パイオニアのブックシェルフスピーカー「S-UK5」を入手し、整備してみた。その所感。
素性
1993年に登場した「S-UK3」の上位モデルにあたるスピーカーである。
当時の雑誌を見るに、英国で展開していたモデルに日本向けチューンを施したS-UK3が好評だったようで、その翌年の1994年に「UKシリーズ」の最上位となるS-UK5を発表した、ということのようだ。
ただ、S-UK3にはイギリス市場に原器があるのに対し、こちらはS-UK3のグレードアップの位置付けで開発されたらしく、前者が持つ帰国子女的な経歴はないようだ。
価格はペア10万円。なかなかのお値段。
外観
一応手元にS-UK3もあるので、比較してみる。
まず、S-UK5のほうが体積が大きい。
ふたつ並べると高さ方向に大きな違いがあるのがわかるけど、奥行きもS-UK5のほうが少し長い。
エンクロージャーの容積は、S-UK3が12.4リットル、S-UK5が18リットルである。
筐体の外観は、どちらも木目調のPVCシートで覆われている。ただしS-UK5のほうには、ウレタンコートのような上塗りが施されており、鏡面に近い光沢仕上げとなっている。
また、S-UK3は前面バッフル部のみブラックなのに対し、S-UK5はすべての面が木目調である。
体積は異なるけれど、積んでいるドライバーユニットは、じつはどちらも同じ大きさだったりする。ウーファーは14cmコーン型、ツイーターは2.5cmソフトドーム型。
もうひと回り大きな径のドライバーも搭載できそうだけど、あえて同径にしているのだろうか。
ウーファーのエッジの外周にあるラバー製のリングは、S-UK5はS-UK3より少し厚めのものが使われている。
これは、S-UK3には筐体前面のウーファーを固定する面にザグリ加工があり、ユニットが筐体内に少し埋め込まれる形で固定され、ユニットの金属フレームが面一になるのに対し、S-UK5にはそれが無く、フレームが前面から出っ張る。その出っ張る分だけ厚くなっているようだ。
逆に、ツイーターのドームは、やや背後に下がった位置にある。
ドームの周りにある円形の黒いプレートは、樹脂製かと思いきや、ウーファーのリングと同じ硬質のラバー製。ホーンのような形になっている。
前面は、各ユニットを固定するネジの頭が一切見えない。アクセスするには、これらラバーパーツを撤去する必要がある。
音
音を聴いてみる。
アンプは、いつものヤマハのAVレシーバー「RX-S602」。
花こう岩製のタイルの上に置く。今回入手した個体は、底面にフェルトシートが貼られているので、別途インシュレーターを用意せず、それをそのまま利用する。
印象としては予想していたとおりで、S-UK3と傾向が同じ。尖った部分が無い円やかな音で有機的。
低音域は余裕を感じる。大型である分、S-UK3よりも柔らかく、深度がある。
ただ、中高音に関しては、低音に対して少し物足りなさを感じなくもない。音の雰囲気は明るめ、かつ適度に華やかでとても聴きやすいのだけど、全体のバランスとしてみるともう少し張っていてくれてもいい。ソースによっては中音域がやや緩慢に聴こえてしまう。この点はS-UK3のほうが優れているように思う。
また、定位感もS-UK3のほうが処理が上手い。
周波数特性を見てみる。
これも、S-UK3とまったく同じといっていいほど波形の稜線が酷似している。両者の積んでいるユニットが似ていることを踏まえれば当然ではある。
他方、聴感どおり、S-UK5の低音はより増強されていることもわかる。
S-UK3の音をかなり気に入っているので、その上位機種はどんな音を醸すのかと気になっていたけど、拍子抜けだった。期待しすぎたのかもしれない。
とはいえ、スピーカーの出音として致命的なものでは決してない。ここまでの感想は既にS-UK3の音を聴いたうえでのものであって、もしも先に本機を入手していたとしたら、やっぱり「イイ音だな」という印象を持つだろう。
空間を包むような鳴りかたで自然、ストレスフリーでいつまでも聴いていられるシステムだ。こういった性格のスピーカーは貴重である。10万円の価値があるかどうかは微妙だけど。
分解
中身を見てみる。
ツイーターのホーン型ラバープレートをいかに綺麗に外せるかが課題としてあるけど、それ以外は見たところ、基本的にS-UK3と同じ造りなので、気楽に作業開始。
