いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

スピーカーを突板仕上げにしてみる (前編)

スピーカーのエンクロージャーに施されている既存の仕上げを、ビニール系のシートから突板仕上げに手作業で変更してみた。その所感。

 
 
この記事は、前後編の前編にあたるものです。
 

顛末

 

綺麗なものが欲しい

これまで、中古のスピーカーを整備するにあたり、エンクロージャーの仕上げに関してはほとんど手を入れないでいた。そもそも入手するさいの選定時にも、動作よりもまずはバッフルやキャビネット部の状態を確認して、なるべく綺麗なものを購入するようにしている。
 
それはなぜかといえば、エンクロージャーの補修は大掛かりになるうえに、付け焼き刃の整備ではモロに"補修しました"感が出て、それはそれで汚らしいものになるということがわかっていたからだ。単純に技術不足。
また別の理由として、エンクロージャーの状態をそのまま機械的な動作のバロメーターとして見ているところがある。端的に言えば「外観が綺麗なものは大切に扱われていた可能性が高い」という、にべもないお話である。
改修せず使えることに越したことはないと思っている自分にとって、不良品をなるべく掴まされないためにもエンクロージャーの補修をする必要がないものを基本的に入手している、というのが実態としてある。
 

特別仕様のスピーカー

今回入手したスピーカーは、オーディオを専門に扱う業者から引き取ったものだ。以前整備したことがあるお気に入りのブックシェルフ型スピーカー「ONKYO D-200II」である。

ONKYO D-200II 黒染セーム革エッジウーファー
以前所有していた同品は、整備完了早々に新天地へ旅立って行ってしまった。そのため、新しいものを迎え入れることにしたのだった。
このスピーカーはウーファーのエッジが劣化してボロボロになるのだけど、入手したものはセーム革で張り替えられている。非常に綺麗に張り替えられていて、動作ももちろん問題ない。

ウーファーにはDentecのステッカーあり
やや大きめにロールされたセーム革エッジの特性なのか、以前入手した新品ウレタン製エッジよりも低音がかなり下まで伸びていて驚く。低音域が比較的控えめな機種なのだけど、それが克服されたことで弱点らしい弱点が無くなってしまっている。優秀なスピーカーである。
 
ただ、筐体自体は表面にツヤがあるし傷も少なく綺麗なものの、一か所目立つ位置にあからさまな損傷があるのが残念でならなかった。

どこかにぶつけたのだろうか
パテや塗装でなんとかしてもいいのだけど、このスピーカーとはそれなりに長い付き合いになりそうだし、せっかくなら刷新してしまってもいいかという気になった。
 

100均突板

 

試作

スピーカーの仕上げを張り替えるといったところで、家具職人でもDIYが趣味でもない自分は、一からノウハウを収集していくことになる。いきなりスピーカーに手を入れるのは怖いので、事前練習として100円ショップで適当な材料を購入して作業の感覚を掴んでみる。
 
裏地がシールになっている天然木のリメイクシートと、被着体となるMDF製ペンスタンド、カッターナイフを使って生まれて初めて「突板仕上げ」っぽいものを仕立ててみる。

リメイクシートをやや大きめに切り出して、貼ってはみ出した余分なシートをカッターナイフの先で切り落とすだけ。
手持ちにワトコオイルがあるので、それを塗ってみると割とそれっぽくなることがわかった。

 

質感

ただし、シールの耐久性がどの程度か不明だし、シートのところどころに裂け目があって、そこから裏地の白いシールが覗いてしまったりして、ちょっとみっともないところもある。
100円の材料で事足りるならそれでもいいかと思っていたけど、そう上手くはいかないらしい。とはいえ、作業自体はそれほど複雑でもなく、なんとなくできそうだなという手ごたえは感じられた。
 

そして本番

YouTubeDIYや家具のリノベーションを行う動画をいくつか観てさらにイメージトレーニングをしたのち、腹を括って作業開始。
とにかく失敗したくないことと、必要となる部材が判明した時点で発注をかける方法を採ったので、作業自体はゆっくり進む。
 

既存の仕上げ除去

まずは、既存の仕上げを撤去する。
D-200IIのエンクロージャーの構成材は、両側面がMDFで、それ以外がパーティクルボードで組まれている。仕上げはかなり暗い色調で鏡面に近いツヤのある木目調のPVCシートを基調とし、前面バッフルのみシボのある黒色のシートとなっている。
今回は、前面と背面はオリジナルのシートをそのまま残して、それ以外を張り替えることにする。

もう後戻りできないぞ
いわゆる"面"の部分のシートはかなりしっかりくっついていて、素手で剥がそうとするとシート自体が細かく千切れてしまって大変。手持ちに樹脂製のスクレーパーがあったので、接着面に挿しこんでみるものの、あまり綺麗に剥げないうえに先端がすぐにボロボロになってしまった。

