いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

2022年7月 身辺雑記

 

日記

 

7月1日(金) 暑さか加齢か

6月、まったく何もしないまま終わってしまった。
 
閉塞感の燻りは続く。
連日の暑さにへこたれて、心身ともに腐っている。夜にうまく眠れないことが、それに拍車をかける。
 
電気代を気にして高めの設定温度でエアコンを稼働させているからか、日付が変わるころ布団に寝っ転がると、肌に触れている部分がすぐにホットカーペットのように温かくなる。そのまま半覚醒状態で4時くらいまで布団の上でモゾモゾ動いた後、ようやく意識が途切れる感じを繰り返している。
 
昔は、部屋が多少暑くても寝られていた気がする。加齢のせいだろうか。
窓を開けると、網戸にしていてもすぐに虫が入ってくるから完全に閉め切っている。観念して、設定温度を適温まで下げなければならないのか。でもそうすると、今度は寒く感じるんだよな。
 

7月3日(日) 薄ぼんやり

9時頃に目が覚め、朝食兼昼食。意識を保てずそのまま二度寝、三度寝。夕方になって徐々に気力が戻ってくるのを見計らい、買い物。夜にスピーカーの整備を少しずつ進める。疲れてきて眠ろうと寝転ぶも、2時3時になってもうまく眠れず、結局4時過ぎ頃に意識が途切れる……。
 
このところ、毎日こんな感じだ。おかげで、日の経過する体感スピードがとんでもなく速い。
生活の「波」が移ろい、活動時間が夜間に偏重しているのか。
 
量を減らしてしばらく飲み続けているオランザピン錠は、朝飲んでも夜飲んでも、大して変化が無くなってしまった。
当初の量まで増やさなければならないのかもしれない。ただそうすると、頭がさらに薄ぼんやりする状態に戻るだろう。でも、睡眠の質は以前のほうがいいみたいだから、薄ぼんやりを甘んじるしかなさそうだ。
 
さらに何もできなくなる。
はやく楽になりたい。
 

7月5日(火) レッドブル/独りでいること

18時、ようやく始動。
それ以前は、ただひたすら眠くて寝ていた。8時半頃には一度目が覚めたんだけどな。
 
全身の筋肉が溶けて無くなってしまったかのような、力むことができず丸一日寝ていることしかできない日。
以前は週に1度か2度ほど、こういう日があった。しかし最近は、まともに動ける日のほうが少ない。
何の前触れもない。きっかけもない。前日なにか特別なことをしていたわけでもない。布団の上で目が覚めた瞬間、「あ、これはダメだ」と理解する。
しばらく身体を起こしてみるも、ぼんやりしてその間の記憶はあいまいだし、たいしたことはできない。というか、動くと危ないから活動は控えたい。
 
それでも、荷物を発送する用事があるから、動かなければならない。
昼前にコンビニへ。片手で持ち運べる軽い荷物だったから助かった。
その後、簡単に買い物をして、帰宅。何も考えられず、即寝る。そして18時頃に目が覚めた。
 
とりあえず、何か食べなければならない。食欲もへったくれもないので、調理せずそのまま食べられるものを無理やり口に入れる。
ロールパン数個と、今日のような日のために緊急用として常備してあるレッドブルを一本。
ただ、レッドブルは半分くらいしか飲めなかった。
 
独りでいることに、あまり危機感がない。むしろ独りでいられることを望んでさえいる。
それは、勤め人の頃から何となく気付いていたことで、「お金」という名の「最低限生きられる権利」が手に入ればとりあえず生きていけることがわかってしまったからかもしれない。誰かと一緒に活動したいとも思わないし、欲求もない。そもそも、外界に出なくていいなら出ないでいるし。
今こうして夕方から活動する自分に対してくだを巻いているのは、お金を稼ぐ行為がまともにできないからだ。生きる権利が手に入らないことについて焦っている。お金が得られないことに対しては、危機感がある。
そして、今後それが解決するようなことがあっても、変わらず独りで生活するだろう。
 
