いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

2022年11月 身辺雑記

 

日記

 

11月2日(水) 秋葉原から永田町へ/飲酒

秋葉原国会図書館に向かう。
秋葉原から永田町に向かう際の移動手段は地下鉄である。でも、どのルートが自分に合っているのかまだわかっておらず、模索中だ。
今日は千代田線の湯島駅を利用してみるため、秋葉原のコイズミ無線で買い物をしてから湯島天満宮方面に歩いてみる。

このあたりはどちらかというと、上野の雰囲気に近い気がする。
秋葉原からここまでずっと平坦な道だから、上り坂が続く新御茶ノ水駅へ歩くよりこちらのほうがいいかもな。
 

朝からなにも食べていない。国会図書館本館の3階にある食事スペースで日替わり定食を注文。13時半だというのに席の空きはほとんど無く、けっこう盛況している。
その後、古いオーディオ雑誌の閲覧に耽る。
国会図書館には先月から週一度くらいのペースで通っているけど、その熱も醒めてきた。今回で調べたいものはほぼ調べ終えたので、今後は必要の都度訪れるようになるだろう。
 
いつもよりちょっと早めに退館し、19時に帰宅。
 
服薬を止めたため、先日から飲酒を解禁している。冷蔵庫の中で中途半端に余っているウイスキーハイボールを作って飲むなどしている。
ただ、飲んでしばらくすると悲しみが増幅されることが増えた。以前はただ眠くなるだけだったはず。また体調の変化があったのか。
アルコール、せっかく飲めるようになったけど、いいことないなら止めるか。飲みたくなったときに缶のヤツを買えばいい。
 

11月5日(土) 飲み物の変化

余っていたウイスキーを、本日ようやく空にできた。ハイボール用に買っていたレモン果汁や炭酸水も無くなったので、冷蔵庫を軽くすることができた。
しかし、飲んでしばらくしたら気持ちが悪くなってきた。量はむしろいつもより少ないはずだけど、どういうわけか吐き気を伴う変な酔い方をしている。
アルコール、飲めなくなったんだな。それでもいい。必要ないのだし。
 
代わりというわけではないけれど、以前寒い時期に作っていた「ポカリスエットのお湯割り」を最近また始めている。
ポカリ1に対してお湯2か3くらいの分量で、夕食後や就寝前に作って飲んでいる。
これでいいんだよな。お酒やそのほかのペットボトル飲料より安上がりだし。
 
悲しみが酷い。
22時。スピーカー整備の記録をつけようと思っていたけど、もう寝てしまおうか。
 

11月8日(火) 気落ちの時間/土地探し

ここ数日アルコールを控えていた。しかし、一滴も飲まずにいても夜になると酔っ払ったような状態になり、吐き気とともに気落ちすることがわかった。
自身の体調が変化してお酒を受けつけない身体になったのだと思っていたのは、どうやら勘違いのようだ。飲むと気持ち悪くなるのではなく、単に夜が更けるとともに気分が地底まで落ちるようになったのだった。
なんだかな。
なんにせよ、飲酒することによって改善するわけでもないのは間違いないので、引き続き飲まないことにする。
 
昨日夜、思い立って土地探しを始めた。
1年以上賃貸物件を探してきたものの、あまり良い物件に巡り合わないことと、今の収入の状態で賃貸契約ができるかも怪しくなっていて、借りられなくなるのは時間の問題だなと感じ始めていた。そういった心配をすることなく、気兼ねなく拠点と呼べるような場所が欲しいと思ったのだ。
インターネットができる環境なのは当然のこと、どうやら自分の生活では東京都心への物理的なコネクトは外せないようなので、関東圏で探すことにした。
海か山か。海なら千葉県東岸。山なら山梨がいいか。周囲に人影や生活臭がないほうがいいとなれば、住宅地ではなく山林のような場所になる。
上物をどうするかはあまり考えていない。というか、選択肢が限られている。とりあえずいわゆる「Bライフ」的なものになるだろうという漠然としたものしか頭にない。セルフビルドでもいいしプレハブを置いてもいい。
しばらく、といってもまた長期になるだろうけど、土地売買の情報を漁る時間が増えるだろう。
 

