上がっている。キースイッチがロープロファイルでもスタビライザーがMXオリジナル規格のままなので、キーキャップをステムの根元まで押し込めないのである。
この時点まで思い至らなかった。

DSAプロファイルのキーキャップにしても結果は変わらず
このスタビライザーはプレートマウント式である。ものは試しにPCBマウント式のキーボードでも装着してみたけど、同様の結果だった。残念。

最近組み上げたDZ60のロープロファイルケース品
これを解消するにはOutemu Low専用のスタビライザーが必要なのだろうけど、現時点でそんなものが存在するのか不明。また、スタビライザーを使用しない手もあるけど、2Uまでならいざ知らず、それを超えるエンターキーなどの長物のキーではやはりキャップがガタガタしてしまう。あまり実用的ではない。
 

脚が脆弱

動作確認をしてみると、10数個のキーが無反応だった。
キースイッチを取り外してみると、脚が折れているものが10個ほどあった。それも、どのキースイッチもまったく同じ折れ方をしていた。

真ん中あたりからちょうど90度に折れ曲がっていた
先に見た通り、このキースイッチのピンは細く柔い。ソケットへの挿し込みはいつも以上に慎重にならざるを得ないのだった。
これは、他のスイッチと同じ要領で、曲がった部分を支点にして元の位置まで起こしてやればいいのだけど、致命的なのは次だ。
 

原因不明の無反応

いくつかのキーでは、脚が正常であるにもかかわらず反応しないものがあった。別のキースイッチでも試してみたけど、特定のキーのみうんともすんとも言わないのだ。

虫食い状態(赤色は反応があったキー)
この原因はイマイチ釈然としない。たしかに、Outemu Lowはボトムハウジングも薄型で、脚の長さが短い。だけど大半のキーは問題なく動作するので、「脚が短すぎてPCBのソケットの接点まで届いていない」とは考えづらい。となると、残るは「脚が細すぎる」くらいか。ソケットまで届いてはいるけど、穴に対してピンが細すぎて(穴が広すぎて)接点と接触できていないのかもしれない。
うーん。そんなことあり得るのか?
あるいは、同一PCB上の同型ソケットでも、製造過程の誤差やロット違いでたまたま接点を保てないソケットが存在したのかもしれないけど、これに関しては確認のしようがない。
 
 

原状復帰、まとめ

 
以上のことから、Outemu Lowはこのキーボードでは扱えないと判断。諦めて元に戻すことにした。
 
今回の件で判明したことをまとめると、
「Outemu Low profile switchは、ホットスワップのキーボードには対応していない可能性が高い」
ことに尽きる。
 
おそらくこのキースイッチは、PCBにはんだ付けで接合することを前提とする設計なのだろう。
いわゆる3ピンなのでプレートマウント前提ではあるのだけど、MXオリジナルより短く柔いピンは、そもそもそれ自体をソケットに挿すことを想定していないような印象なのだ。もし挿せたとしても、それで電気的な接点を持たせることができるのか疑問である。

ピンの位置は一緒なんだけどね
それでは、このスイッチはどんなキーボードに向いているのか。
考え得る条件は、
  • ケース内のスペースに余裕が無い
  • だけどMXオリジナルのキーキャップを使いたい
  • キーキャップのサイズがほぼ1U統一、大きくても1.75Uくらいまで
  • キースイッチはPCBにはんだ付け
ということくらいだろうか。
このことから、既製品の改良ではなく、基板やケースを一から自作するハンドメイドキーボード向けと言えそう。
 
さて、このキースイッチは現状使えるキーボードを持ち合わせていないので、ただ保管されるだけで手持ち無沙汰となってしまう。今後利用できる筐体を手に入れることはあるのだろうか。とはいえ、このためにわざわざはんだ付けが必要なカスタムキーボードを入手するつもりはさらさらないのだけど。
それに、そこまでするのならあえてMXオリジナルのキーボードを選択する必要が薄れる。素直にMXロープロファイルや、キーキャップの種類が限られてしまうけどKailh Chocあたりにすればいいのだから。
 
せっかく頑張って潤滑したのにな……

使い道はあるのだろうか
終。