そういえば、生涯通じて「友達が欲しい」と思ったことって、一度たりともないかもしれない。
 
19時。ようやく動ける程度まで気力が戻ってきた。
ベーコンエッグを焼いて、温くなった残りのレッドブルと一緒に食べる。
 
今日はもう、なにもしないだろう。
 

7月7日(木) 餃子

夕食にはほぼ毎日、餃子を食べている。

冷凍されている既製品だけど。
ホットサンドメーカーに並べてコンロに数分かけておくだけでできあがるので、手間が少ない。付属のタレやポン酢、塩などで食べる。
 
なんで餃子なんだろう。三週間くらいずっと餃子で、飽きる気配がない。よくわからない。
 
今日は11時半ごろ起きる。眠りについたのが4時過ぎだ。
起床時間がどんどん後ろにずれていく。
 

7月11日(月) たしかにその通り

病院外来の日が近いので、生活リズムが夜型になっているのを矯正しようと9時くらいに起きた。
しかし、ぐったりして何もできないまま15時。なんとか荷物をコンビニまで出しに行き、帰宅したら限界が来た。16時過ぎに布団に倒れる。
起きたのが19時。結局、日中何もできずに終了。
 
何もできないのがつらいのは、本来しなければならないことができないからだ。
それがたいていは、お金を稼ぐ行為。今回は外出。それらをする必要がないなら、起床時間が何時だろうがかまわない。何もせずともそのうち、自然に身体のリズムが昼型になっている。それでよい。
 
お金も外出も、どちらも他人が絡む行為だ。人は独りでは生きていけないという。たしかにその通り。だから自分はつらいし、悲しい。
独りで生きることがつらいわけではない。独りで生きられないからつらいのだ。
他者と関わることが単純に楽しかったり、虚栄でも優越感に浸れたり、同じ時を過ごせることに価値を見出したりできれば、さぞかし過ごしやすいことだろう。でも、自分にはそんな生活は想像ができないのだ。脳がそういうふうにできていないし、生活が自身の体調に依存し過ぎている。
 
どんなに狭い世界で生きようとも、それが社会で支配されている以上独りになることは許されない。
社会保障もそうだ。人間の形を成しているなら、社会の多数派に合わせる努力をしろと、暗に言っている。それができる身体を持っているだろう、と。
社会の一員に組み込むことができないと誰もがぱっと見でわかる様相でないと、慈悲という仕組みを享受する資格は無いばかりか、慈悲を授ける側に回らなくてはならない。今の社会保障とは大意として、そう受け取っている。
だから、そもそも自分にとって、保障なんてものは存在しないのだ。パーソナルな"つらさ"は、どこも保障してくれない。
 
折り合いをつけろという。わかるよ。たしかにその通りだ。
社会と折り合いをつけられる人間のための社会なんだよな。
 
マイナスで推移して、完璧にこなしてうまくいって初めてゼロなのだ。
だから、つらい。
 

7月13日(水) 勤め先

夜型人間状態が矯正できないまま病院外来の日が来た。
6時くらいに床に就くところ、午前中の外来を終えて帰宅するまで起きていることにした。
 
医者には現況を話した。完全に夜型のリズムになっていること。減量した薬はほとんど効いている様子がないこと。
するとなぜか、アルバイト探しの話になった。夜間にできるバイトを探すか、朝方のリズムに直すか。
何の話をしているんだろう、と思った。仕事どころか、日常生活すらまともにできないでいるからこそ、何年もここに通っているのに。その道のプロの目にはお勤めができる程度だとみられているのか。
閉口した。眠気と疲労でイライラが募るだけだった。身体の動きが鈍ることを承知の上で薬の量を戻してもらうことくらいしかできることはないと悟った。
 
診察室を出てしばらくすると虚脱が来た。なんとなく兆候は感じていたので、病院に向かう道中マクドナルドに寄って少し腹ごしらえをしていたけど、ダメだった。
駅までゆっくり歩く。薬局に寄り、11時頃に帰宅。即就寝。
 
17時頃にいったん目が覚める。
軽く食事。その後そのまま動けそうならスピーカー整備に手を付けようかと思ったけど、沈んだままだったので諦める。また布団へ。
 
22時前に目が覚め、この日記を書きつけている。
指先に力が入ることを確認し、整備の作業に取り掛かる。
 

7月16日(土) これで行くしかない

2時前に就寝し、12時に起きる。
睡眠が、やけに心地よい。内服している薬の作用もあるけど、昨日から降り続く雨のせいであることが大きい気がする。たいてい、天候が悪いほうが体調は良い。
薬の量を増やしてから、あれだけ苦労して直そうとしていた昼夜逆転が容易く矯正された。反面、睡眠時間が増え、頭が常にのぼせているようなフワフワした状態になった。
 