11月9日(水) 受け入れ態勢

別に大したことがない自分の考えを、これは発表するに足るものだ、と思い込む力がなくなってしまった、というところなのかもしれない。
文章を綴っているのは自己満足である自分にとって、こう感じることは往々にしてある。
自分自身のことを書いて自ら発表することって、けっこう特殊な作業だと思う。そもそも発表しなくたって誰も困らないし、それをなにかの動機で継続的に文章にするのは、露出癖に近い「癖」でも持ち合わせていない限り続けるのは難しいんじゃないかと思わなくもない。バテてもおかしいことではないだろう。
 
情報発信ブログだろうが日記だろうが、パソコンだろうが手書きだろうが、任意だろうが強制だろうが、自身の一部を文字にするというのはエネルギーを存外使うものだ。今までパソコンの前に座ってゆっくりキーボードを叩ける時間があったからこんな駄文をダラダラ作ることができていたけど、もし自分が勤め人であったなら、続かず一週間で止めていることだろう。自分で仕入れたオーディオやメカニカルキーボードの知識とか考え方なんて、ただ自分がわかっていればいいし、仕事にまつわる内容なんて掲載することができないんだろうから。
 
書き続けてきてわかったこともある。閉じた世界をあるがまま延々と綴っていても、閉じたままであるということだ。
そりゃそうだ。閉じているのだから。
最近、日記をつける必要はないんじゃないかと思うことが増えてきている。これだけ続けてきても結局、同じ考えを繰り返し述べているだけだからだ。
書き記したところで、時間ばかり使ってなんの進展もない。なにも変わらないのだ。昔の日記を読み返してみても代わり映えなく、面白味もない。
 
今必要なのは、自分に端を発しない、外部からの刺激だ。いくら自分の頭で思い巡らせたところで、考えることがループして抜け出せないのだ。これは、自分じゃどうにもならない。
だけど、自分は外部からの刺激に敏感で、極端に苦手だ。良いもの悪いもの、近いもの遠いもの、とにかくあらゆるものに対して耐性がなく、消耗しやすい。生活それ自体に苦手意識がある。いずれ重い腰を上げて動かなければならないとしても、「まだその時じゃない」と言い聞かせてじっとしている。
それでも、どうにもならない以上、どうにかするしかない。
動かないでいたって、生き延びることにおいて本質的に関係ない、くだらないどうでもいい刺激物だけが頼みもしないのに向こうからやってくるだけで、良いことはないこともわかった。脳に作用するとされる薬を飲み続けても、なにも解決しないこともわかった。自分の中に「受け入れ態勢」を設けるよりほかに、道は無さそうなのだ。
 
数年続けてなにも無いのなら、さすがに気づく。文章によって内面の変化を起こせるだけの能力を持ち合わせていなかった。自分に変化を起こすのは、作文ではないのだ。
 

11月10日(木) スカイガーデン/ライブ

自分の人生において唯一の純粋な娯楽ともいえる、スピッツのライブ。その当日。
今回は会場がみなとみらいということで、久々に桜木町の駅に降り立った。桜木町駅、3年くらい前に横浜近辺でウーバーイーツ配達をしていたときにたまに利用することがあって、それ以来かな。当時はまだロープウェイは無かったはず。

開場時間までまだあるので、周辺でしばらく時間を潰す。
ライブの日は早めに出掛けて、会場周辺の適当なカフェに入って読書をするのが自分の慣例となっている。気が高ぶってソワソワするのを抑える意図がある。
 
駅からの移動中、ランドマークタワーの展望台に上ったことがなかったことを思い出し、気が乗ったので行ってみることに。一応カフェもあるみたいだし、本を開くにもちょうどいいかもと思ったのだ。

チケットを買い、高速すぎて耳がキーンとなるエレベーターで69階の「スカイガーデン」へ。

陽が傾きかけてはいるものの、夕焼けと呼ぶにはまだ早いような黄色い空。それでも、天気が良かったためか、鎌倉方面の遠方に薄っすら浮かんだ富士山のシルエットを拝むことができた。