使いかたが間違っていた?
これはダメだということで、急きょ「皮スキ」と呼ばれるものを購入する。安い薄刃の金属製スクレーパーよりもゴツくてしっかりしてそう。取り回し良さそうな感じがしたので、P型の直刃にしてみる。
このチョイスは正解で、樹脂製とは打って変わって面白いようにスルスルと剥がれる。

作業効率が全然違うぞ
面とは逆に、木端や木口の部分は割と簡単にペリペリ剥がれる。このスピーカーは、木端と木口の部分のみほかよりも厚みのあるシートが使われており、接着剤ではなく両面テープのようなもので貼られている。

テープも皮スキで簡単に剥がせる

片方剥いだ図
 

下地調整

仕上げのシート張りは下地の処理が大切だということで、既存のシートを剥いだ面をなるべく平滑にするため、やすりと鉋を用意して気が済むまで擦る。
ブロック状のスポンジやすり60番と、小さな鉋を購入。

板材に損傷はほぼ無し
このやすりと鉋は、今回の作業で非常に有用なことがわかった。特にブロック状のやすりは非常に使い勝手が良いので、いくつか番手を揃えてもいいかもしれない。
なお、面の大きなうねりや打痕があった場合の下地調整材としてパテも用意していたけど、今回は使わずに済んだ。
 

突板

 

発注

突板を発注する。
購入は、専門店の「ツキ板屋GIFU」から。
いろいろな木材があるけど、今回は仕上がりの無難さと落ち着いた色味からウォールナット柾目をチョイスする。
 

突板の種類

ツキ板屋GIFUで取り扱われている突板は、同じ材質でも裏地の処理により3種類に分かれていて、扱いかたが各々異なる。
  • 「クイック」 …… シール式。接着剤要らず
  • 「イージー」 …… 樹脂含浸特殊紙。ゴム系接着剤で接着
  • 「ノーマル」 …… 和紙。酢酸ビニル樹脂系水性接着剤で接着(加熱が必要)
初めからシールになっていて、切り出してそのまま好きなところに貼れる「クイック」、ある程度厚みがあり、ホームセンターで容易に入手可能ないわゆるG系の接着剤に対応する「イージー」、厚みが最も薄いため曲面にも対応しやすく、サイズが豊富で選びやすい一般的な「ノーマル」と、それぞれ特徴がある。
 

どれを選ぶか

さてどれを選ぶか、となるわけだけど、個人的にノーマルタイプ一択となる。なぜなら、ノーマルがクイックでイージーだからである。
キーとなるのは加熱が必要な接着剤である。この接着剤はおそらくコニシのボンド「CH7WN」だと思うのだけど、これは塗布するとすぐに乾燥してカピカピになる性質があり、アイロンで加熱して溶融させることで接着させる。つまり、接着剤を塗ったあと突板と被着体を貼り合わせてもアイロンをかけるまでは位置調整がいくらでもできるのである。ノーマルタイプを選ぶ一番の理由がコレだ。シールになっているクイックタイプではそうもいかない。ある程度の面積を一発で綺麗に貼る技術は持ち合わせていないし自信も無い。
また、いったん加熱して溶かすと、熱が引いた段階で割としっかり接着されている点も良い。ゴム系の接着剤でも速乾タイプがあるけれど、それよりさらに早い。これであれば、ベタベタと糸を引いたりダマになったりして扱いが難しい「G10」などの接着剤をわざわざ使おうとは思わない。よってイージータイプも選ばれない。
また、今回のスピーカーは曲面があるので、やや硬質なイージータイプのシート自体が向かない。ただし、パーティクルボードの切断面についてはゴム系の接着剤のほうが相性が良さそうなので、その部分だけはイージータイプのシートを採用する。
 
ノーマルタイプのデメリットとしては、業務用であるCH7WNが実質的に専用の接着剤となってしまい入手性が悪いことと、アイロン掛けが必要な点。CH7WNは原則として大容量のブリキ缶に入ったものが流通しているみたいだけど、ツキ板屋GIFUでは小分け販売をされているので、入手に関しては突板と一緒に購入してしまえばとりあえず問題ない。
ちなみに、CH7WNではなくいわゆる"木工用ボンド"の「CH18」などでも接着できるようだけど、今回は素直に「アイロン専用ボンド」を使用する。
 

到着

突板はロール状で到着。ウォールナット柾目のノーマルタイプで長さ1800mmのものと、イージータイプのA4サイズを一枚。

ウォールナット独特の芳香がある
 

貼り合わせ(コネクターベース部)

 

参考動画

いきなり筐体で作業するのは怖いので、まずはある程度不細工になっても問題とならない、背面のバインディングポストを固定する板材から施工してみる。
YouTubeにノーマルタイプの突板を使用した一連の施工方法を知ることができる動画があるので、そちらを参考にしながら進める。
 

