いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

JBL J620M をメンテナンスする

JBLのブックシェルフスピーカー「J620M」を入手し、整備してみた。その所感。

 

素性

1990年代に登場した「Jシリーズ」のひとつ。

JBL J620M
JBLの民生用スピーカーで、同時期に発売した「ヴェッキオ」よりもさらに廉価。アメリカ製であり、西海岸サウンドをリーズナブルに楽しめることを推したシリーズである。

背面と側面
以前同シリーズの「J520M」を入手して整備したことがある。
J620Mはそれよりも体積がひと回り大きく、搭載しているウーファーの径も広いものとなっている。
 

外観

外観のデザインはシリーズ共通で、杢目が強調された明るめの木目調PVC仕上げが、背面までキッチリ施されている。

天面
前面のみ無機質なブラック一色となっており、コントラスト高め。高級感はないけど、この"いかにも"なデザインはわりと好み。とはいえ、J520Mや「J2050」でさんざん見ているので、新鮮味は無い。
必然的に抱える持病も同じ。ツイーターの樹脂製の前面パネルにクラックがあったり、ウーファーのエッジが朽ちていたりする。

センターキャップにある斑点はなんだ?

ツイーター。ぱっと見は異常なし
このままでは当然ながら、まともな音は出ない。補修用のエッジを発注したら、さっさと分解していく。
 

分解

ユニット類の固定に使われているネジは、すべてプラス頭。外すのは容易だけど、ネジ孔付近にクラックがあるツイーターのパネルは補修して再利用したいので、そこだけは慎重になる。

樹脂パネルのクラック
内部の配線に使われているケーブルは22AWGであり、かなり細い。

0.3mm2相当
外径が細すぎるため、プラス側の250型の平型端子はちゃんとかしめてあるのか怪しい。端子自体も腐食が始まっているので、ここは丸々交換する。
 
ウーファーは16cmコーン型。プレスの金属製フレームに組まれている。

ウーファー。P206G
背負っているフェライトマグネットは小さめ。磁気回路が貧弱な分、そのほかの部分で可動域を確保させているのかもしれない。先述のケーブル径も含めて価格なりなのだろう。

ボイスコイルの可動域も短そう
ツイーターユニットも、相変わらず簡便な造りをしている。樹脂製パネルとドライバー部は嵌めこみ式で、手で90度捻るだけで外れる。嵌合に接着剤やパッキンの類は使われていない。

マイナスのマークと実際のタブの位置が異なるのも一緒
蜘蛛の糸のような極細のリード線が固定されることなく剥き出しの状態なので、断線のリスクを避けるため用事がない限り開封しないほうがいい。

1cmコンポジットドーム型ツイーター
背面のコネクターユニットは、筐体内部から押し出すことで簡単に外れる。内部には一応接着剤が塗られているけど、筐体との接触面にはほとんど塗布されておらず、意味を成していない。
例によって、裏面にデバイディングネットワーク基板がはんだ付けされている。

ネットワーク基板表裏
基板にはシルク印刷で「302035-002」とある。J520Mでは末尾の数字が「001」と「002」の二種類あることから、こちらもなんらかの理由でリニューアルされている基板なのかもしれない。

ネットワーク回路
回路の構成もJ520Mと似たような感じで、-12dB/octを基本とするもの。ただし、ツイーターの接続は逆相となっている。
 
エンクロージャー内部は、前面以外をグラスウールで覆っている。しっかり吸音するあたり、舶来のスピーカーらしい仕様だ。
 

整備

ウーファーのエッジの張替えと、ネットワーク回路の再構築を主に行っていく。
 

ウーファーエッジ

補修用の新しいエッジの入手をオンラインで注文することになるわけだけど、適合品の選定にかなりの時間を取られてしまう。
まず、寸法的には6.5インチ相当でも、J620Mの振動板の直径は120mm以上ある若干広めのものが採用されている。汎用的なエッジはたいていそれ未満であるため、適合しない。
さらに、ECサイト上ではどういうわけか6インチのものを6.5インチ用と謳って販売していることが多く、それもまた効率的な選定の妨げとなっている。
 
