JBLのスピーカー「J216 PRO」を入手したので、整備してみる。
MKII?
J216 PROは、コンシューマー向けパッシブスピーカー。中でも比較的安価で発売期間もそこそこ長かったこともあってか、現在でも中古品がかなり出回っていて、入手は容易。
インターネットを突っついて、このスピーカーについて慮ってみた。
発売は1985年。当時のカタログによれば、スタジオモニターを家庭用システムに落とし込むというコンセプトだったらしい。
オールブラックボディのJ216 PROのほかに、同性能で側面がウォールナット仕上げの「J216A」というスピーカーもラインナップされていたけど、振るわなかったのか翌年以降のカタログから姿を消している。
また、J216 PROには、JBLのロゴがデカデカとプリントされたステッカーが付属していたらしい。業務用モデルを意識したものだろう。
よくわからないのが、初代と「MKII」の存在。両者の差異だ。
J216PROは、発売から翌年の1986年のカタログで、すでにMKIIにリニューアルされていることが確認できる。しかし、初代から何が変わったのか、その内容を明確に知ることができない。
一応、外観的には、MKIIは前面サランネットのエンブレムが、長方形から巨大な自社ロゴに変更されたことはわかる。ただ、それだけでMKIIを付すのもちょっと違う気がする。ネットワーク回路または積まれたドライバー側に、なんらかのチューンが施されたと推察したい。
昨年、手元にあったJBLの古い書籍や雑誌類をほとんど処分してしまって、今はこれ以上調べられない。悔やまれるところ。
改修前の音
本体寸法が思いのほか大きく、普段スピーカーを試聴しているデスクトップにはスペースの都合で置けなかった。よって、作業スペースのBGM用に置いているアンプの横に配置して、出音を聴いてみた。
アンプはUSBDAC内蔵プリメインアンプ「TEAC A-H01」。パソコンからUSB接続で再生する。
インターネット上の言説には、「低音が出ない」というものを見かける。ただ、とびきり出るわけではないにしろ、量感は体積なりのものがある。
むしろ、高音域がそれほど出ていない。というか、ちょっとボヤけて曖昧な印象。ただこれは、後程分解して原因を知ることとなる。
この時点では、中心の定位がやや後ろにあるものの、中音域にはJBLスピーカーの元気に突っ張った感じはちゃんとある、マイルド系の聴きやすいスピーカーだ、という印象だ。
ツイーターパネルの破損
このスピーカー、結構前に手に入れていたのだけど、整備するのが億劫でしばらく放置していた。
というのも、ツイーター部の樹脂パネルの補修方法が、自分の中でなかなか定まらなかったからだ。
四隅のネジ穴部が割れる現象は、前モデルの「J216」から続く設計不良。
靭性の無い素材で厚さ1mm程度の板を形成し、そこにタッピングネジで圧を掛け続けているのだから、遅かれ早かれこうなるのは必然である。
製造から30年経過した現代で、正常なものを手に入れるのはおそらく不可能だろう。
今回手に入れたものは比較的原型を保っているけど、中古流通品を見てみるとたいていは欠けていたり、完全に剥がれてツイーターごと落下してしまい、それをビニールテープで固定していたりと、惨憺たる様相である。
補修するにも、パーツ単品を手に入れて交換しても意味がない。接着剤か、アセトンか何かで溶かしてくっつけるか、あるいはパテを盛って成形するかしないといけないか、なんて考えていたら、面倒くさくなってきて意気が上がらずにいた。
分解
とはいえ、何もしないわけにもいかないので、覚悟を決めて手を入れてみる。
ドライバーユニット
ウーファー、ツイーターユニット共に、4点のタッピングネジを外すだけ。
ネジは2種類。形状が似通っているので、再利用する場合は間違えないよう。
ツイーターのドーム周囲にある四つのネジは、フェイク。ネジ頭のフェイクを見るのはヤマハの「NS-1000MM」以来か。
これも何かのオマージュかなと思ったら、前モデルのJ216はここが正規のネジ留めだったようだ。
ツイーター本体は、樹脂パネルの裏にある四つの爪で引っ掛かけるように留まっている。
一応接着剤で固めているけど、極少量。ここの爪自体もネジ穴周りと同じ素材なので、堅牢性に一抹の不安がある。
吸音材
吸音材は、おからにしか見えないフェルトシートが、前面以外の面に接着剤で固定してある。バスレフ型にしては、割としっかり吸音する設計の模様。
ネットワーク基板も吸音材に覆われている。
今回、吸音材は再利用する。ネットワークにアクセスできるように背面部のみ剥がす程度に留める。