ただ、展望台の一角に一応カフェ的なものがあったけど、長時間くつろげるような空間ではなかった。順路の脇に腰掛けられるスペースがあるのだけど、座っている傍に観光客がひっきりなしに来て、読書どころかせっかく買ったコーヒーも落ち着いて飲めやしない。
それに、展望台から見える景色は、見た瞬間は「おお」となるのだけど、けっこうすぐに飽きる。風景としてはあまりにも非現実的に映るからだろうか。これをわかっていたから、横浜に長く住んでいるのに今まで一度も訪れたことがなかったんだよな。69階。
コーヒーを熱いうちに飲み干し、下山。
それにしても、外国人観光客が増えたな。彼らの半数はマスクをしていないのが気になる。
 
昔数度利用したことのある、海を望める落ち着いた雰囲気の喫茶店の存在を思い出し、記憶を頼りにその方面へ向かう。
お店の名前はさっぱり忘れている。場所は、たしかランドマークプラザのどこかだった気がする。
結局たどり着けなかった。現地も、フロアガイドを見ても、それっぽいお店自体が見当たらない。無くなったのかもしれない。最後に訪れたのがたぶん10年くらい前だし、あり得る。
 
諦めて、3階にあるタリーズコーヒーに入り一息。平日の半端な時間だからか、割と空いていて助かる。
ライブ開演一時間前まで本を読んだり、記事の下書きをスマホに打ち込んだりする。

時間となったので移動、会場入り。
人が多く、例によって喉を痛めながらも、楽しめた。スピッツのライブも、あと何度訪れることができるのかわからない。足を運ぶことができるうちに堪能しておきたい。

帰宅。23時を過ぎている。
喉の痛みを無視してそのまま居続けると、徐々に胸に違和感を覚えるようになり、呼吸するたびに軽く痛むようになることがわかった。当然マスクをして、ライブ中はほぼ鼻呼吸で過ごしたのにこの状態だ。
この喉から始まる一連の痛みは、いまだになにが悪さしているのかわからないけど、放置していると悪化することが実証されたので、決して気のせいではないのだろう。なんにせよ、人が大勢いる空間に留まることが有害であるのは間違いない。
 
今日は長時間出歩いて疲れた。早く寝よう。
 

11月11日(金) 回復が追いつかない

昨日のライブ疲れがまったく抜けていない。
腰は仕方がないとしても、喉の痛みと胸の違和感は一晩寝ていれば治っているだろうと思っていたけど変化なし。人の混みあった場所に普段よりもはるかに長く滞在していたことが、身体にここまで影響を残すとは。
 
午前中に荷物の運搬をして、そのあとすぐに食糧の買い出し。帰宅後は別の荷物の荷造り。そこまでしたら、もう動けなくなってしまった。文章を考える余裕もない。
自然回復が追いつかない。もう一日、休暇が必要のようだ。
 

11月14日(月) 久々の世界堂

身体は動くようになったものの、依然として胸に違和感が残る。
さすがにここまで尾を引くとは思っていなかった。なにか病気にでも罹ったか?
 
とはいえ、なにもしないわけにもいかない。パーツ買い出しのために秋葉原と新宿に向かう。
新宿は、世界堂に用事がある。新宿本店だ。

新宿にはこのところワクチン接種で訪れることがあったけど、世界堂は最後に利用したのがいつなのか覚えていないほど久々だ。狭いフロアに什器がミッチリ並んでいる感じも記憶と変わらず、懐かしい。
ここには、厚紙を買いに来た。さまざまな紙質のなかから、厚みや強度、色味、そして手触りを確認しながら選べて、必要量購入できるのが良い。
 
喉が痛くなってきた。いつもよりも痛み始める時間が早い。やはりまだ体調は戻っていない。
せっかくなのでいろいろ見て回りたかったけど、寄り道せず、用事を済ませたらそそくさと退散。そのおかげで、15時前に帰宅できた。だいぶ早い。
 