そんななか、これなら良さそうだと目星をつけたのが、ガスケット一体型のウレタン製エッジだ。
本当はラバー製にしたかったのだけど、先述した特異な状況のなかで、適合しそうなものをついぞ探し出せなかったのだった。
最近のウレタンフォームは加水分解しにくいような配合になっているようだけど、それもどの程度のものか知りようがない。劣化が進みやすいといわれるものをあえて選ばなくてはならないのは遺憾でも、このさい仕方がない。
そのかわり、エッジの最外径が広め(つまりちゃんと6.5インチ相当)のものであるので、ガスケットを別途用意してエッジの外端を覆い隠さなくてもそれなりに様になる。

一見だとラバー製のような高密度フォーム
さて、作業としては、古いエッジを除去して新しいエッジを接着するだけ。

振動板外周部の"耳"の除去中
古いエッジの除去は、綺麗にやろうとするととにかく手間がかかる。ただ、今回入手した機体は、エッジに軽く触れるだけでボロボロと剥がれて接着剤が残るだけになるくらいに劣化が進行していたので、比較的短時間で済ませられる。

エッジを除去した状態
新しいエッジの接着は、コーンとは「スーパーX」、フレームのフランジ部とは「G17」を使用する。
すべての箇所をスーパーXでもいいのだけど、消耗品代がバカにならないので、ケチっている。代償として、G17は納豆のごとく糸を引くため、余計なところに付着しないよう注意を払うことを求められる。
振動板と接着したら一晩置き、スーパーXの強度を出す。そのあと、フランジと接着する。

エッジ張替え後
新エッジがウレタン製であるからか、オリジナルに近い自然な外観に仕上がる。これはこれでいいな。
なお、ネジが通る孔の加工は、ユニットを固定するさいに行う。
 

ネットワーク回路

エッジの張替えと並行して、電気回路部の改修も進める。
既存のネットワーク基板からコイルのみ取り出し、再利用する。

新品を購入すると高いからね……
コンデンサーと抵抗器は、新しいものを用意する。
ただ、ウーファーに並列にあてがわれている電解コンデンサーが8.5μFであり、同じ容量のものを単品では入手しづらい。ここは4.7μFと3.9μFを合成させて対処する。

新しいコンデンサーたち
ニチコンの「DB」シリーズとELNAの両極性コンデンサー。未使用のDBは手元にあるのみで在庫を補充する見込みが立たないため、最近はここぞというときでないと使わないようになっている。
 
また、ツイーターのHPFとして設けるコンデンサーも電解コンデンサーとする。ここは比較的高音域のひずみが小さいフィルムコンデンサーにしてしまうのが定番だけど、今回は原音に近づけたいので、あえてオリジナルと同じ両極性アルミ電解コンデンサーをチョイスする。
といっても、使うのはニチコンの「MUSE ES」である。このコンデンサーは個人的に、割とフィルムコンデンサーに近い性質という認識でいたりする。
 
2.5mm厚のMDFをちょっと大きめの名刺サイズに切り出し、すべてのパーツを乗せる。回路構成はオリジナルと同じにする。

仮置きして配置を決める
結線にはよく絶縁被覆付閉端接続子を使うけど、今回は試しに裸圧着スリーブやリングスリーブに熱収縮チューブを被せる形にしてみる。こちらのほうが省スペースで済むからである。

新しく組み直したネットワーク回路
ただ、これをするなら圧着なんてせずに、単に線どうしを撚ってはんだを流せばいい気がする。単線か撚り線かを気にする必要がないし、手間もたいして変わらない。今後はそうしようかな。
 