クロスオーバーネットワーク
ネットワーク基板は、スピーカーターミナルユニットと一体になっている。ユニットは接着なので、エンクロージャー内部から接着剤を切りながら押し出す。
スピーカーターミナル自体が内部からの接着剤固定なので、メンテナンスを考慮してこうしたわけではないだろう。なんとしても直径50mmの孔を通過できるようにした結果とみる。
取り出してみると、片方のコンデンサーが破裂していた。
ひしゃげていたのは、ツイーター直列用のほうである。このコンデンサーの静電容量は、手持ちの計器で約2nFを示した。
過入力でもされたのだろうか。幸い、ツイーター自体は生きていた。
試聴していて高音域に違和感があったのは、これが原因だろう。片方のスピーカーのツイーターは、ローカットフィルターが掛かり過ぎてほとんど鳴っていなかったというわけだ。
回路構成は、シンプルなもの。
ウーファー側のコイルの規定値が不明で、インダクタンスを測定すると一方が0.58mH、他方が0.49mHを示し、差がある。よくわからないので、定格であるクロスオーバー周波数3.6kHzという数値を信じて、だいたい0.6mHくらいが定数ではないかと推測。
整備
ネットワーク回路
今まで試聴していた音は、このスピーカー原来のものではなかった。
というわけで、正常な性格を知るべく、ネットワークの設計はほとんど弄らず、原状回復を図る方針にする。
コイルは再利用するつもりでいたけど、前述のとおり既存のコイルがあてにならないため、新しく用意することに。
ツイーター側は、小さめのメタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサーと電解コンデンサーを付加する。定番のJantzenAudio「CrossCap」と、ニチコン「MUSE」。オーディオ用フィルムコンデンサー単発でもいいのだけど、なんとなくこのスピーカーのツイーターは電解コンデンサーの音が合いそうだと思い、併用とした。
CrossCapにしたのは、たまたまセール中で安かったから。
いつものように、MDFを切り出して、そこにパーツを乗っけていく。MDFは10cm×6cm。
MDFの固定は、スピーカーターミナルの直上。エンクロージャーのファイバーボードが厚めなので、タッピングネジを安心して回せる。
ツイーターパネル
今回の肝であるツイーターのパネル改修。分解してみると想像以上に脆いことが判り、既存を利用した補修は不可と判断。新たにパネルを作ることにした。
同店で売られているいわゆる「木のはがき」(5mm×100mm×150mm)がちょうど良さそうだったので購入。それを直線カット、丸穴穿孔、R加工。
ただし、面取りはこの厚みでは不可とのことなので、そこだけは自分で加工。紙やすりで適当に。
クリア塗装を施して、ツイーターをエポキシ系接着剤で固定。
接着剤は2液性の強力なヤツだけど、ガラスのようにガチガチに硬化するタイプではなく、若干弾性があるセメダインの難接着材料用を使用する。ウォールナット板の固定時に、多少反ってもツイーター本体が剥がれないように、念のため。
エンクロージャーへの固定には、既存のタッピングネジではなく、六角穴のM3ボルトを使用する。
背面からナット留めする際、あまりトルクはかけないでおく。
本当は黒塗りのネジやボルトが欲しかったのだけど、地元のホームセンターにはこれしかなかったので、諦めた。
また、ツイーターのすぐ横にあるロゴも、そこだけ切り出して移植したかったのだけど、切り出す際に欠けてしまい、こちらも断念。
前面ネット
既存のサランネットは破れていないものの、一部が剥がれかけている。その部分だけ接着剤でくっつけてもいいけど、最近ネットの固定に有用そうなものを見つけたので、そのテストも兼ねて全面張り替えを実施してみる。
既存のネットを取り外す。接着剤でくっつけているようだけど、割と綺麗に剥がせる。
エンブレムはピンバッチ式なので、裏面から簡単に外せる。
今回は専用のサランネットではなく、切り売りの布を使ってみる。
なんとなくシンプルな和柄にしたかったので、白地の麻の葉文様にしてみた。
布地の固定には、両面テープを使用する。最近見つけた布を固定できる両面テープ。
このテープの存在を知って、これくらいなら店頭にあるだろうとホームセンターを訪れてみるも、消耗品コーナーに陳列されておらず、店員に尋ねても取り扱いがないと言われてしまった。別の店でも同じだったので、通販に頼らざるを得ないかと思っていた。
しかし、最後に訪れた店の手芸コーナーにたまたま立ち寄ったら、発見したのだった。これ、どちらかというと手芸用品に分類されるらしい。