11月16日(水) まだ痛い

午前中にコンビニまで荷物を運ぶ。そのあと、朝食兼昼食のマクドナルドへ。
店内はあまり混雑していないにもかかわらず、しばらく居ると喉が痛くなってくる。いまだに胸の違和感も残っており、喉が痛みだすと連動するかのようにわだかまりも強くなる。風邪っぽいわけではないし、なんなんだろう。
 
なにもする気になれない。最近夜に低調になることが多かったけど、今日は朝から沈みっぱなしで、浮かんでくる様子もない。
呼吸するだけで終わる一日になりそうだ。
 

11月18日(金) アレルギー?/見当がつかない

外出を最低限とし自宅に引き籠っていたおかげで、ようやく胸の違和感が小さくなり始めた。喉の痛みはまだ少し残っているものの、こちらも徐々に治まってきている。
ライブの日から一週間経過。さすがに回復してくれないと困る。
 

猫アレルギーの猫がいるのなら、人間アレルギーの人間がいても不思議ではないよな。
 
喉の痛みは、実はアレルギーなんじゃないかと勘繰っていたりもするけど、たとえそうだとしてもなにか解決するわけでもないし、単に身体が貧弱だからという現実をにべもなく突きつけられるのがオチだろうから、あまり気に留めないでおく。
原因はともあれ、生きづらい体質から逃れられないのは疑いようがない。
 
ここ数日ずっと無気力状態が続いている。
YouTubeでブッシュクラフトとか都市開発ゲームのプレイ動画などを垂れ流しにしている。
YouTube、なにも考えずいつまでも観ていられるのだけど、観続けていると頭がどんどん退化していくような感覚がある。観終えたあとのなにも残らない虚無感と、なにもしていないのになにかした後のような疲労感。そのふたつが延々と積み重なって、脳を麻痺させる。ダルさに拍車をかける。
これならまだ、コントローラーを手にしてゲームに熱中していたほうが、頭を使う分マシなのかもしれない。
 
新たな収入源を確保することもできていない。これに至っては、もはや見当もつかない。
赤字状態が続く現状に、昨今の物価高が追い打ちをかける。数か月かけて徐々に生活費を減らしたつもりでも、あまり実感がない。減らした対象が、もともとたいした消費額ではない食費と光熱水費だからだろう。減少分が諸々の高騰分で均されている。食費をこれ以上減らしたところで微々たるものだし、光熱水費も現状最小限で、削減しても誤差の範囲だ。仕入れを止めるわけにもいかない。
 
次は、なにに手を伸ばせばいいのだろうか。いったいどんなものに手をつけられるのだろうか。
 

11月21日(月) ラジオ

最近、作業中にラジオを聴くようにしている。
自分一人の生活に、なにか少しでも外界の話題を取り込みたいと思った。この一年くらいでインターネットがつまらないと感じることが増え、それじゃあほかに情報を得られる媒体はなんだとなったとき、耳を傾けるだけで済むラジオが候補にあがった。専用のプレイヤーを用意しなくとも、ネット環境が整っていればとりあえず聴けるのもよい。
 
ただ、どの放送局も番組の内容は興味のない話題ばかりで、疎外感が募る。外の事象を雑多に知ることのできるのがラジオの良いところだとは思うけど、自分からあまりにも距離が離れていたらいたで、やっぱりつまらないのである。自分はつくづく周りのことはどうでもいいんだな、と再認識させられるのだった。
 
「人と繋がろう」とか「お金を使おう」みたいな雰囲気も苦手だ。どちらも御免被りたい。現代ではなにか行動しようとすると、どちらも絡まざるを得ないから、ある程度は致し方ない。しかしそれでも、社会的に是とするものを推されるのは、間接的に自分自身を否定されているようで辟易してしまう。
 
ラジオ、しばらくは意識して聴くことにするけど、あまり続かない気がしている。
 

11月23日(水) 二足の草鞋は履けぬ

昨日は20時くらいからスピーカーの整備、というか手直し作業を始め、思いのほか盛り上がり気がつけば1時前。ネットワークの改修と出音、その結果をフィードバックしてまた改修。これを幾度も繰り返していると、時間があっという間に過ぎていく。
 