ちなみに、各ドライバーユニットに渡っている白いシースのケーブルは、前回も使用したJVC製のOFCスピーカーケーブルである。
 
このMDFは、コネクターユニットがある位置のすぐ上にネジ留めする。

グラスウールを少しだけ割いて、割りこませる
 

バインディングポスト

背面のコネクターユニットは撤去して、バナナプラグが挿さる汎用のポストにする。
今回は、フランジ部が角型の埋込型ユニットを用意する。
これを筐体の既存の孔に取り付けるのだけど、ユニット側がわずかに大きく、そのままでは埋めこめない。布やすりを使って孔を拡張する。

粗めのやすりで、少し削るだけでいい
あとは、タッピングネジで固定するだけ。M3.5相当の黒塗りされた皿ネジを使う。

収まりがいい
J520Mのときは加工をめんどくさがって丸型のユニットにしたけれど、既存の銘板とサイズが揃う角型のほうが、やっぱりしっくりくる。
 

ワッシャー

このシリーズのスピーカーの各ドライバーユニットを固定するネジには、樹脂製ワッシャーを挟むことにしている。
特にツイーターは、樹脂プレートのクラックをこれ以上進行させたくない。付け焼刃だけど、緩衝材代わりとして無いよりはマシだろう。

この樹脂プレートだけはいただけない
本来であれば「J216」などと同様に、プレートを木材で新調してしまえばいいのだろう。ただ、そこまでの気力がない。ABS用接着剤を裏面から含侵させて、お茶を濁すのだった。
ちなみに、ウーファー側はワッシャーが無くてもいいけど、あると新しいエッジのネジ孔付近の逃げ加工を見栄え良くする必要がなくなるので、省力化の体であえて挟みこんでいる。

ナイロン製である必要はないけど
 

整備を終えたので音を出してみる。

完成後の姿
アンプはいつものヤマハ「RX-S602」。インシュレーターは黒檀サイコロ三点支持。
大枠はJ520Mと同じ。アッパーで軽妙な中音域を繰り出す。
容積の増加とウーファー径の大型化の恩恵はちゃんと出ている。音自体に余裕がある。
 
低音域もアドバンテージがあり、そこまで低い音は出てこないものの量感は必要十分で、J520Mにあった物足りなさはほぼ無い。安定感があり、時折下方向に沈む深みも感じさせる。
 
ユニットどうしの繋がりも良好。さすがに往年のJBLのような「じゃじゃ馬感」は再現されておらず、鳴らしやすいバランスである。音場も自然で聴きやすい。定位感が良く、ボーカルがちゃんと真ん中に定位している。
反面、細かいニュアンスの描写はあまり得意ではなく、音域的なレンジ感も平均的。パース感は、J520Mよりは良好。
 
周波数特性を見てみる。

周波数特性(前面バッフルから30cmの収音)

周波数特性(前面バッフルから60cmの収音)
フラットに近い特性である。JBLのスピーカーではめずらしい気がする。
聴感上はもう少しカマボコ寄りの稜線になりそうな印象だけど、そんなことはなかった。
J520Mと比べると、100Hz付近が若干持ち上がっている。ここは聴感と一致するけど、低音域の出方はラバー製エッジとウレタン製エッジで異なる可能性もある。
 
そろそろ、ウレタンとラバーの音の違いもちゃんと確認してみたいところだ。
 

まとめ

小型ブックシェルフスピーカーといえど、それなりのスケール感で聴こうとしたら、やはりこのくらいのサイズは最低限ほしいところなんだなと思わされる。とはいえ、デスクトップオーディオとして利用するなら、これを超える体積のものは置くことが難しいだろう。

整備後の背面
中音域が小気味良くキレがいいので、ソースを選ばず心地よく聴ける。
メンテナンスが必須であることに目をつぶれば、サイズ、音質、そして価格のバランスに優れるコストパフォーマンスの良い製品だと思う。

意外にも気に入ってしまった
終。