幅5mmの両面テープを用意し、フレームに貼り付ける。
5mmとしたのは、テープの固定は仮留めで、後から接着剤を流すつもりだから。
四隅は、表側から見て自然になるように布地を折り畳む。
折り方が決まったら、ほかと同様に両面テープで固定する。剥がれるようなら、ここだけは先に接着剤で固めてしまうのも手。
最後に、接着剤をグルリと塗り回して本固定とする。
しかし、使ってみると、テープの粘着力がかなり強いことが判った。メンテナンスを考慮するなら、接着剤は不要なのかもしれない。
エンブレムも汚れているので、アルコールと弱アルカリ洗剤で擦り落としてみる。
洗剤を浸み込ませた綿棒で擦るだけでも、かなり綺麗になる。
ブラケット用ボルト
エンクロージャー背面にある4つのブラケット用ネジは、一部が錆びているため新しいものに交換する。
そもそもブラケットを取り付ける予定は無いので、ここは撤去してそのままでもいいかなと思ったけど、ネジが無いと4つの孔が開いてしまう状態になり、バスレフの性能が変化してしまうため、筐体の密閉性を保つ意味であえて取り付けておくことにした。
とはいえ、ネジ山がW1/4で、トラス頭、かつ20mm以上という仕様では、すぐに見繕うことができない。代わりに容易に手に入るのが六角ボルトだったため、そちらを採用。
改修後の音
ここまで組み上げて、音を出してみる。すると、改修前とは明らかにキャラクターが異なっている。
ネットワーク回路が正常化したので、ツイーターの音が出てくるようになり、高音域の違和感は無くなった。
しかし、なんというか、気の抜けたサイダーのような、確かに甘いしそれとわかる風味もあるけど、なんかちょっと違うよね、というようなイマイチ締まらない感覚がある。
お店も綺麗で、お値段も良心的で、お味も欠点らしい欠点が見当たらないけど、美味いかというとそれほどでもないラーメン屋のラーメン、みたいな。
ある程度の音量でドライブさせると、音に臨場感が出てくる。とはいえそれでも、上記の印象はそれほど変わらない。
この奥歯に物が挟まったようなスッキリしない聴感は何なのだろうか。
周波数特性を見ると、2kHz前後がストンと落ちている。
ただ、当時のカタログに『フラットな特性を引き換えに能率を犠牲にしなかったJBLの思想と技術(略)』とあるように、多少歪な波形でもあえて見てみぬフリをしていることもあり得そう。良いかどうかは別として。
フラットな特性に持っていくのであれば、逆相接続にしてみるだけでも結構改善されそうな気がする。
まとめ
音について
このスピーカーは、整備して間もないためそれほど聴き込めていない。自分の体調でどの程度印象が変わるのかもわかっていない。ただ、事実上のファーストインプレッションから逸脱することは、そうないんじゃないかと思っている。
アンプTEAC A-H01との相性なのか、あるいはまだ音量不足なのか。いずれにしても、このスピーカーを今後うまく使いこなせるかどうかは自信が無い。
クロスオーバーネットワーク回路の改修を検討している。この記事の最後に案を掲載する。
ネットの張り替えについて
布用両面テープは、かなり有効であることが確認できた。とにもかくにも施工時間の大幅短縮となるのである。
適度なテンションを掛けながらネットを張る作業において、接着剤では実用強度までの硬化に時間がかかる上、失敗した際のリカバリーも手間がかかる。それが両面テープなら、切って貼ってくっつければいいだけ。ある程度貼り直しもでき、気負わずできる。
耐久性の面はこれからだし、使用できるのはテープを貼り付けられるスペースがある太めのフレームに限られるけど、技術的なハードルが大幅に下がったのは嬉しい。
ツイーターのパネルについて
今回はあまり深く考えず木製としたけど、いざ取り付けてみると美観面で想像以上に浮いてしまった。
さらに堅固にするなら、アルミや真ちゅうなどの金属板を加工するほうが間違いない。ブラック筐体のJ216 PROには、そちらのほうがデザイン的にも合うだろう。
あるいは、3DプリンターとCADを使って自作するなら、意匠面でもかなり融通が利くはず。手元に環境がなくても、プリント出力サービスを利用する方法もある。
もし今後J216 PROを整備する機会があったら、そちらにするかもな。
終。
(ネットワーク回路改修案)
(参考)発売当時の雑誌レビューなど
ステレオ 1986.2.
海外の新製品を聴く
井上良治(前略)バスレフタイプだが低域の甘さはなく、レンジ感は上々。バランスもしっかりとれ、明るさと張りのあるサウンドだ。