ウーファー外周のリングを外す。
リングは両面テープで貼り付けてある。S-UK3のリングよりも厚いので、剥がす際にリングが変形することは少ないだろうけど、使われている両面テープもより強力かつ満遍なく貼られているため、剥がす際にエンクロージャーの仕上げごと持っていかないよう念のため注意を払う。
綺麗に剥がすことができれば、両面テープを再利用できる。
次はツイーターのほう。筐体との隙間に細いものを挿入して、少しずつ持ち上げることになる。
ラバープレートは、ウーファーのリングと重なっている部分に切れ込みのような溝があるものの、作業の面では特に意味はなさそう。
ただ、この溝の周囲がちょうどリングで隠れる部分であり、筐体側を多少傷つけても外観を損なうことがない。作業をするならここが適当だろう。
ここも両面テープで固定されている。マイナスドライバーと錐を使って、ゆっくり少しずつ持ち上げる。
両面テープは再利用してもいいけど、ここに使われているものは薄手でたるみやすいので、撤去して接着剤を使うことにする。
ウーファーユニットを外す。S-UK3と同様、固定しているのはミリネジと爪付きナットで、メンテナンス面で優しい。
なんとなしに取り外してみると、音声用のケーブルのほかに、もう一本ケーブルがつながっていることが判明。
この一本は、ウーファーのヨークと筐体背面のマイナス側のポストを渡っている。磁気回路のアースを取っているということのようだ。
こういったユニットを扱うのは初めてかもしれない。以前、ケンウッドの「S270」を分解した際にもアース線があったけど、あちらはユニット本体ではなく、ユニットを固定するための特殊な金具の接地だった。
なお、ツイーター側には、そのような措置はされていない。
ユニットを取り払うと、エンクロージャーのほうも、単に大型化したものではないことがわかる。
まず、筐体が全面MDFで組まれている。S-UK3はパーティクルボードだ。
厚みは、前面が20mmで背面は15mm。それ以外の面はわからないけれど、見たところ15mm程度ではないかと思う。この体積に対して補強の類がいっさい無いことを踏まえると、やや心許ないか。メーカーとしては、必要十分という判断なのだろう。
吸音材は、S-UK3と同じ配置にあるもののほかに、増設されている。
底面の背面側には、折り畳んだニードルフェルトを追加。
側面は片側のみだったフェルトシートがもう片方にも。
背面にシャクトリムシが這っているような形状で接着されていた柔らかめのフェルトは、結束バンドのようなもので中央を絞られる形に変更されている。
さらに、バスレフダクト内の上半分に貼られていたフェルトシートは、下半分にも追加されている。
各ドライバーユニットを見る。
先のとおり、搭載しているサイズはS-UK3のものと同じ。ツイーターはフランス製で、ウーファーのキャンセルマグネットが二重になっているのも変わらず。
とはいっても、実情はまったく同じではなくて、S-UK5用にチューニングされたものらしい。ただし見てのとおり、外観からはなにが異なるのかよくわからない。
ケーブルも、ツイーター側のOFCケーブルの正体は相変わらず不明だけど、ウーファー側の耐熱ケーブルも含めておそらくS-UK3と同じ。
整備
音や仕様がS-UK3とここまで似通ってくると、整備する内容も必然的に同じようなものになる。
ツイーター
ツイーターは、磁性流体が使われているのでその塗替えと、劣化した吸音材の交換を行う。
ツイーターユニットは、ダイヤフラムとマグネットを容易に分離できる構造になっている。ただ、以前整備したS-UK3は、ネジを外せばメンブレンと金属バッフル部もバラバラになったけれど、今回のものはくっついたままになっている。
これ、じつは同様のものを別個体のS-UK3でも見かけている。ツイーターの製造ロットによって異なるものと推測する。
今回の整備では、この部分を分離する必要がないので、そのままにする。
ちなみに、この部分のネジ4つのみポジドライブであることに留意。
マグネット側に貼られている小さなウレタンフォームを剥がす。
ここのウレタンフォームは自身の劣化と、すぐ傍のギャップ内から漏れ出た磁性流体を含んでいて、崩壊が進んでいる。崩れた破片がなるべくギャップに入りこまないよう、ひっくり返した状態で作業する。