スピーカー整備を本格的に始めて、一年になる。
次の金策が見つかるまで、この作業は続けていくつもりでいる。完全マイペースかつ商売気をなるべく持たずにやっているので、たいした稼ぎにはなっていないけど、稼ぎを意識しないからこそ今日まで続いているのだし、ここまで自身の裁量と作業のみで完遂できる内職なんてほかではなかなか見あたらない。
自分以外に誰もいない空間で、手元で細々とした作業をしていると気が紛れるのもよい。
少なくとも、自分に関することを日記と称してグチグチ書きなぐているよりもよっぽど健全だろう。
 
とはいってもジリ貧なので、ほかの稼ぎ方を模索しなければならない。
そして、新たな金策が見つかってそれを始めるとき、スピーカー整備からは手を引くことになるだろう。二足の草鞋を履いて歩くと、いつの間にかどちらかが脱げてしまうことがわかっているからだ。
 

11月27日(日) HDDの初期不良/埃

パソコンに内蔵されているハードディスクドライブは、かれこれ4年以上使っている。
不良セクタが発生してきたことだし、そろそろ買い替え時かと思い新しいものを購入するも、パソコンに接続してもうんともすんとも動かない初期不良品。交換してもらうも、今度は接続してもBIOSで認識されない。
初期不良二連発という偉業を達成してしまった。
 
ハードディスクを購入した秋葉原の某店には、「二連続で初期不良なわけないだろ。オマエのPC環境が原因だよ」と一蹴されてしまう。まあ、そう思うのも無理はないよな。データバックアップ用としてまったく同じモデルをもう一台所有していて、そちらは問題なく運用できているんだけど。
でも、お店の言う通り、自作パソコンと相性が悪かったという可能性も、無きにしも非ず。今回購入したものがたまたまそういうロットだったのかもしれない。
 
これ以上お店とやり取りしてもいい気分はしないだろう。それに、ハードディスク一台交換するだけで何日も費やしたくない。
結局amazonで買い直し、昨日手元に到着。難無く認識。一晩かけて稼働させていたデータ移行も、本日何事もなく完了していることを確認。
もうこれ以降は、パソコンに関連する機器は多少高くてもamazonで購入するようにしようかな。返品手続きが簡単だ。なにかあってもウダウダ聴取されることもない。
以前は精密機器をamazonで購入することは愚行、みたいなことを言われていたけど、おかしなものが送られてくるときはどこからでも送られてくるもので、どこで買っても比較できるほどの差は無い印象だし。
 
パソコンを分解するついでに、部屋の掃除もした。
最後に床をほうきで掃いたのはひと月以上前だ。このところ掃除もロクにできなくなってきている。ようやく気が向いたのだ。
拭き掃除まではしない。目につくゴミを塵取りにかき集めて捨てるだけ。
放っておくと、いつの間にか部屋の隅のほうに埃と自身から抜け落ちた毛がミックスされた灰色の物体が溜まっている。毛はわかるのだけど、埃はどこから生まれてくるのだろう。昔から謎だ。
 

11月29日(火) 寒を呼びこむ嵐

今日は東京に出掛けるつもりでいたけど、朝から雨風が強く、躊躇。天気予報では、少なくとも雨については夕方からだったはず。
出歩くことはせず、家にいることにする。パソコンでゲームでもしていよう。こういうときでもないとプレイしないからな。ゲーム。
 
断続的だけど強い雨脚と突風は、陽が沈んでも収まる気配は無い。
玄関扉を開けてみると、肌に張りつくような重く生暖かい空気が漂っている。「夏場の台風です」と説明されたら納得しそうなほどの気候である。
 
