「メタバース」に関する現状の俯瞰と、現場ではどんな仕事が必要とされているのかをまとめた本。
ただ、この本で紹介されているのは、メタバースを利用したイベントに携わる裏方に関する業務内容が主で、読みたかった内容とは少し異なった。
名の知れた企業やなにか大義名分を背負った大きなハコのなかの一スタッフとしてではなく、もっと小ぢんまりした個人で完結する仕事が現実世界の外にあるとしたら、それは今の自分とどの程度の距離があるのだろうと思って読み開いたので、そもそもスケールが合っていなかったようだ。
ここではない世界に望むのは、ここにはない別のルールだ。
現実世界でなんらかの理由で働くことができない者のひとりとして、ここにいる。一般的な就労規則や暗黙のルール、ひいては「世間」と呼ばれているものに人一倍違和があり、適応できない人間だ。
そういう社会不適合者のいわば逃げ場所として機能する世界のひとつにメタバースがあることを望む。現実の延長や拡張ではなく、まったく別の世界に住むという選択肢が現実味を帯びるようになることを望む。現実をロールプレイングできなくても、別の現実でならなんとかやっていけちゃう。そんな空間を望む。
ただ、どうもそういう雰囲気にはなりそうにない。
ひとつ挙げるとすれば、この本には、アバターワークの特徴のひとつとして、仕事をする人間の匿名性についての言及がある。実在する人間とはまったく別のキャラクターになれることや、アバターの正体が明かされないことによって発生するメリットについては、同意するところだ。
だけど、これもそのうち、タブーになるだろうという気がしている。
今活躍しているVTuberを見ていると、どんな容姿でどんな活動をしていようとも、いわゆる「中のひと」との紐付けを必ずされて、現実世界の人間性について多かれ少なかれ話題にされる。着ぐるみが着ぐるみたらしめるには生身の人間が必須であり、それゆえその人のキャラクター性をもって完成されるところがある。
仮想空間と現実がシームレスに近づけば、より生身の人間の存在感が強くなる。そして、強烈な個性を持つキャラクターを生活を投じて演じられるような特殊なアバターとか、現実世界とリンクすることを前提としたアバターに信用が集まり、正体不明の有象無象は相手にされなくなってゆくことだろう。
これを避けるには、匿名が前提のメタバースを形成する必要がある。だけど、これもおそらく、世間様は扱いに困るだろうから、実現は難しいだろうな。そこで仕事をしてお金のやり取りが発生するとなれば、なおさらだ。
その意味で、表紙にあるような『既成概念に縛られない働き方』とか『生き方の選択肢を広げる!』といった文句には、現状違和感があるのだった。もちろんそうであってほしいのだけど。
現実に近づけるのもいいけど、仮想ならではのカオスな感じは残ってほしい。
現実世界からは程よい距離感を保ってほしいな。メタバース。
終。