いつか消える文章

本当は、ペンとノートを持ち歩くことにあこがれている。

2021/08/03 (火) 徒然

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0時を過ぎたあたりで眠気があるのはめずらしいので、寝てしまおう。
 
椅子の上で寝ていた。4時頃に気がつき、そこから8時まで布団で眠った。
なにやってるんだろう。
 
相変わらずRakuten UN-LIMITには繋がらない。正確には、たまにアンテナが一本だけ立つこともあるけど、数分で切断されてau回線のローミング接続に切り替わってしまう。
不具合が起きて一週間経過。今月に入ってから、楽天には毎日電波改善要望を出すようにしている。だけど相手の対応は変わらないので、改善の期待は薄い。
"UN-LIMIT"が別の意味を帯びてくる。
 
頭痛は治まった。だけど眩暈は引き続き残る。
眼球の奥にも痛みがあるけど、昨日の温泉の影響か幾分和らいだ気がする。
 
昼頃までインターネットで中古のスピーカーを追い回す。
ヴィンテージと呼ばれる古いスピーカー、現代からすれば音のレンジはどうしても狭まるのだけど、見た目がカッコいいのを結構見かけるんだよな。ただ、手を入れていない素の状態ではどうしてもくたびれているものが多いし、往年は同じブックシェルフ型でも現行機よりもサイズが大きい製品が多数で、デスクトップでパソコンディスプレイの両脇に置くには邪魔になるようなものばかりなのが惜しい。
Technicsの「SB-RX30」あたり、外観がかなり好みなんだけどな。このデザインで一回り小型のバーチカルタイプがあるといいのにな。

audio-heritage.jp

 
楽天サポートと延々とチャットしながらYouTube観ていたら、一日が終わっていた。
 
何もしなかった。
 
頭が良くても、良くなくても、そのどちらにも生きてゆける道はあるし、現に実行している人も大勢いる。
適者生存。適者側に成れるか。たどり着けるかどうか。
 
人類は少なからず人類社会に貢献しないと生存していけない、許されない仕組みを作ってきた。狩猟や農耕を中心に据えなくてもよくしようとした代わりに、広範囲に価値を生み出さなくてはならなくなった。生きていくうえで、そのほうが効率的だかららしい。
そのためなのか、人は生誕後、法をはじめ見ず知らずの人とか神とか、自然現象だとか将来生まれてくるモノのために生きなくてはならなくなった。見方を変えれば、それだけ生きる理由が多様化して絡み合い、多岐にわたるとも解釈できる。
でも、上手くできない人間もいる。誰かが必要としているような価値を作れず、しだいに干からびていくだけの生物。自身がなぜこの世に生を受けなければならなかったのか、本気でわからない。そのきっかけにすら巡り合わないで萎んでゆく。
 
それまで、頭が悪いからわからないのだと思っていた。しかしながら、それに該当するかどうかは、実のところ頭の良し悪しってそれほど関係ないんじゃないかという気がしてきた。お勉強ができることと生きるためのセンスは、シナプスの構造として繋がってはいるけど、あくまでその一部に過ぎないんじゃないか。そう思うようになった。
ただただ自己が肥大化しすぎて、価値を生むことに価値を見出せず、自分の生とその他の生が結びつかず、環境にすがりつこうとも思えない、本当の意味での怠け者。たぶんそういう人は、どんな道に進んでも歩き続けられない。どの文脈にも潜り込めない。
周囲にしてみればそんな人間に関わったって何の得もない。変に軋轢を生みたくないし、時間を奪われるだけだから。それもわかる。つまり「詰んでいる」。
何もせずブラブラしていて問題ないならそれでもいい。だけど、終わりは必ずやってくる。その"終わり"にすら価値を、やたら高度な清廉性を、何らかの意味を持たせようとする社会に生きている。そして、そのことについて、皆納得しているのかは知らないけれど、各々とりあえず肌感覚で感じ取っていることはなんとなくわかる。それを見て焦りはするも、今すぐ何かできるわけでもないので、そこでまた心が荒む。
 
身の周りに慎重に注意を払うことで結果閉ざされた人間にとって、道はあるのだろうか。どこに向かえばいいのだろう。