いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

2025年12月 身辺雑記

 
 

日記

 

12月1日(月) なにができるのか

スピーカーのバックパネルを作るために、MDFに墨を付け、木材加工に利用している風呂場に持ちこんでノコギリでギコギコ切り刻もうと、作業スペースである屋根裏から降りるも、そこで力尽きる。集中力が持続しないのもそうだけど、体力の低下もあるのか、一日のうちに作業に費やせる時間が減ってきている。ここに頭痛と耳鳴りが合わさると、もう寝るか、となる。
 
夜間に活動しやすいはずなのに、最近はそうでもなくなっている。昼間の泥土の中を歩くような意識から日暮れとともに徐々に抜け出すような体調のリズムだったのが、ぬかるみのなかで歩き疲れてそのまま倒れこむようになってしまった。おかげで、ここ三日くらいはほとんどなにもできていない。いつのまにやら12月となっていた。
 
2時に就寝。7時半に起床。床に就く時間が早くなっているので、そのぶん起床時間も前倒しになっている。しっかり眠ったと思えるような深い眠りを最後に体験したのはいつだろうか。早起きしたところでドロドロした意識の日中になにができるわけでもないから、就寝時間が早まったぶん睡眠時間が伸びてくれるほうが嬉しいのだけど。
 
起き抜けに両耳が塞がった感覚になるのは最近の日課となっていて、まだ違和感がありつつも「ああ、またか」と慣れてきた節もある。それよりも、頭痛の有無のほうが重要なのである。眠る前にはロキソニンを飲むか迷う程度の痛みがあったものの、今はひとまず引いている。
 
12月に入ったというのに、最高気温は22度近い。まあ、暖かい冬は歓迎だ。植生の影響とかよく知らないけど。
午前中は読書をし、今日は眠くならないなと思い、シャワーを浴びてからファミレスへ。そこではこの日記の下書きと、読書の続きをするつもりで。
 
ビュンビュン飛ばす車に怯えながら、大通りの歩道を歩く。冬用のアウターだと汗ばむ。
 
昨年と比べ、収入が減っている。今どき据え置きのオーディオなんて需要が減ることはあっても増えることはないから、このままではジリ貧なのはあたりまえなんだよな。なにか新しいことを始めないと、と思い先月からやり始めた絵も、ちょっと描いたあとは、まったく意識が向かなくなっている。自分自身の発展性の無さ。甲斐性の無さ。俗っぽいところがあるにもかかわらずそこに馴染めないがゆえの行き詰まり感。
自分にはなにができるのか、また考え直さなければならない。しかしまあ、この歳になっても「自分にできることはなんだ?」と問わなければならないの、なんだか情けない。
 
ファミレスの外は、夕闇から暗闇へ。
こんな悠長なことをしている場合ではないのはわかる。が、ほかにできることがあるのか?
 

12月3日(水) どいつもこいつも

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