その後、ギャップ内の古い磁性流体を除去する。使い古しの平筆を滑りこませるのが便利。
ボイスコイル側に付着しているものは、綿棒でなぞるように拭き取る。
もちろん、清掃後は磁性流体を引き直す。
撤去したウレタンフォームの代わりに、円形に切り出したフェルトを貼りつける。
ただ、手元にあるのは厚みが6mmで、ドーム内にそのまま置くと振動板とニアミスする。そのため、ハサミを使って角を落として逃げておく。もっと薄手のものを使うのなら、この作業は必要ない。
コンデンサー
フィルター回路と配線も新調する。
この部分も、S-UK3で実施した内容そのままなので、改めてここで記載することはあまり無い。
使うコンデンサーは、PARC Audio製で揃えてみる。電解コンデンサー「DCP-C001」と、メタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサーの「DCP-FC001」で、両者をオリジナルの2.7μF程度になるよう合成させる。
既存の銅テープは、電解コンデンサー側に巻きつけておく。
それらを、スピーカーターミナルユニットの裏にバランスよく配し、位置が決まったらリードをフォーミング。接着剤で直付けする。
接着面積が小さいため、接着剤は2液混合タイプのエポキシ系を使い、なるべく堅固にする。作業後は硬化のため一晩置く。
ケーブル
ケーブルは、ドイツのメーカーであるinakustik製にしてみる。ツイーターユニットがフランス製なので、ケーブルも欧州メーカーにして揃えたかったのだ。
ツイーターには「STAR-1.5CT」を、ウーファーには「PRM-1.5S」を渡らせる。
PRMシリーズは純銀コートOFCケーブルなるもの。銀を使用した製品については、音質云々以前に扱いにくくて避けているのだけど、なんとなくダイレクトドライブのウーファーに合わせてみたくなったので、今回は例外的に採用している。
所定の位置にはんだ付けするだけ。
ウーファーはネットワークレスのため、タブに直付けするだけ。
今回は音声用のほかに、ウーファーの磁気回路用のアースケーブルも存在する。オリジナルはマグネットからバインディングポストのマイナス側までケーブルを伸ばしていたけど、そのままではケーブルが余計なノイズを拾いそうだと思ったので、ウーファーのマイナス側のタブに落とす形にしてケーブル長を短くしてみる。
適当なケーブルを切り出し、平型端子に挟みこんで圧着する。
ただこれも、ウーファーユニットのマグネットのすぐ傍を回りこむ形になるため、あまり意味はないのかもしれない。正直なところ、これは冗長なんじゃないかとすら思っているので、深くは考えていない。
ラバープレートの装着
あとは、元どおりに組み上げるのみ。
ツイーターのホーン型ラバープレートは、既存の両面テープを撤去し、スーパーXを少量流して接着する。
まとめ
整備後の音は、整備前と比べて大差はない。全体的にクリアになりスッキリした印象はあるものの、中音域はやや物足りなさを感じなくもない。ツイーターのコンデンサーは、フィルムコンデンサーを使わずに電解コンデンサー単発にしたほうが実在感を得られたかもしれない。この点は、S-UK3とは少し異なるチューニングが必要となるようだ。
このS-UK5、S-UK3の上位機種と位置付けられているけど、差別化できているかというとそうでもないよな、といった印象を持たざるを得ない。
音の面では低音域にアドバンテージがあるものの、全体の傾向としてはS-UK3と同一である。ユニットは同径で、内部の造りも吸音材が異なる程度。差が明確なのは、エンクロージャーの仕上げに光沢感があることくらい。筐体の構成材はMDFではなく、パーティクルボードに戻したほうがいい気もする。
なんというか、決して安くない価格である割に高邁な理想のもとに作られている感じがしないのだ。端的に言えば、外面の美麗化のためにS-UK3からの差額分4万円を出せるか、ということだ。
せめてウーファーユニットの大口径化くらいはしてほしかったところ。
言い換えれば、S-UK3の完成度が高かったことをうかがわせる結果でもあるだろう。
バランス調整不足なのか、自分のアンプと相性が悪いのか、手に余る代物となってしまったのは残念ではあるものの、ポテンシャルはありそうなので、精緻な環境に置けば映えるのかもしれない。
終。