フルーツグラノーラを皿に盛る。そのままポリポリ食べる。
 
これで行くしかない。
もうこの先、元の身体に戻ることはない。薬を飲み続けて思考と運動能力を諦めるか、薬を止めて混乱と悲哀を受け入れるか。どちらかしかない。
いつか、今飲んでいる薬も効かなくなることがあるだろう。そのときは、そのときだ。
 
なにか、新しいことをはじめなければならない。
ただ、その取っ掛かりすら見つからない。
 
はやく楽になりたい。
 
あれだけ眠ってもまだ眠い。
今日はずっと寝ていようか。
 

7月18日(月) 無気力

ここ三日ほど、起きて寝るだけの生活が続いている。
無気力状態に拍車がかかっている感じ。シャワーも三日に一度浴びられるかどうか。眠気が常につきまとい、気がついたら一日終わっている。
 
いよいよマズいのかもしれない。
 

7月20日(水) 大きい本屋/スーパー銭湯

収入を得るために、何か新しいことをはじめないといけない。このままでは、らちが明かないのだ。
とは思いつつも、何ができるのかわからない。こういうとき、自分は書物に頼りがちだ。
 
というわけで、本屋に出向いて興味のまま手に取ってみることにした。今月は、病院外来以外で外出らしい外出を一度もしていない。無理にでも出掛ける理由を作らないと完全引き籠りになってしまう。
どうせなら大きい本屋がいい。秋葉原にも用事があるので、方角的に一緒の八重洲ブックセンター本店に向かうことにした。
最近は夜型生活が続いていて、朝に目を覚ますのが非常に難しい。昨日チャレンジして見事失敗。今日はなんとか9時前に起きられたので、出発。
 
東京駅八重洲口なんて、ビジネス以外で赴くことはまず無い。訪れるのはいったい何年ぶりだろうか。

目当てのお店は、駅南側の横断歩道を渡ってすぐのところにある。

メモ帳を取り出す。それを持ちながら、まずは1階と2階をくまなく歩きまわる。目に留まった本棚のテーマや収納書物をメモしておく。
1時間ほどで休憩。中2階にドトールがあるので、アイスコーヒーを注文し腰掛ける。
15分ほど休んだ後、続き。3階を同じようにウロチョロし、4階から8階は興味のあるテーマをピンポイントで。
 
一通り終えたらまたドトールに入り、メモしたワードから関連性を見出すような作業をしたかったのだけど、店内探索に思いのほか時間がかかってしまい、ひとまず保留。
 
東京駅に戻り、秋葉原まで移動する。しかし、乗り越して隣の御徒町まで行ってしまった。
秋葉原との距離はそう遠くはないため、歩いて移動。たまにはいいだろう。こういうのも。

遅めの昼食。
すき家で「ダブルニンニク牛丼」が発売していた。そういえばこの季節だったな。元気が欲しいのでそれを注文。

秋葉原では、おなじみコイズミ無線と、秋月電子通商に寄る。それぞれスピーカー整備用のパーツを数点購入。 

その足で昌平橋を渡り、「らくスパ1010神田」へ。いつか行こうと思っていたスーパー銭湯である。
『銭湯コース』で入場。
東京都心とあって、さすがにスペースは狭いけれど、人が少ない時間帯だったのか混雑はしておらず、普通に入浴できた。
日替り泉は湯温が40度弱くらいで、自分にはちょっと熱かった。炭酸泉のほうはちょうどよかった。
帰宅時間帯の電車を避けたかったので、利用したのは3階の浴場のみ。1時間弱でお暇。でも、500円ならこのくらいの軽い利用でもいいな。

帰宅後、何ら関係性のないメモの内容を眺めて呆然としている。せっかく日本最大級の蔵書を誇る書店に行ったのに、この体たらく。
どうしようもないな。
 

7月21日(木) 歩き疲れ

12時過ぎに起床。10時間近く眠っていたことになる。
それでも、昨日長時間出歩いたせいで、身体が重い。食欲も減退してしまった。
しかし、歩いた後に銭湯で湯船に浸かってマッサージしていたからか、筋肉痛はほぼ感じない。それとも、時間経過が足りていないだけだろうか。
 
今日は何もできそうもない。可能な限り回復に努める。
もっと焦らないと。
 

7月25日(月) 取捨

19時。一日中寝ていた。
ひたすらに眠い。眠っても眠っても疲労は抜けず、眠気が際限なく湧き上がってくる。
せっかく0時あたりで眠くなって、今眠って朝に目が覚めれば昼夜逆転を解消できるぞ、と思っていたのに、起きたのは12時。それでもまだ寝足りず、さらに3時間ずつ睡眠。
 