切出し

薄いので、ハサミで簡単に切れる

片面には非常に薄い和紙が貼り合わせてある
被着体となるのは適当に切り出した厚み5.5mmのMDF。これに突板仕上げを施す。
塗り広げるのにローラーが必要だということで、用意してみる。

ホームセンターで購入したローラー
 

接着剤の塗布

このローラー、接着剤塗布に相性の良いものがわからなかったので、化繊製の短毛のペイント用ローラーとしているけど、なにがベストなんだろう。
MDFの塗面を拭いて綺麗にしたら、接着剤をボトルからおもむろに垂らす。

見た目もにおいも、いわゆる木工用ボンドのそれ
すぐにローラーで満遍なく引き伸ばすだけ。

伸ばし始めたところから、すぐに乾き始める
同じことを突板側にも施す。適当な段ボールにマスキングテープで固定して、ネリネリと塗りつぶしていく。

マスキングテープは、けっこうしっかり固定したほうがよい
突板側を塗り終えるころには、先に塗っておいたMDFのほうは透明になっていて、指先で触れてもだいたい乾いていることがわかる。

MDFは、もうすでにカラカラに固まっている
この状態からさらにもう一度塗り重ねてもいいみたいだけど、基材と被着体の両方にしっかりと塗布できていれば不要である印象。
接着剤について、多少の塗りムラは問題とならない。それよりも、塗り残しが無いことのほうに気を掛ける必要がある。
 

加熱

ここで、アイロンを温め始める。
接着剤の乾燥とアイロンの温度上昇を並行して進める。接着剤は80度前後で溶け始めるとのことなので、アイロンは100度以上を目安にセットする。温度を上げ過ぎて突板が焦げるのも嫌なので、今回はだいたい120から130度くらいになるようにしている。
 
貼り合わせる前に不純物が混入していなことを確認して、突板をMDFの上に乗せる。杢目を合わせる必要があるなどの理由で位置決めが必要な場合、この時点で調整する。

MDFの上に乗せた突板
アイロンで熱する前に、突板と被着体のあいだに空気がなるべく入らないように、突板の表面を指先で撫でるように軽く張り合わせる。ただ、ここはあまりシビアになる必要はないようだ。アイロンで貼り合わせるさいに、たいていは抜けてくれる。
 
突板上のアイロンは、当然ながら動かし続ける必要がある。今回は不要だったけれど、焦げることが心配な場合は、突板の上にウェスなどを挟むとリスクを下げられる。

アイロン中も、ウォールナットの香りが広がる
被着体の中心部から外側に向かように動かすと、空気を逃がしやすい。
ひと通り熱することができたと思ったら、いったん冷まして様子を見る。ある程度温度が下がっていないと接着剤が硬化しておらず剥がれる場合があるので、次の作業の準備でもしながら冷めるのを待つ。
そのあと、被着体と突板が隅まで接着されているかを確認する。

思いのほかしっかりくっついていることに驚く
もしもここで剥がれている部分を見つけても、接着剤がしっかりと塗布されていれば、再度アイロンを当てて溶かせば接着されるはずだ。
 

整形

綺麗に貼り合わされていることが確認できたら、不要な部分の突板を切り落として完成となる。
しかしながら、突板仕上げを施す一連の作業のなかで、個人的にこの作業が鬼門となることは、作業を始める前からわかっていた。被着体の木端や木口の際に合わせて刃物を使って突板を削ぎ落すのだけど、自然で綺麗な切断面とするのが難しいのだ。
ノミ?
用意した工具はカッターナイフのほか、ノミと切出し小刀。

なんとか形にした図
桜日本 追い入れのみ 24mm

桜日本 追い入れのみ 24mm

  • 与板利器(Yoitariki)
Amazon
追入れノミで削る方法は、YouTubeでスピーカーのリペアをしている動画のなかで採用しているのを見かけたから試してみることにしたのだけど、力加減が難しく、勢い余って被着体のMDFまで削ってしまうことがあったので、自分の作業では不採用とする。

要は削り過ぎ
おそらく厚みが0.5mm以上あるような比較的厚めの突板であれば有効なんだろうと思う。
切出し小刀?
いっぽう、完全に思い付きで購入してみた切出し小刀は、カッターナイフと似た扱いかたができて、小回りが利くので細かい部分の作業もしやすい。自分としてはこちらのほうが合っている気がするので、今回はとりあえずこれを採用する。

際にあてがい手前にスッと引く

道管を垂直に切っていてこれなら、まあいいんじゃないですかね
 

一応完成

なんとか無事突板を張り終えたこのMDFの加工は、ここでいったん終えて、本題のエンクロージャーの仕上げのほうに取り掛かる。

既製の突板合板みたいで良き
 
後編へ続く。