夕食はウーバーを頼んだ。フードデリバリーも最近はずいぶんと値上がりしているので、ここぞというとき以外は利用していない。
 
嵐は日付が変わる直前まで続いた。
この嵐が過ぎると、本格的に寒くなるんだろうな。
 
今年も、あとひと月を残すばかり。
スピーカー整備と文章を打ち込むこと以外、なにもしなかったな。
もっとまじめに金策を考えるべきであるのはわかっている。でも、配達業務を止めて一年、案どころか取っ掛かりになりそうなヒントすら見つからなかった。自分一人では限界がある。
大きな水槽の中で養殖されることもできず、大きな海の中で得物を探し続けることもままならないとしたら、あとはいったいどこに収まればいいのだろう。
 

11月30日(水) HDDの物理破壊

パーツの買い出しのために、渋谷と秋葉原に向かう。
 
雲が厚く、真昼間でも薄暗い。そして妙に暖かい。昨日の嵐をまだ引きずっているようだ。
とはいえ、この暖気も今日くらいまでだろう。
 
渋谷では木材や吸音材などのマテリアル、秋葉原ではコンデンサーなどのこまごまとした電子部品を買う。
今回秋葉原では、買い物をする前にやっておきたいことがある。
先日自作パソコンから取り除いた古いハードディスクを処分するため、秋葉原のラジオデパート地下にある「秋葉原最終処分場。」へ立ち寄る。
100円玉と一緒に手渡すと、その場で専用の機械により十数秒で物理破壊、そのまま引き取ってもらえる。

HDDの物理破壊、滅多にする機会がないのと、自分で解体してやろうとするとそれなりに手間なので、このサービスは地味ながら助かる。
 
なんとなく雨が降りそうな空。早足でお店をまわる。
途中、唐突に頭痛が始まる。そのときは昨日ゲームを一日中していたからかなと思ったけど、帰宅した途端に嘘のように治まる。今日は平日なのにやけに人が多かったから、単なる拒絶反応だったのだろう。
 
陽が落ちたあと、やはり雨が降り始めた。
 

コーヒー

 

タイ/ドイトンコーヒー/カルディ

深煎り。
新豆として販売されていたので購入。
豆は小振り。表面がオイルでテカテカしている。変形した豆が多く含まれているのは、カルディならば仕方がない。しかし、豆の状態でベリー系の香りがあるのは、カルディにしてはめずらしい。
挽いてみると、深煎りコーヒーらしい濃厚な香り。わずかにオレンジっぽい芳香もある。
淹れてみたお味は、バランス系。苦み先行ではあるものの、甘み、苦味、酸味のどれもが主張することなく、ちょうど良いバランスを保っている。
風味としては一般的な深煎りコーヒーのそれで、程よいコクで飲みやすい。後味に若干雑味があるものの、あまり気にならない。
お値段も手ごろだし、カルディのコーヒー豆ではアタリの部類だな。
 

パプアニューギニア/ウルヤ/ワギィ渓谷農園

ティピカ。ミディアムロースト程度。精選方法は不明。
やや大振りの豆。豆の状態でレーズンのような香りがある。挽くとスパイシーな芳香に変化。
味は酸味寄り。「パラダイスビーン」と名が付いているとおり明るく爽やかな風味で、グレープフルーツのようなしっかりとした酸味がある。意外とコクもあり、飲みごたえがある。
甘みはあまり感じない。ティピカっぽい甘みが無いのはちょっと残念。また、苦みに若干粉っぽさが残る。
起き抜けに飲みたい一杯。
 

ブラジル/アスカリベ農協/ダークロースト/カルディ

またカルディの深煎り。安かったので。
ダークローストと名が付いているけど、ドイトンコーヒーよりは浅めの焙煎に見える。フルシティに近い。
豆の大きさはけっこう不揃いで、変形も多く混じる。あまり良いものではなさそう。オイルもまとっているけど、そこまで多くはない。
少しベリー系の香りがある。香りは良い。
淹れたお味は、やや甘み先行のバランス系。カラメル系の甘みと苦味が口の中を覆う。苦みはコーヒー由来というよりは、焙煎によるものだろう。ブルーベリーやプルーンのような酸味も少しある。
風味が全体的に強く、濃いめのコーヒーが飲める。
 
 

書いたもの

 

読書

 

オーディオ

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