ここ数日は何もできないまま過ごした。だから日記に書き残すことが何もない。
薬を飲んでいる間は、ずっとこんな感じなのだろう。オランザピン錠で頭をぼやかしている間は、服薬以前のような攻撃的な感情は噴き上がってこない。しかし、運動をほぼしない状態だから、落ち着いて動かない代償として身体的な健康を削りながら生きている感覚がある。
薬によって生活に支障が出ている感が否めない。だけど、どうしようもない。
 
何を取って何を捨てるか。どちらを捨てても、先が真っ暗で見えない。捨てたところで、残ったもう片方が改善する見込みもない。
身体と精神の充足は、両立できないのだろう。なんとなくわかっていた。
貯金が底を突いたとき、精神が壊れるのが先か。身体が崩れるのが先か。
 

7月26日(火) カビ

朝食に食べようとした食パンが、カビていた。
両面をホットプレートで焼いたあと、食べようと持ち上げた際に隅っこに灰色の小さな埃みたいなものを見つけた。カビだった。口に入れる直前に気付けてよかった。
それにしても、カビた食物を見るとなんでこんなに心がざわつくのだろう。いつまでも頭の片隅に、見つけたカビの姿形が記憶に残っている。
生物としての本能? 久々に見たから印象に残っているだけ?
 
冷蔵庫に入れておかないとダメか。
風味が落ちるからしたくないのだけど、コーヒー豆も夏場だけは冷蔵しておく必要があるかもな。
 

7月29日(金) ちんけな自負心

昼過ぎに寝て日没のころに起きる生活が続いている。
変則的な生活リズムは、数日で自然と元に戻るのが通例だったけど、今回はその気配がない。昼夜逆転で固定されたらしい。ここまで大きく崩れたのは初めてのことだ。これも鬱の症状なのだろうか。そんな気はしないのだけど。
 
今の季節、夜間のほうが涼しくて過ごしやすいし、なにより周囲から人や動物の気配が感じられないので落ち着く。静かな空間というのは、それだけで贅沢なものだ。
こういうとき、やっぱり自分の生活には自分以外の生命は必要とされていないんだなとつくづく思う。
 
勤め人を辞めてからも、朝起きて夜に寝る生活リズムは固定するよう心掛けてきた。それが、一般人としての最後の矜持、自負心だった。体調が壊れた原因が生活リズムを強制的に崩されたからだったことも理由だ。
それが、ここでついに崩壊した。4年足らずだった。
朝の満員電車に乗る必要はないし、昼食を決まった時間に摂る必要もない。そんなしがらみからは、とっくのとうに解放されている。だから、いつ寝て起きようが問題にならない。
それでも、心の隅に罪悪感が残っている。身体がこれでしっくりくるというのなら、このまま生活してみるしかない。それで誰も困らない。
でもやっぱり、規則正しい生活ができなくなった自分は、恥ずべき存在に思えてならない。そしてこの感覚を、自ら鈍麻させてはならない気がする。
 

7月31日(日) CHILL

「逆エナジードリンク」こと「CHILL OUT」を、最近寝る前に飲んでいる。
効能は、よくわからない。睡眠時間が明らかに長くなったので、一応効いているのかもしれないけど、単に「睡眠前に水分を摂ることが自体が身体に良い」ってだけな気もする。
 
7月は、コーヒーは少し控えて、エナジードリンクみたいなものを頻繁に飲む月だった。
あまりこういうものに頼りたくないのだけど、そうもいっていられないのかもしれない。
 

コーヒー

 

インドネシアスマトラ島/クリンチマウンテン

スマトラ式。フルシティロースト。
ときどき飲みたくなるスマトラ
豆の状態でほのかにベリー系の芳香。トロリとした甘そうな香り。挽くとそれが濃縮される。
淹れたお味は、甘酸っぱい。ロースト相当の苦味はあるけど、そのなかにレモンやグレープフルーツのようなはっきりとした酸味を感じる。甘みはピーチや杏子に近い。
「ブルーベリーの様な濃い甘さ」とあったけど、自分の環境ではそうでもなく、並。
以前淹れたリントンニフタに風味が似ている。品種はわからないけど、同じティピカなのかもしれない。
 

書いたもの

 

オーディオ

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読書

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ゲーム

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